- 2026/03/23 掲載
マクロスコープ:賃上げ5%ノルム定着、浮上する「インフレスパイラル」リスク
[東京 23日 ロイター] - 連合が23日に公表した2026年春季労使交渉(春闘)の第1次集計は、「5%程度」の賃上げが新たな規範(ノルム)として定着しつつあることを示した。一方、中東情勢の緊張長期化を背景とした原油高の下で価格転嫁と賃上げが続けば、デフレ時代には想定されなかった「賃金上昇とインフレのスパイラル」に発展するリスクがある。
「いいんじゃないか──」。連合集計が高水準となったことを官邸関係者の一人は素直に評価する。18日の集中回答日には企業側から満額、もしくは労組要求を上回る回答が相次いだ。
連合の芳野友子会長は同日の会見で「企業の持続的成長、日本全体の生産性向上につながる『人への投資』の重要性について労使で認識共有を図り、中長期的な視点をもって粘り強く真摯に交渉した結果だ」と指摘。「第1回の集計としては好スタートが切れている」と評価した。
連合の第1次集計によると、賃上げ率(定期昇給を含む)は加重平均で5.26%。34年ぶりの高水準となった前年(同時期は5.46%)には及ばなかったものの、3年連続で5%台を維持した。市場からは「主要企業の間で『5%程度の賃上げ』が新たな規範(ノルム)として定着しつつある」(ドイツ証券の小山賢太郎チーフエコノミスト)との受け止めが出ている。
足元では中東情勢が悪化する中、今後の賃金動向に与える影響が懸念されているが、ドイツ証券の小山氏は、賃上げの基調に与える影響は「限定的」との見方を示す。一度形成された賃上げの潮流が外部環境の変化で容易に覆ることは考えにくいという。
<増える「人手不足」倒産>
ただ、この「5%ノルム」は企業規模によって浸透度に差がある。300人未満の中小組合は賃上げ要求が6.64%だったのに対し、1次集計は5.05%。要求と集計の差は1.59ポイントで、300人以上の組合平均よりも乖離が大きかった。
すでに人件費の上昇に耐えきれない企業も出ている。東京商工リサーチが9日に発表した2026年2月の全国企業倒産(負債1000万円以上)件数は851件(前年同月比11.3%増)と、2月としては13年ぶりに800件を超えた。
このうち「人手不足」を理由にした倒産は47件(前年同月比2.5倍)となった。内訳は「求人難」が20件(同3.3倍)、「人件費高騰」が21件(同2.1倍)、「従業員退職」が6件(同2.0倍)となり、いずれも大幅に増加した。
また、「人手不足」倒産を企業規模別にみると、資本金1000万円未満の小・零細企業が28件と約6割を占めた。東京商工リサーチによると「円安で物価高が続き、収益が低調な企業には賃上げが重荷になりつつある」という。
<デフレ期とは異なる環境>
賃上げが続く中、物価上昇が落ち着けば、実質賃金のプラス転化と定着が現実味を帯びるが、中東の緊張長期化で原油価格が高止まりすれば、そのシナリオは崩れるおそれがある。
ドイツ証券の小山氏は「原油価格の高騰によってインフレが再加速した場合、実質賃金のマイナス幅が拡大し、労働者側が生活防衛のためにより高い賃上げを求めるインセンティブとなり得る」と指摘。「これは『賃金と物価のスパイラル的な上昇』につながる可能性があり、デフレに慣れた過去には想定されなかったリスクとして、今後は十分に考慮する必要がある」と話す。
BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「デフレ時代と異なり、日本企業の値上げが容易になっているため、最近は増えたコスト以上に値上げを行う企業が増えている」と説明。「中東情勢の悪化前から『賃金上昇とインフレのスパイラル』のリスクは出ていたが、それが高まるおそれがある」と話す。
その上で、河野氏は「外的ショックが訪れる際、中小企業や非正規雇用など弱い経済主体に負担を押し付けるのではなく、経済全体でリスクを分担する仕組みも必要だ。弱い経済主体を包摂できなければ、日本経済は強くはなれない」と警鐘を鳴らす。
<日銀、難しいかじ取り>
日銀も、こうした新たな局面への対応を迫られている。
日銀の植田和男総裁は先週19日の金融政策決定会合後の会見で、中東情勢が緊迫化する中でも利上げを模索していく姿勢を崩さなかった。
22年のウクライナ危機時と比べて企業の価格設定行動が変化している点を指摘したほか、原油価格上昇による上方リスクを重視する政策委員が多かったという説明もあり、市場では、総裁の発言がタカ派寄りだったと受け止める向きが多い。
SBI新生銀行の森翔太郎シニアエコノミストは「影響が原油価格の上昇を中心としたものにとどまるのであれば、基調的な物価上昇率の上振れリスクを意識したリスクマネジメント・アプローチに基づき、4月に利上げに踏み切る可能性が高い」とみている。
(杉山健太郎 編集:橋本浩)
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