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  • 2026/10/28 掲載
汎用AIは“バカの増幅器”?「全社員にChatGPT配布」でROIが出ない“本当の理由”
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汎用AIは“バカの増幅器”?「全社員にChatGPT配布」でROIが出ない“本当の理由”

生成AIを全社導入しても業績に直結せず悩む企業が増えている。シーメンスの芝田 隆宏 氏は、汎用AIの導入だけでは「個人の作業効率化」にとどまり、組織の利益や品質改善にはつながらないと指摘する。なぜAI投資の多くは“期待外れ”に終わるのか。多くの企業が見落とす「実装基盤の分断」と、本当の意味でAIを企業の戦力へ変える条件に迫る。

73%が“期待外れ”…「全員にChatGPT配布」の幻想

 ChatGPTを全社員に配れば、会社は変わる──。生成AIの導入を進める経営者の中には、そう期待する人も少なくないだろう。だが、芝田氏の答えは明快だった。

「それは幻想だと思います。少し過激な表現ですが、私はChatGPTを『バカの増幅器』だと自分のチームに言っています」

 もちろん、ChatGPTが役に立たないという意味ではない。生成AIは利用者に寄り添って回答する一方、入力の前提や指示の質が悪ければ、誤りや低品質な判断まで増幅しかねない。利用者によって成果に差が生まれ、組織としてのガバナンスも利きにくくなるという警告である。

「個人のプレゼン作成が速くなったり、上司に送りにくいメールをすぐ作れたりするのは良いことです。ただ、それと会社の利益や品質、納期が改善することは別です」(芝田氏)

 実際、ある調査では経営幹部の73%が「過去1年間にAI投資の少なくとも一部が期待を下回った」と回答。49%がAIエージェントの導入を延期・縮小し、40%が想定した成果目標に届いていない。AIの利用は急速に広がったが、ROI(投資対効果)は期待に追い付いていないのが実情だ。

 では、問題はAIモデルの性能なのか。芝田氏は、むしろ企業側の業務、データ、統制、コスト管理が分断されていることに原因があると指摘する。最新のAIを入れるだけでは越えられない壁とは一体何か。

この記事の続きは動画でもご覧いただけます >>
(記事は下に続きます)
AI投資が空回りする構造 / 最新のAI導入だけでは越えられない壁 / 多くの企業が見落とす「実装基盤の分断」 / 設計変更を“自ら追う”産業AIエージェントの実力 / 「エンタープライズAI」の正体 / 既存システムを捨てずにAIを動かす3層基盤
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最新のAIを導入してもROIが伸びない「本当の理由」

 企業のAI活用で成果が出ないとき、モデルの性能や回答精度に原因を求めたくなる。だが、芝田氏は「AIの性能とROIは比例しない」と見る。成果を左右するのは、AIを組み込む業務側の構造だからだ。

 デロイトやKPMGなどによる複数の調査によると、業務フローや役割を再設計しないままAIを導入している企業は48%に上る。また、41%がデータへのアクセスや統合を最大の障壁として挙げている。統合基盤・価値管理の面でも、分断されたレガシー環境から統合基盤へ移行できた企業は16%にとどまり、AIの利用コストを完全に可視化・監視できている企業も35%だった。

 たとえば、生成AIが報告書を短時間で作っても、その前段で担当者が複数のシステムから数字を集め、後段で上司が内容を確認し、別の担当者が基幹システムへ転記するなら、業務全体の所要時間は大きく変わらない。個々の作業だけを速くしても、待ち時間や部門間調整が残れば、売り上げやコストに表れる効果は限定的である。

「モデルの性能だけでは価値になりません。業務、データ、統制、コスト管理を一体で設計できていないことが、生成AIによる成果の拡大を妨げています」(芝田氏)

 AIの導入を目的にするのではなく、どの業務指標をどう改善するのかを先に定める必要がある。担当者の作業時間だけでなく、工程全体のリードタイム、手戻り、品質、納期、利益まで追わなければ、経営が求めるROIには結び付かないのである。

なぜ企業は「PoC疲れ」から抜け出せないのか

 もう1つの壁が、PoCを繰り返しても本番運用へ進めない「PoC疲れ」である。芝田氏によれば、AIは導入時の状態のまま使い続けられるものではない。データや業務環境の変化に応じて、継続的な調整や統制が求められる。

「AIは生物のようなものです。日々のデータや状況に応じたチューニング、ガバナンス、運用まで想定して使うべきですが、PoCを実施したことで『自分たちはやった』と終わってしまうケースもあります」(芝田氏)

 技術の変化が速すぎることも企業を悩ませる。たとえば、PoCを進めている間に新しい技術や機能が登場し、当初計画した検証自体の必要性が薄れてしまうこともある。PoCを始めた時点と終える時点で前提が変わり、成果が出ても次の投資判断へ進めないのである。

 さらに、担当者が有望な仕組みを作っても、周囲の組織や他部門の合意を得られなければ実装できない。製造、調達、品質、情報システムなど、関係部門が増えるほど権限や責任の線引きは難しくなる。PoCの成否だけでなく、最初から本番運用の責任者、利用データ、承認手順、評価指標まで設計することが欠かせない。

 そこで必要になるのが「エンタープライズAI」という考え方である。これは特定のAIモデルを指す名称ではない。企業のデータ、システム、業務プロセスにAIを組み込み、組織全体で安全かつ継続的に運用するための概念だ。

企業に必要な「エンタープライズAI」の正体

 エンタープライズAIで最初に求められるのは、企業固有のデータへ「意味を持って」接続することだ。同じ言葉がシステムごとに異なる意味で使われたり、異なる名称が実は同じ製品や工程を指したりすることは珍しくない。単にデータを1カ所へ集めるだけでは、AIはこうした違いを理解できない。

「複数のシステムにあるデータを、コンテキストを持ってきちんとつなげる必要があります。AIが企業固有の文脈を理解して初めて、情報収集や分析、意思決定の支援が可能になります」(芝田氏)

 そのうえで、需要予測などのAI・機械学習を利用できること、従業員が扱えるアプリケーションとして提供されること、人とAIが協調して動けること、セキュリティやガバナンスを確保できることが重要になる。チャット画面で回答を返すだけでは、企業の業務に組み込まれたとは言えない。権限に応じて参照できる情報を制御し、必要な場面で人の承認を挟み、判断の履歴を残すところまで設計する必要がある。

 製造業では、さらに高い条件が課される。扱うのは一般的な文書だけではない。製品、部品、工程、設備、品質、在庫、サプライヤーなどが複雑に関連する。自動車などでは3D設計データが日常的に使われ、BOMと呼ばれる部品表には、仕様、地域、製品世代による違いが複雑なツリー構造で管理されている。

 もう1つの条件が安全性である。AIの誤りが、品質問題や設備停止だけでなく、人身事故につながる可能性もある。そのため、結果の精度だけでなく「なぜその判断になったのか」を説明できなければならない。設計形状の変更を提案するなら、衝突安全性や製造性などの根拠を社内や顧客へ示す必要がある。製造業のAIには、複雑な産業データを理解する力と、判断の根拠を説明する力の両方が欠かせないのだ。

回答するだけではない「産業AIエージェント」の仕事

 エンタープライズAIが企業全体の運用を支える考え方だとすれば、実際の仕事を前へ進める存在が「産業AIエージェント」(注)である。従来の生成AIやAIアシスタントは、人の質問に答えたり、文章を作ったりすることが中心だった。産業AIエージェントは、目的を与えられると必要な情報を自ら集め、分析し、次の行動を提案する。

注:インダストリアルAI(産業AI)とは、要件・設計・製造・品質・サービスのエンジニアリングチェーン全体で、信頼性・安全性・説明性を担保して業務プロセスに組み込まれたAI。

 芝田氏が示したのが、製品の設計変更を起点とする例だ。

 部品の変更をAIエージェントが検知すると、製造工程、調達、サプライヤーなどへの影響を調べる。さらに、単一の回答を出して終わるのではなく、設計自体を変更する、修理で対応する、現場で部品を交換するといった複数の選択肢を提示する。それぞれのROIも比較し、意思決定を支援するという。

「最後の判断や重要な節目には、人間の承認が入ります。製造業のデータを理解し、安全かつ持続可能な形で使えることが、産業AIエージェントには必要です」(芝田氏)

 ここで重要なのは、AIが人間を完全に置き換えることではない。情報を探し、各部門への影響を洗い出し、選択肢を比較する作業をAIが担い、人は責任を伴う判断に集中する。従来は各部門の担当者が個別に情報を調べ、会議やメールで確認していた。エージェントがシステムと組織を横断できれば、意思決定までの時間を大幅に短縮できる可能性がある。

 ただし、エージェントを導入しただけでは、この働き方は実現しない。PLM、MES、ERPなどに分散するデータを意味的につなぎ、AIモデルや業務アプリケーション、承認フローまで連動させる基盤が必要になる。

既存システムを生かす「3層基盤」、汎用AIとの使い分けは

 シーメンスが提供する「Intelligence Center X」は、企業内に分散するデータ、AIモデル、AIエージェント、アプリケーション、ワークフローを接続する、産業向けのAIオーケストレーション基盤である。その中核を構成するのが「Context」「Intelligence」「Action」の3層だ。

画像
「Intelligence Center X」の3層基盤

 Context層では、PLM、MES、ERPなど複数のシステムにあるデータを意味的につなぎ、AIエージェントや機械学習から利用できるようにする。Intelligence層では、AIや機械学習モデルを開発・運用する。そしてAction層で、分析や提案を実際に利用するアプリケーションや業務フローとして従業員へ届ける。データをつなぎ、AIで判断し、現場の行動へ移すまでを一貫させる構造である。

 特徴は、既存のシステムを全面的に置き換えることを前提にしていない点だ。企業がすでに蓄積してきた製造データや優れた業務システムの上に基盤を重ね、接続しながらAI活用へ広げていく。Intelligence層もシーメンス独自のモデルだけに閉じず、汎用AIを含む外部のモデルと接続できるオープンな方針をとる。

 では、汎用AIと産業AIをどう使い分ければよいのか。芝田氏は、3点を判断軸に挙げる。

・業務固有のデータや文脈がどこまで必要か
・データが複数の部門や組織にまたがるか
・判断を誤った場合に現実世界へどれほどの影響が及ぶか

 該当する要素が多く、重要度も高いほど、汎用AIではなくエンタープライズAIや産業AIエージェントが必要になる。

「汎用AIが不要になるとはまったく思っていません。私も毎日使っていますし、個人の能力を引き上げる用途では非常に有効です。ただ、企業独自の文脈を理解し、業務を実行する領域では、エンタープライズAIが必要になります」(芝田氏)

 汎用AIは「非常に頭の良い大学を出たものの、入社した会社の事業をまだ何も知らないエリート」とも言えよう。基礎能力が高くても、社内の製品、工程、顧客、ルールを知らなければ中核業務は任せられない。企業の文脈を学ばせ、必要なデータと権限を与え、人の承認の下で実行できる状態にする。AI投資を“個人の時短”で終わらせず、利益、品質、納期へつなげるには、そこまで踏み込んだ業務設計が問われている。

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