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  • 2024/02/06 掲載

日本製鉄のUSスチール買収は「不成立」の可能性も……楽観的すぎた「2つの大誤算」

連載:米国の動向から読み解くビジネス羅針盤

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日本最大手・世界第4位の鉄鋼メーカーである日本製鉄が12月、米国の同業名門であるUSスチールをおよそ149億ドル(約2兆円)で買収することを発表した。買収価格で40%ものプレミアを付けた今回の案件は、日米がwin-winの取引であるとの触れ込みだ。しかし発表直後から、全米鉄鋼労働組合(USW)や米有力議員の一部をはじめ、次期大統領選挙の有力候補であるトランプ前大統領までが反対を表明。買収成立の雲行きが怪しくなってきた。これには、日本製鉄による2つの大きな誤算が関係していることが明らかになっている。何を間違えたのだろうか。

執筆:在米ジャーナリスト 岩田 太郎

執筆:在米ジャーナリスト 岩田 太郎

米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。現在、米国の経済を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』などの紙媒体に発表する一方、『Japan In-Depth』や『ZUU Online』など多チャンネルで配信されるウェブメディアにも寄稿する。海外大物の長時間インタビューも手掛けており、金融・マクロ経済・エネルギー・企業分析などの記事執筆と翻訳が得意分野。国際政治をはじめ、子育て・教育・司法・犯罪など社会の分析も幅広く提供する。「時代の流れを一歩先取りする分析」を心掛ける。

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日本製鉄は何を見誤ったのか
(Photo:Poetra.RH / Shutterstock.com)

日本製鉄は「日米のwin-win」を主張

 日本製鉄は今回の買収について、日米投資家の受益はもちろんのこと、ジリ貧傾向にあったUSスチールの労働組合員にとっても雇用維持をもたらす、有用なものとして売り込んでいる。さらに中国との競争において、鉄鋼という戦略物資を通し、米国ひいては西側全体における安全保障を高めると主張。つまり、日米双方のステークホルダーすべてがトクをする、というわけだ。

 日本製鉄の橋本 英二社長は、「(弊社には)技術の優位性があり、100%子会社なら技術を全部出せる。お金も(米国へ)持っていく。組合との関係はUSスチールが結んでいる労働協約を100%守る。(日本製鉄は)米国にほとんど輸出していないので、市場占有率も高まらない。米国にとってマイナスはない」との立場だ。

 ところが、12月18日の買収発表直後に、全米鉄鋼労働組合(USW)と米議会の民主・共和両党の有力議員が反対の声をこぞって上げ始めた。

米国で相次ぐ「感情的な反対」の声

 まず、USWのデイビッド・マッコール会長が「うまくいくようなやり方ではない。日本製鉄のことは知らない」と述べ、反対を表明。続けて、USスチールが本社を置くペンシルベニア州選出のジョン・フェターマン上院議員(民主党)がX(旧ツイッター)に、「今回の買収案件は鉄鋼労働者にとっても、ペンシルベニア州にとっても間違いだ」と投稿した。

 フェターマン氏はさらに、「鉄鋼は常に米国の国家および地元経済の安全保障と切り離せない」「勤勉な米国人労働者が、株主の利潤のために地元を売り渡す強欲な企業(USスチール)に不意打ちを食らった。私は鉄鋼労働者のために立ち上がる」と、反対の理由を明らかにした。そしてフェターマン氏以外にも、中西部の鉄鋼生産州の大物政治家たちが相次いで反対あるいは懸念を表明している。

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米国では日本製鉄によるUSスチール買収に反対する声が相次いでいる
(Photo:Dennis Diatel / Shutterstock.com)

 そして、極めつけが共和党の大統領候補レースで断トツトップのトランプ前大統領の発言だ。トランプ氏は1月31日、「あなたが大統領なら日本製鉄によるUSスチールの買収を阻止するか」と問われ、「阻止するだろう。恐ろしいことだ。日本がUSスチールを買収するなら私は即座に阻止する。絶対にだ」と答えたのである。フェターマン上院議員とトランプ前大統領は政治志向が正反対だが、買収阻止を誓う点において完全に一致していることには留意が必要だ。

 さらに2月2日にはUSWが「我々をバイデン大統領が後押ししてくれているという個人的な確約を得た」との声明を発表する一方で、2月3日にブルームバーグが「日本製鉄のUSスチール買収計画、米鉄鋼の取引業者や需要家は歓迎」と報じるなど、反対派と賛成派の駆け引きが激化している。

 興味深いのは、反対論の中に、1980年代や1990年代の日本企業による米国資産買収への感情的な反応を彷彿とさせる言説が含まれることだ。

 たとえば、保守派論客のオレン・キャス氏は「アメリカン・コンサーバティブ」誌のインタビュー記事で、「日本製鉄は日本政府から多大な産業助成金や支援を受けており、米国人労働者の利益には関心のかけらもない。このような形式の取引は米国の経済主権を直接的に弱体化させるものであり、(中略)未来の米国経済のコントロールを外国人に渡してしまうものだ」と主張。

 この記事はさらに結論として、「(もし中国が世界的な半導体生産基地である台湾に侵攻すれば)米国は半導体を確保するため、中国と戦争しなければならないと論じる者もいる。そのような恐ろしい事態が現実化した場合、米国は(鉄鋼という)重要産業に関する決断がピッツバーグと東京のどちらで行われるべきと考えるだろうか」と問うた。

 このように、労組をはじめ、政治家や一部論客の主張に共通するのは、「日本製鉄のことをよく知らない」「重要産業を担う米企業が外資に買収されてはならない」「たとえ同盟国であっても日本は信用できない」などの感情論だ。

【次ページ】日本製鉄の“楽観”が招いた「2つの大誤算」

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