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- 2026/01/06 掲載
大谷翔平選手も使うAI練習相手、人間のコーチは不要になるのか
バークリー音大提携校で2年間ジャズ/音楽理論を学ぶ。その後、通訳・翻訳者を経て24歳で大学入学。学部では国際関係、修士では英大学院で経済・政治・哲学を専攻。国内コンサルティング会社、シンガポールの日系通信社を経てLivit参画。興味分野は、メディアテクノロジーの進化と社会変化。2014〜15年頃テックメディアの立ち上げにあたり、ドローンの可能性を模索。ドローンレース・ドバイ世界大会に選手として出場。現在、音楽制作ソフト、3Dソフト、ゲームエンジンを活用した「リアルタイム・プロダクション」の実験的取り組みでVRコンテンツを制作、英語圏の視聴者向けに配信。YouTubeではVR動画単体で再生150万回以上を達成。最近購入したSony a7s3を活用した映像制作も実施中。
http://livit.media/
四足歩行ロボットがもたらすバドミントン革命
加速するAIの進化は、ロボティクス分野にも波及しており、最近ではスポーツ分野で興味深い報告が続々とあがっている。スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zurich)の研究チームが開発したバドミントンをプレーする四足歩行ロボット「ANYmal」はその1つ。単にラケットを振るだけでなく、人間のプレーヤーと最大10往復のラリーを続けることができるロボットだ。
ANYmalの外観は小型のキリンを思わせる。体重約50キログラム、幅50センチメートル、長さ1メートル未満という機体に、バドミントンラケットを歯で咥えるような形で保持する。ETH Zurichのスピンオフ企業ANYboticsが開発した産業用グレードのプラットフォームをベースに、同じくスピンオフ企業Duaticが製作した多自由度アームを搭載。この組み合わせにより、コート上を自在に移動しながらラケットを振る複雑な動作を実現している。
開発を主導したロボット工学者ユンタオ・マー氏は「知覚と身体動作の融合を目指した」と語る。従来のロボットは、Atlasのような優れた身体バランスを持つものでも、瞬時の状況判断と動作の連携、つまり人間でいう反射神経に相当する能力が不足していた。ANYmalはこの課題に挑戦し、シャトルの軌道をステレオカメラで追跡しながら、強化学習アルゴリズムによってリアルタイムで動作を決定する仕組みを確立した。
訓練はシミュレーション環境で行われた。仮想のバドミントンコートで、デジタル版ANYmalがシャトルを追いかけ、6回連続で打ち返すことを1単位として反復学習を重ねた。興味深いのは、この過程でロボットが人間のプレーヤーと同様の戦略を独自に編み出した点だ。打ち返した後はコート中央へ戻り、さらにベースライン方向へ下がるという基本的な位置取りを学習。時には後ろ足で立ち上がって高い位置からシャトルを視認するという独創的な動きも見せた。
ただし、現時点での実力はアマチュアレベルにとどまる。人間の平均反応時間が0.2~0.25秒、エリート選手なら0.12~0.15秒まで短縮されるのに対し、ANYmalは約0.35秒を要する。視覚処理の精度にも課題があり、ステレオカメラによる位置推定では各フレームで誤差が生じる可能性がある。研究チームは、マイクロ秒単位の超低遅延を実現するイベントカメラの導入や、相手の身体動作から軌道を予測する技術の開発を次の目標に掲げている。
24時間練習相手:野球界を変えるロボット
バドミントンロボットの登場は、スポーツ練習における根本的な変革の始まりに過ぎない。野球界では、すでにAI搭載ピッチングマシンが選手の日常的な練習パートナーとして定着し、トレーニングの経済性と効率性を劇的に向上させている。カナダのウォータールー大学出身のジョシュア・ポープ氏とローワン・フェラビー氏が開発した「Trajekt Arc」は、従来のピッチングマシンの概念を根底から覆した。2014年、高校時代のポープ氏が友人たちと「トロント・ブルージェイズのマーカス・ストローマン投手から何球でヒットを打てるか」という雑談から着想を得たこのシステムは、単なる球速とスピンの再現にとどまらない。AIを活用して実在する投手の投球フォーム、リリース角度、さらには視覚的な動きのブレまで完全に再現できるものだ。
物理学と第一原理思考に基づいた開発アプローチが功を奏した。「飛んでいるボールを定義するものは何か」という基本的な問いから出発し、球の軌道を決定するすべての要素、つまり速度、回転軸、ボールの向きなど11の自由度を制御することに成功。月額1万5,000~2万ドルという高額なリース料にもかかわらず、現在では24のMLBチーム、日本のプロ野球4チーム、韓国と中国のプロリーグ各1チームが導入しているという。
ニューヨーク・ヤンキースのオールスター左腕、ネスター・コルテス投手は「まるで自分自身が投げているのを見ているようだった。クレイジーな体験だ」と驚嘆する。ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手も、打者と投手の二刀流という立場を活かし、自分の投球を異なる視点から観察するためにTrajektを活用しているという。
フィラデルフィア・フィリーズの打撃コーチ、ケビン・ロング氏は「選手の脳と目を同時に鍛えている」と評価する。従来の練習では、特定の投手との対戦機会は限られていたが、AIロボットなら24時間365日、いつでも望む投手の球を打つことができる。これは練習の質的向上だけでなく、移動時間や待機時間の削減という経済的メリットももたらす。
NBA業界でも同様の動きが加速している。2025年のNBAテックサミットでは、ボストン・ダイナミクスの四足歩行ロボット「Spot」がTシャツを投げて観客を楽しませるなど、スポーツとロボティクスの融合が新たな段階に入ったことを印象づけた。アダム・シルバーNBAコミッショナーは「AIとロボティクスを2025年のテーマに据えたが、誰がこんな展開を予想できただろうか」と、進化の速さに驚きを隠せない。 【次ページ】卓球でもロボット活用した精密訓練の可能性
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