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  • 2026/07/07 掲載

日本郵政グループのDXはなぜ成功? 「変革が止まる理由」とAI時代に生き残る企業の条件とは

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DXやモダナイゼーションの必要性を認識しながらも、基幹システムの刷新や業務変革が途中で止まってしまう企業は少なくない。問題の本質は技術ではなく、意思決定・組織・データ・業務プロセスといった“企業構造”にある。さらに生成AIの急速な進展が、その構造的課題を一段と深刻にしている。日本郵政グループのDX戦略会社であるJPデジタル 取締役 執行役員CIO/CISOの柴田彰則氏とIBMが、変革が止まる構造的理由とその突破口を語った。
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JPデジタル
取締役 執行役員
CIO/CISO
柴田彰則氏

全国2万4000局・36万人のグループ社員を束ねる「ID統合」の現実

 JPデジタルは、日本郵政グループのDX戦略会社として、約5年前に設立された。郵便・物流、銀行、保険という3大事業を持つ同グループは、全国2万4000局・グループ社員36万人という巨大な組織だ。JPデジタルが企画・開発した郵便局アプリは現在約1000万ダウンロードを達成し、グループ共通IDである「ゆうID」の登録数は1800万を超えている。

 この規模感が、モダナイゼーションを一筋縄でいかなくする。柴田氏が特に印象深いプロジェクトとして挙げるのが、グループ共通IDの構築と段階的統合だ。

「もともとは銀行や保険、郵便・物流というそれぞれの事業で、共通のIDというものがそもそも存在していませんでした。つまりお客さまを紐づけるIDはもともとなかったのです」(柴田氏)

 既存のIDは当時すでに約1000万弱が発行されており、サービスを提供しながらモダンなIDへ切り替えていかなければならない点が難点であった。

 しかも郵便・物流サービスが求めるのは「利便性ありき」の設計である一方、金融サービスには厳格な本人確認やセキュリティ要件が求められる。要件が根本から異なる複数の事業を、一本のIDで束ねる──その難しさは想像に難くない。

 さらに柴田氏が指摘するのは、スケールの問題だ。

「当社の場合、日本国民ほぼ皆さまがお客さまなので、100万件規模が普通で、すぐに1000万件というオーダーの要求が来てしまいます。新しい取り組みの中でも常に拡張性を意識する必要があります」(柴田氏)

 DXを推進し、新技術を導入しながら、同時に既存の品質基準や開発標準も守る。この相反する要求をどう乗り越えたのか。

変革が止まる「構造」──技術ではなく組織とデータの分断が本質

 JPデジタルが立ち上げから最初の2年間で最も注力したのは、実は技術開発ではなかった。柴田氏はその核心を次のように語る。

「グループ各社の皆さんに理解していただくところが、一番時間がかかりましたし苦労したところです。各社には従来からのポリシーがあったり、さまざまな品質の基準があったりします。我々がアジャイルに新しい技術を使って進めていこうとすると、ある意味相矛盾するところも正直あります」(柴田氏)

 変化を受け入れてもらうために柴田氏が選んだのは、「諦めずにていねいに取り組む」という地道な道だった。

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JPデジタルのこれまでの歩み

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モダナイゼーション観点の取り組み状況

 新しい取り組みへの信頼を勝ち得るには、できる限りオープンに情報を開示しながら、ステークホルダーとの相互理解を積み重ねるしかない。「テクノロジーではなく人と組織の問題である」という本質が、多くの企業でモダナイゼーションを止めてしまう構造的な原因になっている。

 モダナイゼーションに詳しい日本アイ・ビー・エムの早川 ゆき氏もこの点に同意しながら、IBMが日々直面している構造的課題を挙げる。

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日本アイ・ビー・エム
プリンシパル・プラットフォーム・テクニカル・アーキテクトPrincipal Platform Technical Architect
早川ゆき氏

「お客さまから『個別の業務改革や技術について答えを教えてください』というご質問を、バラバラの組織や部署からいただくことが多いです。でも私たちがお願いしたいのは、社内全体を見渡して、改革したい業務に対して今採用されようとしているテクノロジーが本当に正しいのかどうかも含めて、全体を俯瞰(ふかん)していただくことなのです」(早川氏)

 これをIBMでは「バイ デザイン」と呼んでいる。無秩序にシステムを増やして複雑化するのではなく、設計思想を持って意図的にデザインする。組織が縦割りになっている限り、全体最適は生まれない。

 企業変革が止まる要因を柴田氏は2段階で整理する。第1に、新しい取り組みを正しく理解することの難しさ。特にAI時代に入って新技術の出現サイクルが月単位にまで縮まった今、経営陣や多様なステークホルダーへ正確に伝えることは容易ではない。

「AIの時代になると本当に毎月のように新しい技術が出てきて、それを特に経営陣に正しく伝えられるかどうかというのが非常にポイントです」(柴田氏)

 第2に、その理解を得た上でどう乗り越えるかの道筋を示すこと。この2段階を経なければ、どれだけ優れた技術でも変革は前に進まない。

AIによって何が変わり、何が変わらないのか

 「2025年の崖」という言葉が広く語られてきたが、2025年は過ぎてしまった。早川氏はその現実を率直に指摘する。

「崖を乗り越えられたのかというと、乗り越えていない皆さまはたくさんいるわけですが、もう2026年も半ばになってしまいました。止まってしまうことはもはやビジネス上許されない状況に来ていると思います」(早川氏)

 変化を余儀なくされている中、AIは企業の開発現場をどう変えるのか。柴田氏は要件定義・コーディング・テスト・ドキュメント・運用・障害対応といった開発プロセス全般において、AIが補完・自動化できる領域が急速に広がっていると語る。

「要件定義で知見が足りなくて考えられていない点をAIが補完したり、人が担うと費用がかかる部分をAIで解析したりするなど、自動化や検証を推進し、生産性が大きく向上しています」(柴田氏)

 一方で、変わらないものも明確にある。

「個々の判断や方針、適用の仕方は、人間が考えねばならないところとして残ります。AIはさまざまな仕事を支援するエージェントになりますが、最終的な判断は人がちゃんと責任を持ってやっていくというところは変わりません」(柴田氏)

 むしろAIが介在することで、判断を求められる機会は増える。AIに正確な判断材料を与えなければミスリードが生じるからだ。

 早川氏が最も強調したいのは、IBMが世界2000社以上の経営層に実施した調査の結果だ。そこには驚くべき認識が示されている。約6割の経営層が「2030年に向けて、AIはビジネスモデルを強化するだけでなく、AI自体がビジネスモデルになってしまう」と回答したのだ。

 さらに68%の経営層が「企業の中核業務と結びつかないままAIのプロジェクトを進めても、その取り組みは失敗に終わる」と懸念を示している。

 そして多くの経営層が、汎用的な大規模言語モデル(LLM)よりも企業独自のデータを活用した小規模言語モデル(SLM)のほうが競争優位に直結すると考えている。

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モダナイゼーションが直面する壁

「AIエージェントがアクセスできないような機能やデータが企業にあると、その企業のビジネスの競争力自体が低下してしまいます」(早川氏)

 この視点は、「企業がなぜ今すぐデータとシステムの整備に取り組まなければならないか」という理由を端的に示している。

「野良エージェントを生んではいけない」──AI時代のガバナンスと連携基盤

 AIエージェント(人間の指示なしに自律的にタスクをこなすAI)が企業内に増殖する時代において、重大なリスクが浮上している。ガバナンス(統治の仕組み)が整わないまま多数のエージェントが稼働すれば、誰も制御できない「野良エージェント」が生まれかねない。

 このリスクを技術的に防ぐ鍵が「ゲートウェイ層」の整備だ。早川氏は企業全体の連携アーキテクチャーを、左端の「アプリケーション・エージェント層」、右端の「既存システム・データ層」、そしてその間をつなぐ「連携基盤」という構造で説明する。

「今後増えていくAIエージェントが正しいリソースに正しくアクセスするための管理をする層、これがゲートウェイ層です。ポリシーの中身は人間がもちろん作りますが、それを確実に実行させてセキュリティを守るところはテクノロジーで担う必要があります」(早川氏)

 APIゲートウェイ(外部からのアクセスを管理・制御する仕組み)がかつてAPI公開に伴うリスクを抑えてきたように、現在ではLLM ゲートウェイやMCPゲートウェイが、エージェントからのLLMや企業データへのアクセスを制御する役割として検討されている。さらにゲートウェイはアクセスの制御に留まらず、「どのエージェントが、いつ、どのデータにアクセスしているか」をリアルタイムで可視化するモニタリング機能も持つ。

 柴田氏はデータ活用のポリシー整備について、「個人情報・一般情報・金融に関わるセンシティブ情報と、データの種類に応じてどこまでAIを使っていいかを明確に示すことが第一歩です。ただし100%ポリシーだけでは運用は難しいので、さまざま技術を組み合わせて進めていくのが現実的です」(柴田氏)と語る。

 注目すべき技術として早川氏が紹介するのが「MCPサーバ」だ。MCP(モデルコンテキストプロトコル)とは、AIエージェントと企業のデータやシステムが会話できるように変換する標準的な仕組みのことだ。

「既存のREST API(ソフトウェア同士が連携するための窓口)は、MCPのゲートウェイを通せばエージェントから呼び出しができてしまうところまで来ています。これまでの既存資産を無駄にすることなくエージェントから安全に活用いただけます」(早川氏)

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連携の進化と成長

 70年代のB2B連携から、エンタープライズメッセージング、API管理、イベント駆動連携へと積み重ねられてきた各企業の連携資産は、決してゼロから作り直す必要はない。

 それらをすべて包み込み、稼働環境を問わず(オンプレミス、マルチクラウド、ハイブリッド環境など)、エージェント時代に対応できる形へと進化させる──それがIBMの言う「ハイブリッド連携基盤」の思想だ。

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ハイブリッド連携基盤アーキテクチャー

2030年に向けて今すぐ取り組むべき「最初の3カ月」とは

 2030年という時間軸は、今から4年も先のことではない。早川氏が提示するエージェント型エンタープライズのアーキテクチャー像は、すでに現実の延長線上にある。アプリケーション層・エージェント層・連携層・業務システム層が一体となり、AIが人間の寝ている間も自律的にビジネスを推進する世界だ。

 柴田氏はこの流れを、インターネット普及やスマートフォン普及と同様の歴史的転換として捉えながらも、変わらない企業の本質的な強みを強調する。

「技術は日々日進月歩で、AIによってどんどん加速していくと思います。一方企業が持っている強みは、事業そのもの、お客さまとのつながり、そこにあるデータです。それが新しい技術と掛け合わさったとき、どうレバレッジするかを考え続けるしかない」(柴田氏)

 また将来、相手が人だけでなくAI同士がコミュニケーションするようになれば、サービスの提供形態そのものも変容する。

「AI同士がコミュニケーションするようになると、今までとはまた異なるサービス提供の仕方も考えなければならない」(柴田氏)

 では、今すぐ何から始めるべきか。

 柴田氏が最初の3カ月で最優先すべきだと語るのは、「組織自体のモダナイゼーション」だ。

「最近のAIの進化は非常に速いので、目標を持つのは大事ですが、そこに柔軟性やアジリティをどう加えるかがポイントです。もう1つは、まずは試してみること。サンドボックス的な環境やトライアル的な環境を持って、さまざまな情報を聞くだけなのと実際に触ってみるのは全然違います。ぜひそこからアプローチされるのがいいと思います」(柴田氏)

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AI活用によるモダナイゼーションのさらなる進化

 早川氏はより組織横断的な視点から行動を促す。

「自分の組織だけではなくて横連携、つまり横を見ていただきたい。組織横断のバーチャルなチームでもいいですから、企業全体を見渡して全体の連携アーキテクチャーが本当に大丈夫なのかと。野良エージェントが生まれてしまうような状況は絶対に避けなければならないので、企業全体を見ることができるリーダーや組織が生まれてくると一番いいと思います」(早川氏)

 その上で、全体のアーキテクチャーを念頭に置きながら、クリティカルなユースケースのスモールスタート(小さく始めること)を早期に開始し、そこから全体へ広げていく。これが早川氏の示す道筋だ。

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エージェント型エンタープライズのアーキテクチャー像

 AIを生かすためには、組織全体が強く変わらなければならない──。これは単なるスローガンではなく、世界2000社の経営層の声と、日本郵政グループという巨大組織における実体験の両方が指し示す、切実な現実だ。

「AIが目的ではなく、AIをちゃんと活用してビジネスをもっと伸ばしていく。そのためには既存のシステムやデータをちゃんと使えているということが大事です」(早川氏)

 モダナイゼーションとは、システムの刷新ではない。未来の前提条件を、今この瞬間から作り始める取り組みなのだ。

エージェント時代に対応できる形へと進化させる、ハイブリッド連携基盤についてもっと詳しく知りたい方は
オンラインセミナー「AIエージェントの真価はシステム連携で決まる - メインフレームからSaaSまで、社内システムとAIの連携戦略」
https://ibm.biz/aiagent_s

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