なぜエヌビディアは“オープンなAI”にこだわるのか?「無償だから」ではない真の価値
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エヌビディアが示す、企業AIに必要な「選べる自由」
もっとも、オープンとクローズドは単純な二者択一ではない。クローズドモデルには、最先端の能力をサービスとしてすぐに利用できる利点がある。一方、オープンモデルには、配置場所や学習方法、運用コスト、データの扱いを自ら設計しやすいという特徴がある。今、企業に問われ始めたのは「どちらが優れているか」ではなく、自社のAI戦略において「どこまで自社でコントロールするか」である。
ただ、エヌビディアにとってオープンなAIへの取り組みは、こうした流れを受けて突如始まったものではない。同社でシニア AI ソリューションアーキテクトを務める藤田 充矩氏は、「2019年のAI黎明期にはすでに大規模Transformerの学習基盤『Megatron-LM』を公開していました」と語る。
その後、2024年には当時最大規模となる340Bパラメータのオープンモデルを公開。直近では、2025年にNVIDIA Llama Nemotron(Nemotron 1)を公開して以降、フルスクラッチで学習されたNemotron 2、3を展開しており、これらは事前学習済み、事後学習済み、量子化済みのチェックポイントに加え、学習データやレシピまでオープンに公開している。
「NemotronというとLLMを連想される方が多いと思いますが、エヌビディアの位置付けでは、モデルだけではありません。データやライブラリ、レシピ、オープンリサーチなど幅広いものを含んでいます」(藤田氏)
背景にあるのは、AIエージェントの高度化だ。企業でAIを本格利用すれば、すべての仕事に最も高性能なモデルを使うことが合理的とは限らない。高度な推論が必要な仕事、即時性が必要な仕事、検索や安全性を担う仕事では、求められるモデルが異なる。藤田氏は、複数のLLMに加え、ルーターやRAG向けモデル、ガードレールなどを組み合わせ、効率的に使い分ける必要性を指摘した。
これは経営の視点から見れば、どのモデルを買うかという問いから、どの仕事に、どのAIを、どう組み合わせるかという問いへの変化だといえる。では、モデルを「選べる、変えられる、組み合わせられる」という余地を、企業はどう使えばよいのか。
AIを業務に合わせて「変える」──NECの選択
Deep Research Agentは、ユーザーの質問に応じて何千、何万というPDFやWeb情報を検索し、複数のステップを経てレポートを作る。単発のチャットとは異なり、モデルが考え、検索し、再び考える動作を何度も繰り返すため、1回ごとのわずかな品質差や遅延が最終結果では大きな差になる。
「エージェントでは、1回1回の推論の品質と速度が積み重なっていきます。1回1分でも、10回実行すれば10分です。全社で使うことを考えると、品質と速度の両方が非常に重要になります」(世良氏)
NECが独自の評価データで比較したところ、Nemotron 3 Nanoはレポート品質58点、平均所要時間340秒で、成功率は93.3%だった。一方、Nemotron 3 Superはレポート品質83点と高いものの、平均所要時間は528秒、成功率は80%だった。小さいNanoは速いが品質に課題があり、Superは高品質だが時間がかかる。典型的なトレードオフである。
そこでNECが狙ったのが「Superの品質とNanoの速度」のいいとこ取りだ。Superなど高性能なモデルでDeep Research Agentを動かし、その結果を学習用のお手本データとして蓄積する。それを使ってNanoを教師あり学習(SFT)させる、いわば「蒸留」のアプローチを採った。
結果は明確だった。ファインチューニング後のNanoは品質75点、平均所要時間281秒、成功率100%となった。学習前のNanoと比べ、レポート品質は17ポイント向上し、実行速度は1.21倍に向上した。
「品質が上がっただけではなく、無駄な推論が減りました。レポートを生成するために必要な推論や検索を最適な短さで考え終えて、レポート生成に移る挙動を学習できたことで、平均の所要時間も短くなっています」(世良氏)
ここに、オープンモデルを企業が持つ意味の1つがある。高性能なモデルをそのまま使い続けるのではなく、自社の業務フローで必要な能力に絞って小型モデルを鍛えられる。AIの性能を「購入する」だけでなく、必要な性能を自社側で「作る」余地が生まれるのである。
ただし、モデルを自由に変えられることは、何を学習させてもよいという意味ではない。次に登壇したABEJAは、むしろ「学習させるほど難しくなる」現実を示した。
ABEJAが探る特化型LLM、学習で性能が「落ちる」?
ABEJAがNemotronに注目した理由の1つは、事後学習済みモデルだけではなく、事前学習後のBaseモデルまで利用できる点だ。企業側が独自にポストトレーニングを施したり、学習済みモデルとの組み合わせを検討したりできるため、モデルチューニングの自由度が上がる。
「Baseモデルが公開されていると、自分たちで独自に学習して好きな方向にチューニングできます。活用の幅が広がることが、開発する側にとって大きなメリットです」(大谷氏)
だが、自由度が上がれば設計責任も増える。大谷氏がまず挙げたのが、合成データを誰に作らせるかという問題だ。学習対象のモデルと、合成データを生成するモデルで推論の仕方が大きく異なれば、そのデータを学習させることで既存能力を損なう可能性がある。そのためABEJAでは、「モデル系列が近いほど影響が小さいのではないか」といった仮説を立て、実際に合成データを作り、学習し、ベンチマークを回すところまで検証している。
さらに教師あり学習にも落とし穴があった。特定用途のデータで教師あり学習を行うと、元のモデルが持っていた指示追従性能が落ちる事象が確認されたという。一方、ABEJAの検証では、その後に強化学習を行うことで指示追従性能が戻るケースも見られた。教師あり学習だけを見て成否を判断するのではなく、教師あり学習、強化学習まで含めた一連の学習工程で性能を捉える必要があるわけだ。
「特化型を作るからといって、特化データだけを学習すればいいわけではありません。初期検証におけるABEJAの学習では、汎用データと特化データを1:1の割合で混ぜるのがよさそうだと分かってきています」(大谷氏)
これはエグゼクティブにとっても重要な示唆である。オープンモデルを採用すれば、自社専用AIを自由に作れる。しかし、その自由は「完成したAIを買う」場合には見えにくかった、評価設計、データ設計、学習工程の設計まで企業側が担うことを意味する。オープンであること自体が競争力なのではない。それを使いこなす組織能力まで含めて初めて、競争力になるのである。
インフィニマインドの「モデルを変えない」という自由
同社が開発する「DeepFrame」は、長尺映像をVLM(視覚言語モデル)で解析して構造化データに変換し、そのデータをLLMで検索、要約できるようにするプロダクトである。映像には個人情報や機密情報が含まれやすく、顧客専用環境やオンプレミスで提供するケースもある。
その中核で使われているのがNemotron 3 Nano Omniだ。30Bクラスのモデルだが、NVFP4による4bit量子化によってNVIDIA L40S 48GBのGPU 1枚に収めている。しかもインフィニマインドは、公開されたチェックポイントにファインチューニングもLoRAも施していない。
「チェックポイントは改変なしで使っています。ファインチューニングもLoRAも使っていません。皆さんが入手できるものをそのまま使って、周りのシステムを作り込むことで性能を出しています」(竹岡氏)
ここでも、モデル選びの基準は単純なリーダーボードではなかった。竹岡氏によれば、最近の一定規模以上のモデルなら、追い込めば性能を出せる場合が多い。それ以上に重要だったのが、「顧客の映像を環境外へ出さない」「セルフホストできる」「ネイティブで音声を扱える」「オープンウェイトである」「L40S 1枚で動く」といった事業上の条件だった。
特に映像では、テキスト以上にデータの所在が問題になる。クローズドなAPIが高性能であっても、顧客環境の外へ映像を出せないなら候補にならない。逆にオープンウェイトなら、モデルを自社側で保持し、ランタイムや量子化方式も選択できる。使用量に応じたAPI課金ではなく、GPU稼働率を基準にコストを設計することも可能になる。
実運用では「精度」だけでなく、出力を毎回正しくシステムに渡せるかも重要だ。DeepFrameでは、VLMの出力をJSONとして後段の処理につなぐ。どれほど高精度でも、指定したJSON形式を守れず処理が止まればサービスとしては成立しない。
「7回に1回落ちるパイプラインは、本番では使いません。JSONをきちんと返してくれるという安定性は、本番運用では非常に大事なポイントです」(竹岡氏)
そのため同社が手を入れたのはモデルそのものではなく、型付きスキーマ、動画を分割する際のセグメント設計、オーバーラップ、プロンプトなど周辺システムだった。公開チェックポイントを変えなくても、用途に合わせたシステム設計によって本番品質へ持っていけることを示した格好だ。
ただし、セルフホストが常に容易なわけではない。GPUを24時間待機させれば固定的なコストが発生するため、重要になるのはトークン単価よりも稼働率だという。
「一番大変だったのは、モデルではなく運用でした。自前でホスティングする以上、GPUの稼働率をどう上げるかが非常に重要になります」(竹岡氏)
オープンモデルは、クラウドAPIの運用負担から企業を解放する魔法ではない。むしろ、モデルの配置や品質、コストを自らコントロールできる代わりに、その運用責任も自ら引き受ける選択なのである。
オープンの価値は「無料」ではなく「選択権」にある
NECはモデルを変えた。ABEJAは、どう変えるべきかを学習工程から検証した。インフィニマインドは、あえてモデルを変えず、周辺システムを変えた。方法は三者三様だが、共通しているのは「自社の業務要件から逆算してAIを設計できる」ことである。
もちろん、企業がすべてをオープンモデルへ置き換える必要はない。エヌビディア自身も2026年7月に発足したOpen Secure AI Allianceで、世界にはクローズドモデルとオープンモデルの双方が必要だとの考えを示している。最先端の汎用能力が必要な場面ではクローズドモデルを使い、データ管理や特化、コスト、配置の自由度が重要な場面ではオープンモデルを使う。あるいは両者を同じAIシステムの中で役割分担させる。企業にとって重要なのは、その選択を自らできることである。
Nemotronをモデルだけでなく、データ、ライブラリ、学習レシピまで含めてオープンにしてきたエヌビディアの狙いも、そこにある。AIの使い方を1つに固定するのではなく、企業が自社の制約と競争力に合わせて、モデルを選び、変え、配置し、動かせる余地を広げることだ。
AIを「使う」企業から、AIを「設計する」企業へ。その移行が始まったとき、オープンであることの意味は「無償」ではなく「経営の選択権」として見えてくるのである。