週40時間の属人業務に終止符? 製造現場の非効率を解消する「AIエージェント活用術」
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製造現場の“三重苦”が引き起こす…深刻な時間ロスの実態
第2の課題は、「情報分断」だ。これまで、部門ごとに異なるシステムが導入されてきたことで、設計や調達、製造、品質管理など各工程のデータが孤立しており、必要な情報を得るためには、その都度、各部門に問い合わせなければならない状況にある。
そして3つ目の課題が「業務の属人化」だ。長年の経験で蓄積されたノウハウが特定の個人に集約されてしまい、文書化されたマニュアルが用意されていても、業務背景を知らなければ、他の担当者には読み解けないものになっているケースは多い。
これら3つの課題は互いに絡み合い、生産・開発のスピードを阻害する要因となっている。たとえば、熟練者が退職すれば、ノウハウ・人員リソースを失うことになるほか、退職者の担当していた仕事に関して「社内にわかる人がいない」という状況が生まれ、業務停滞を招く場合がある。
仕事を引き継いだ担当者は、作業マニュアルを探すことになるが、“どの部門の”、“どのツール”、“どのファイル階層に”情報が格納されているかが分からず、マニュアルを探し出すこと自体に時間がかかってしまう。さらに、仮にマニュアルや必要な情報にたどり着いたとしても、書かれている内容を理解できず、結果、退職者にわざわざ電話して作業の方法を聞くケースもあるという。
多くの製造業がこうした状況を打破する方法を模索しているが、従来のIT活用では限界が見え始めている。それでは、何か解決策はあるのだろうか。
なぜ、汎用型の生成AIでは解決策にならない?
日本IBM テクノロジー事業本部 watsonx事業部 Data Platform データサイエンティストの岡田拓也氏は、「現場から最も多く聞かれるのは『データ自体は残されているが、探しにくく、活用しにくい』という声です」と話す。システムやファイルサーバーに情報は蓄積されているものの、部門ごとにデータ形式も保存場所も異なるため、検索しても目的の資料にたどり着けないケースが多いという。
岡田氏は、「たとえば、社内にある古いシステムには、そのシステムを使うときにしか出てこない独特の用語や背景知識があります。そのため、そうした用語を知らない担当者が情報を探そうとしても、どんな検索キーワードを入れても必要な情報にたどり着けないことがあるのです。結果的に、人に聞いて回るしかなく、非効率なやり取りが続いてしまいます」と語る。

テクノロジー事業本部 watsonx事業部
Data Platform データサイエンティスト
岡田拓也 氏
こうした課題を解決する方法として、生成AI活用に注目が集まっているが、そこにもいくつかのハードルが存在するのだ。「たとえば、Chat GPTなどの汎用型の生成AIツールでは、こうした業務特有のデータや“閉じた環境”のシステムとの連携が難しいという課題があります」と岡田氏は指摘する。
また、汎用型生成AIは、インターネット上の公開情報をベースに学習されているため、「アイデア出しやドキュメントの要約など、対話を通じて一般的なアイデアを得るには便利だ。しかし、社内の専用システムにアクセスし、データの読み取りや更新まで行うには、高度なカスタマイズとセキュリティー対策が必要になる。さらに、複数のAIエージェントを役割分担させる「エージェント型AI」の開発には、オープンソースライブラリの活用や連携パス構築など、専門スキルが欠かせない。
さらに、アーキテクチャの変化にも着目する必要がある。社内にあるさまざまな形式の非構造化データを、AIが分析、処理しやすいデータに加工、整理することが重要だ。その上で、他のドキュメントとどんな関係性があるかという「コンテキスト」をメタデータとして保有させる必要がある。
岡田氏は、「多くの企業はAI活用に前向きですが、自社データや業務プロセスに最適化しようとすると技術的ハードルが高く、導入が進まないのが現実です」と話す。
こうした背景から、汎用型AIの活用にとどまらず、業務特化型で迅速に導入でき、現場の課題に即応できるAIエージェントへの関心が高まっている。
製造現場を救う?業務特化型の「AIエージェント」とは
特徴は大きく以下の3点だ。1つ目は「AIエージェント・オーケストレーター」だ。関連部門のエージェントを統合し、業務全体の状況を把握。推論やコード・仕様書などの生成タスクを統合的に管理できる。これにより、AIエージェントが業務を自律的に実行し、ユーザとの対話を促進する「エージェント型AI」として機能する。
2つ目は「マルチエージェント」だ。部門別や生成対象ごとに異なるエージェントを配置し、従来型AIのAIアシスタントなどとも協働しながら、それぞれの役割に応じた最適な活用が可能だ。
そして3つ目は「大規模言語モデル(LLM)ベースのツール連携」である。LLMをベースに、SalesforceやBox、Outlookなど多様なSaaSやオン・プレミスのIT基盤システムやサービスと連携し、部門横断のワークフローを実現することができる。
岡田氏は、「すぐにエージェント機能を使える」点を強調する。業務部門の担当者でもローコードでカスタマイズできる設計となっており、業界共通の業務に対し、定型的なフレームワークのAIエージェントをクイックに現場で試行・改善することが可能だ。
「これに加え、130名体制のクライントエンジニアリングチームが、お客さまの特定の業務への適用における技術評価を支援し、お客さまのビジネス課題に合わせた評価・開発を行う体制を整備しています」(岡田氏)
この柔軟性が、導入ハードルを大きく下げているということができる。
ユースケース(1):PM統括業務「週40時間→数分」の改善の裏側
大手製造業では、製品の機種ごとに統括プロジェクトマネージャー(PM)が配置され、設計、調達、製造、マーケティングなど数十のプロジェクトを同時に管理している。しかし、進捗把握だけで週単位の時間を費やし、状況が分かった頃には次の確認時期が迫ってくる状況だった。
「数十のプロジェクト進捗を把握するだけで1週間かかる場合もあり、対処に時間が使えないという非効率な状態が常態化していました」(岡田氏)
この課題に対し、IBMの支援により、各プロジェクトに専用AIエージェントを配置し、個別のプロジェクト管理をAIが担うとともに、それらを統括する“指揮者役”としての上位エージェントを設置することを提案した。
上位エージェントは各プロジェクトから情報を集約し、PMとの会話で必要な情報を即座に返す。その結果、PMは進捗把握の工数が大幅に削減され、本来業務である問題解決や部材共通化、設計最適化に注力できるようになる見込みだ。
ユースケース(2):設計・開発領域──「質」と「効率」を劇的に改善させる方法
そこで、AIエージェントを活用し、非構造化データから要件を抽出、開発データ管理基盤システムへの入力を自動化し、システム上のデータ照会や更新もチャットで指示できるように取り組んでいる。
さらに、要件定義のブレイクダウンもAIが対話形式で支援し、完成した要件はそのままシステム登録できる見込みだ。これにより入力作業の効率化と若手技術者のスキルアップを同時に実現することに貢献する。
なお、IBMでは開発データの管理基盤としてEngineering Lifecycle Management(ELM)を提供しており、現在、AIエージェントとの連携による設計・開発体験の高度化に向けた技術検証を進めている。
「AIエージェントにより、情報変更や問題を設計にフィードバックする時間が短縮され、また、点在する非構造化データを集約し、適切に設計部門が引き出せるようになれば設計業務の効率化・品質向上にもつながります」(岡田氏)
ユースケース(3):大変すぎるMESのメンテ業務…どう改善?
「MESは業務に深く入り込んでいるため、どこを変更したかを把握するだけでも大変です」(岡田氏)
この課題を解決するために、AIエージェントを活用し、「人に保有、蓄積される知見やノウハウを活用してシステムアップグレードを効率化する」取り組みが進んでいる。
具体的には、生成AIとAIエージェントを活用し、旧版・カスタマイズ版・新バージョンのコード差分を自動抽出。影響のある部分を洗い出し、必要な更新コードやテストコード、変更点リストを生成して必要な対策を講じる。岡田氏によると「現在、製造業との取り組みでは生成AIの活用が中心ですが、今後は複数のエージェントが役割を分担し、コード生成のさらなる自動化を目指しているところです」ということで、このアプローチが確立されれば、アップグレード工数の大幅削減と新機能活用の早期化が可能になるだろう。
MESは半導体業界をはじめ多くの製造現場で基幹的役割を担っているが、中には古いOSのまま、当時の開発言語で書かれたプログラムが動いているケースもある。
「こうしたレガシープログラムをモダナイズしたいというニーズはありますが、当時のもので社内に仕様書が残ってない、知っている人もいないということで、改修もモダナイズもできない課題がありました」(岡田氏)
レガシープログラムにおけるセキュリティーリスクの軽減という観点からも、AIの活用は大きな意味を持つことになる。IBMにはこうした技術的課題に対して迅速に対応できる「クライアントエンジニアリング組織」があり、「お客さまの課題に対して、標準の機能では対応が難しい、カスタマイズが必要な領域に対して、迅速な技術評価が可能です」と岡田氏は話す。
この技術評価では、アセスメントから、課題抽出に関するワークショップを行うフェーズも含まれる。生成AIやAIエージェントの業務活用に課題を持つ企業は、自社が製造業として培った知見も活かしながら、多くの製造業の課題を解決してきたIBMに、まずは相談するのが有効だと言えそうだ。

https://www.ibm.com/jp-ja/products/watsonx-orchestrate