経費精算の自動化率「50%→90%」の衝撃…日東電工×IBM「AIエージェント」大変革の裏側
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グローバルメーカーが直面した「経費精算の壁」
同社は現在、中期経営計画において「環境・人類に貢献する事業ポートフォリオ変革」「ニッチトップを生み出すイノベーションモデルの進化」「人財・チームの挑戦を加速する組織文化の改革」「変化を先取る経営インフラへの変革」という4つの重点項目を掲げている。
長井氏は「特にAI活用はこれらの重点項目と密接に関わっています。AIは“経営インフラ”の強化であると同時に、“人を活かすための基盤”だと考えています」と語る。
経理財務本部 会計部 主計グループ長
長井 博司氏
長井氏が所属する経理・財務部門も変革・進化を続けている。同社がかつて利用していた自社開発の経費精算システムには、グループ全体への拡張性の不足やデータ活用の限界が顕在化しており、間接材購買の観点も考慮されていないといった課題があったという。
2016年にはBPaaS──“SaaS×BPO”で業務標準化へ
日本IBMの真藤 達也氏は「BPOとSaaSの“セット導入”は、当時としても非常に画期的な取り組みでした」と当時を振り返る。
コンサルティング事業本部
ファイナンス変革リーダー
パートナー/理事
真藤 達也氏
「Concurの採用は、制度や業務をグローバルのベストプラクティスへ寄せる大きな転換点となります。業務システム刷新とアウトソーシングを一体で進めることで、改革のスピードは劇的に高まりました」(真藤氏)
AI-OCRで浮き彫りになった“文脈判断”の壁
「“自動化できるところはどんどん自動化していこう”という発想が、AI活用の出発点になりました」(長井氏)
領収書の金額・日付と入力値の照合、使い回し検出、日当と事前申請の整合など、機械的な照合領域を自動化し、BPOのチェック工数を約40%削減した。領収書の読み取り精度は約9割に達する。加えてAIチャットボットをヘルプデスクに併用し、問い合わせ件数を約30%削減、回答作成時間も約25%短縮と、現場負荷を着実に下げた。
しかし、大きな成果を上げたAI-OCRにも限界があった。それが“文脈判断”だ。たとえば、タクシー会社名は「◯◯タクシー」もあれば「◯◯交通」もある。領収書のサイズや形式から人間なら瞬時に「タクシー」と判断できるが、従来のOCRだけでは難しい。
さらに、支払い内容の記載有無の確認や、申請者が入力した理由コメントの妥当性判断など、人間の目と経験に頼らざるを得ない業務が残り続けた。
「『お品代』とだけ書かれた領収書では、何を購入したのか分かりません。コンプライアンス上も問題があります」(長井氏)
これまではIBM BPOセンターのスタッフが、業務手順書に基づいて1件1件目視でチェックしていたが、月末月初には大量の精算が集中し、負担は大きかった。真藤氏は経理部門ならではの困難さについて次のように語る。
「経理業務は“少量多品種”が特徴です。小さな粒の業務が企業内で数百、グループ全体で数千に及びます。それぞれ異なるルールや帳票形式があり、従来の効率化手法ではROI(投資対効果)が成立しにくいのです」(真藤氏)
複数のAIエージェントが連携して動く「エージェント型AI」
従来のAIは、事前に定義されたルールに基づいて動く「ルールベース」が主流だった。「xの場合、yを実行する」という固定的なアクション・パスに沿って処理を進め、想定外のエラーが発生すると停止してしまう。一方、AIエージェントは「ゴール駆動型」で自律的に意思決定とタスク実行をする。まるで人間の新人社員のように、与えられた目標に向けて、状況を判断しながら柔軟に対応するのだ。
「特に画期的なのは、複数のAIエージェントが連携して動く『エージェント型AI』です」と、日本IBMの三上 喜矢氏は語る。
コンサルティング事業本部
シニア・マネージング・コンサルタント
三上 喜矢氏
「経費精算の場合、経費アシスタント、窓口、プランナー、稟議アシスタントなど、複数のAIエージェントが手順書を読み解き、互いに連携しながら業務を進めます。人間の経理チームのように、役割分担しながら目的を達成していく仕組みです」(三上氏)
わずか3カ月のPoCで見えた自動化「50%→90%」の現実味
このスピードの背景には、ブランドスローガン「Innovation for customers」に象徴されるNittoの社風がある。
「事業部門だけでなく、管理部門にも“新しい挑戦”が求められます。だからこそ、SaaS標準に業務を合わせる大転換も、AIエージェントのような新しい取り組みも、社内で理解を得やすいのです」(長井氏)
PoCでは、実際の経費精算データを使って検証を実施。AI-OCRで対応できていた領収書の金額・日付チェックに加えて、経費タイプの自動判定、支払い内容記載の有無確認、理由コメントの妥当性判断など、これまで人間の目に頼っていた領域での精度を徹底的に検証した。
「結果は予想以上でした。従来50%程度しか自動化できていなかった経費チェックが、90%自動化できることが実証されたのです」(長井氏)
真藤氏は、この圧倒的な成果の背景を次のように分析する。
「Nittoさまの強みは、2016年のBPaaS導入時から業務の標準化と明瞭化を徹底してきたことです。AIに業務を教えるには、人間に教える以上に明確な手順書が必要です。BPOで培った標準化の蓄積が、AIエージェント導入の成功に直結しました」(真藤氏)
AIエージェントの導入で気づいた「仕事の基本」
「正直に言えば、私自身はAIエージェントの技術に詳しいわけではありません。私が注力したのは、BPOセンターで使っている手順書の見直しと整理でした」(長井氏)
手順書は長年の運用で、新しい注意点が次々と追記され、必ずしも見やすい形になっていなかったという。
「AIエージェントに業務を教えるということは、“右も左もわからない新人”に教えるのと同じです。自然で正確な日本語で、チェックポイントを明確に書き直す必要がありました。ベテランの人間は経験でカバーできます。しかし、AIに教えるには、全てのケースを明確に定義する必要があります。この作業を通じて、改めて仕事の基本に立ち返ることができました」(長井氏)
導入したAIエージェントの特徴は、従業員から見ると「AIの存在が意識されない」ことにある。従業員がConcurで経費精算レポートを提出すると、AIエージェントが自動的にチェックを実行。問題があれば差し戻し、問題なければ承認という処理を、Concurのワークフロー上で自動的に行う。
「重要なのは、ユーザーに分かりやすい差し戻しメッセージを作ることです」と三上氏は語る。AIが判断した結果を、人間の経理担当者が書くような自然な日本語でフィードバックする。差し戻しメッセージの冒頭には「AIがチェックしました」という表記を入れ、透明性も確保している。
システム構成は、Nittoのサーバー内に構築したIBMの「不正検知ソリューション」を中心に、複数のAIエージェントが連携する形だ。領収書情報はAI-OCRで読み取り、それ以外の経費レポート内容はAIエージェントが判断。OKかNGかの判定結果に基づいて、Concurに対して承認または差し戻しの指示を自動的に出す。
「この仕組みで重要なのは、Concurを深く理解していることです」と三上氏は語る。AIがいくら正確に判断できても、それをワークフロー上で制御し、適切なメッセージを出すには、Concurの機能を熟知している必要がある。IBMが長年企業のConcur運用を支援してきた経験が、ここで活きているのだ。
最終チェックも自動化へ、目指すは完全自動化
「AIの判断精度が十分に高いと確認できたものは、BPOへのワークフローを飛ばし、そのまま承認される仕組みを構築中です」(三上氏)
さらに、今回の経費精算での成功は、他の業務領域への展開も加速させている。
「調達領域でも、同様の取り組みをほぼ同時並行で進めています。経費精算と同じく、SaaSのシステムとBPOがセットになっている領域では標準化が徹底されているため、AIエージェントの導入がしやすいのです」(真藤氏)
なお、IBMには「クライアント・ゼロ」という考え方がある。自社を0番目の顧客と位置づけ、先進的なテクノロジーを積極的に自社の間接業務に導入し、生産性向上を追求する。その成果は直近で45億ドル、日本円にして約6,000億円相当の生産性向上効果を実現したという。
「IBMの社内でも多くの業務にAIを使用して生産性を向上しています。経費精算業務についても標準化し、承認階層も大幅に簡素化しました」(真藤氏)
こうした自社での実践経験を、顧客企業の業務変革支援に活かしているのだ。三上氏は、IBMの強みをこう語る。
「技術力だけでなく、業務とシステムの両方を理解していることが重要です。AIができても、それを業務プロセスに組み込めなければ意味がありません。IBMはBPOで長年、業務の標準化に取り組んできました。この経験が、AIエージェント導入の成功率を高めているのです」(三上氏)
人とAIの共存が切り拓く経理業務の未来
実際、BPOセンターで働くスタッフにとっても、AIエージェントは脅威ではなく、パートナーだ。
「月末月初に集中する処理を残業しながらチェック業務に追われる状況から解放されます。人間は、AIが判断に迷うような複雑なケースに集中できるのです」(三上氏)
真藤氏は、今後の展望をこう語る。
「Nittoさまとは2016年から長期的なパートナーシップを築いてきました。今回の経費精算での成功を、請求書支払いや会計伝票記帳など、他の経理業務にも展開していきます。業務手順書をインプットにして、AIエージェント群が自律的に連携する仕組みを、より広範囲に適用していくのです」(真藤氏)
三上氏も「まずは経費精算で90%自動化を確実に達成し、そこから100%に近づけていきます」と決意を語る。
「そして、この成功事例を横展開し、様々な業務領域で新しい技術を実践していきたい。1つひとつ着実に成果を積み重ねることで、信頼関係を深めてきました。今後もこの姿勢を貫きます」(三上氏)
AIエージェントという新技術は、経理業務に革命をもたらそうとしている。しかし、その成功の鍵を握るのは、技術そのものではない。業務の標準化、手順の明瞭化、そして地道な改善の積み重ね。
「AI導入を機に仕事の基本へ立ち返る。それが結局、最短の近道でした」──長井氏の言葉は、多くの企業にとって示唆に富む。Nittoの挑戦は、AIと人間が真に共存する未来への、確かな一歩となっている。
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https://www.ibm.com/jp-ja/consulting/artificial-intelligence
経理財務コンサルティング・サービス
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AI エージェントを活用した生産性の向上
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