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- 2023/08/07 掲載
なぜ日銀は長期金利の上限を許容したのか?戦略的“曖昧な仕組み”の意図
【連載】エコノミスト藤代宏一の「金融政策徹底解剖」
2005年、第一生命保険入社。2008年、みずほ証券出向。2010年、第一生命経済研究所出向を経て、内閣府経済財政分析担当へ出向し、2年間「経済財政白書」の執筆、「月例経済報告」の作成を担当する。2012年に帰任し、その後第一生命保険より転籍。2015年4月より現職。2018年、参議院予算委員会調査室客員調査員を兼務。早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA、ファイナンス専修)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。担当領域は、金融市場全般。
日銀の政策修正、YCCの運用の柔軟化を決定
今回の金融政策決定会合で決まった日銀の政策修正はどのようなものだったのか。具体的には、短期金利をマイナス0.1%、長期金利を0%プラスマイナス0.5%程度に据え置くというYCCの枠組み自体は残しつつ、連続指値オペの発動水準を1.0%へと変更することで事実上、長期金利の誘導目標上限値を1%に引き上げたというもの。
もう少しかみ砕いて説明を加えると、長期金利の上限値はあくまで0.5%程度であるが、仮に0.6%や0.7%に到達したとしてもそれをある程度許容するという戦略的曖昧ともいうべき仕組みである。
ただ1%を超えるような長期金利上昇(債券売り)に対しては、日銀が厳格なオペ(国債買い)を講じるという仕組みだ。この厳格なオペが「連続指値オペ」である。このように0.5~1.0%という回廊を設けることで市場機能を復活させ、金融緩和の副作用を軽減する狙いがある。
なお、長期金利の誘導目標は2016年9月のYCC導入当初に0%程度とされ、その程度はプラスマイナス0.1%と説明されていたが、その後2021年3月に0%プラスマイナス0.25%と明示的な形で拡大された。
そして海外金利の上昇などから長期金利の上昇圧力が高まる中、2022年12月にやや唐突なタイミングでプラスマイナス0.5%に拡大されたという経緯がある。
物価の上振れリスクに前もって対応
素直に考えれば、絶対に譲れない長期金利の上限値を引き上げたのであるから金融引き締め方向への政策修正である。ただし、日銀の説明はいつも以下のような論法で、今回も例外でなかった。「今回の修正は金融緩和の持続性を高めることが目的であって金融引き締めではありません。金融緩和を長く続けられる仕組みを作ったのですから、むしろ緩和的な意味すらあります」という具合だ。
ただし、今回に限っては「(物価の)上振れリスクが顕在化してから政策修正(≒長期金利誘導目標の引き上げ)を実施すると、後手に回って急激な金利上昇を招く、あるいは最悪の場合にYCCを維持できなくなるリスクもあるので、そうしたリスクに前もって対応した」という説明がなされた。
物価が上振れたり、海外金利が上昇したりして国債売りの規模が急拡大することに対する警戒がにじみ出た格好だ。またFRBと同じ轍(てつ)を踏んでしまうことに対する警戒もあるだろう。
政策金利が5.5%まで上昇した経緯を振り返ると、2021年にFRBは「物価上昇は一時的」として直ちに金融引き締めを講じる必要はないと説明し続けたが、その物価見通しが誤りであると気づいた頃には急激な利上げ以外に選択肢がなく、結果的に1年数ヶ月で5%超の利上げを実施することになった。
インフレ対応が後手に回ったことで、経済をさまざまなショックが及ぶという苦い経験がある。日銀はこうした物価の上振れリスクを認識し始めているとみられる。 【次ページ】今後の政策変更で日銀を動かす要素とシナリオ
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