- 2026/02/09 掲載
AI時代に大学はいらない? 出席ゼロでも試験合格…「教育崩壊」を防ぐ唯一の道とは
連載:野口悠紀雄のデジタルイノベーションの本質
1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを歴任。一橋大学名誉教授。
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講義に「一度も出ず」に試験合格が示す大問題
しかしこのエピソードは、単に「AIの凄さ」を示す話ではない。また、「AIを使えば学生が楽できる」ということでもない。
これが示しているのは、生成AIの出現と進歩によって、教育の仕組みの根幹が、重大な問題を抱えるに至ったという事実だ。
もし講義に出席しなくても試験に合格し、単位を取得できてしまうのであれば、「講義の必然性はどこにあるのか?」という根本的な疑問が生じてしまう。
この問いに正面から答えられるかどうかが、これからの大学の存立条件になる。
AI禁止・シラバス廃止など…小手先の対策は「もう限界」
前項の例では、シラバスがあったために、要点整理と試験対策が可能になった。こうした試みに対抗する1つの方法は、ChatGPTが想定問題を作れないようにすることだ。そうであれば、「シラバスを作らなければ良い」という解決策が理屈の上では成り立つ。
しかし、これは明らかに本末転倒である。シラバスは学生にとって不可欠な情報であり、それを廃止することは教育の質を後退させる。
あるいは、ChatGPTの利用を一般的に制約することも考えられる。しかし、これも本質的な回答ではない。
これは、19世紀の英国で起こった「機械打ちこわし運動」(ラッダイト運動)の現代版にすぎない。問題は、AIを排除できるかどうかではないのだ。
もう1つの対処法として、試験ではChatGPTが予想しそうな典型的な問題は避け、細部や例外的な論点を問うという方法があり得る。講義に出席していれば、教員の補足説明などを通じてこうした問題にも答えられるから差がつくはずだ、という主張である。
しかし、この方法にも大きな問題がある。細部や例外を問う出題が常態化すれば、学生は重要な概念や本質的理解を軽視し、些末な点ばかりを学ぶようになるだろう。
また入学試験では、出題内容の妥当性に対する社会的制約が強いので、この方法は現実的な解決策にはなりがたい。
ただし、試験の内容を問題視している点は正しい。問題の本質は、「講義で得られるはずの理解や思考が、試験で適切に評価されていない」ということに行き着くからだ。
問題は、試験における評価方法にある。この点については、本稿の後半で論じることとしよう。
第3の反論として、「講義に出席する意義は、知識の習得だけではない」ことを強調することも考えられる。たとえば、講義に出席すれば、新しい友人を見出せるかもしれない。
しかし有人獲得の場を、講義に限定する必然性は乏しい。少なくとも、それだけでは講義制度を正当化する理由にはならない。
以上を踏まえると、現在の大学教育と評価の仕組みをそのまま無修正で、AI時代に維持させることはできない。本質的な解決策は、講義や試験の内容を根本的に再設計することにしかない。 【次ページ】講義・試験・評価を再設計する最適解
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