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  • 2026/09/29 掲載
「まずAI」が失敗の始まり 岸博幸氏×SAPジャパン堀川社長が語る「日本復活の条件」
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「まずAI」が失敗の始まり 岸博幸氏×SAPジャパン堀川社長が語る「日本復活の条件」

生成AIを導入すれば、日本企業は本当に強くなれるのか? 慶應大教授の岸 博幸氏は、デジタル化で出遅れた日本にとってAIは「復活のラストチャンス」と見る。一方、SAPジャパン社長の堀川 嘉朗氏は、「今のままAIを使ってもうまくいかない」と指摘する。問題はAIそのものではなく、データや業務、組織の分断にあるという。両氏の対話から、AI時代に企業が先に見直すべき「経営基盤」の正体を探る。

AIは「復活のラストチャンス」? 日本企業に突きつけられた問い

慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 教授 岸 博幸氏(以下、岸氏):私は経済政策に長く携わってきましたが、今一番危機感を持っているのは、AIで本当に日本企業の生産性を高められるのか、ということです。「失われた30年」と言われる間に、世界ではグローバル化やデジタル化が進みましたが、日本は十分に対応できなかった。結果として、日本はデジタル後進国になってしまったという問題意識があります。

 そこへ、この1、2年でAIが急速に広がりました。個人レベルでは多くの人が当たり前のように使い始めています。デジタルでは出遅れた日本企業にとっ て、AIは復活のラストチャンスではないかと私は思っているんです。では、どうすればAIを本当の意味で企業の生産性向上につなげられるのでしょうか。

SAPジャパン 代表取締役社長 堀川 嘉朗氏(以下、堀川氏):その点では、今のままAIを使っていても、多くの企業はうまく活用できないのではないかと思っています。経営陣の方々もご自身ではAIを使っていますし、現場でも使われ始めている。ただ、「では全社レベルではどうですか」と聞くと、答えに詰まる方が少なくありません。

 実際、ある経営者の方が、AIを使って今後の業績を判断したいと考えました。そこで売上や受注見込みなど、業績を構成するデータを確認してみると、そもそも正しくそろっていなかった。本来1つに集約されるはずの売上の数字が部門ごとに違い、さらに突き詰めると、「売上」という言葉の意味づけまで異なっていたのです。

岸氏:それは、AI以前の問題ですね。

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慶應義塾大学大学院
メディアデザイン研究科 教授
岸 博幸氏

堀川氏:そうなんです。AIを使おうとしたからこそ、「そもそもデータが正しくつながっていない」という問題に気づいた。個人の資料作成や情報整理ではAIの効果を得られても、全社の経営判断に使おうとすると、企業の土台そのものが問われるのです。

強すぎる「現場力」が生んだ日本企業「部門最適」の30年

岸氏:では、なぜ日本企業ではデータや業務がここまで分断されてしまったのでしょうか。

堀川氏:構造的な問題だと考えています。日本企業は、特に現場の能力が非常に高い。ものづくりであれば、品質へのこだわりも改善能力も世界に誇れるものです。それぞれの現場が努力して、自分たちの仕事をどんどん良くしてきました。

 ただ、その結果として、部門内では最適化されても、会社全体を一気通貫で見る視点が弱くなった面があります。営業、設計、生産、調達などが、それぞれ最適なやり方を追求する。ITも、その部門ごとの働き方に合わせてシステムを発展させてきました。部門の中では機能していても、全社ではつながっていないわけです。

 象徴的なのが、よく言われる「Excelのバケツリレー」です。各部門が持っているデータをつなぐために、結局は人がExcelで加工して受け渡している。デジタル化は本来、仕事を効率化するためのものなのに、いつの間にかデータを入力したり、つなぎ直したりする仕事が増えてしまった。

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SAPジャパン
代表取締役社長
堀川 嘉朗氏

岸氏:欧米企業との違いをかなり単純化して言えば、欧米は全社で最適な状態をつくる「全体均衡」から考え、日本は部門ごとの「部分均衡」を積み重ねてきたということですよね。その状態が30年続いてしまった。

堀川氏:そう思います。ただし、日本企業やIT部門が悪いという話ではありません。現場の力が高く、そのやり方で過去に成功してきたからこそ、「標準的なやり方に合わせたら、自社の競争力が失われるのではないか」という意識も生まれた。その成功体験が構造として残っているのだと思います。

岸氏:一方で、人口減少や高齢化が進む中、現場に頑張ってもらうことで全体のパフォーマンスを支え続けるのは難しくなっています。昔から続いているだけのやり方と、本当に競争力につながっているやり方を、経営者が仕分けしなければならない時期に来ているのでしょうね。

昔からの業務は「強み」なのか? ファクトで見抜く「部門最適」の正体

──では、自社の業務が「部門最適」に陥っているのか、本当に競争力につながっているのかを、どう見極めればよいのでしょうか。

堀川氏:大事なのは、まず「今どうなっているのか」というファクトをできるだけリアルに見ることです。どの業務にどれだけ時間がかかっているのか。なぜ例外処理が多いのか。どこに人が介在しているのか。そこが見えれば、「このやり方は本当に必要なのか」と具体的に議論できます。

 たとえば、ある業務ではオーダーからお客さまへの納品まで時間がかかっていました。調べると、営業側は良かれと思って、正式な発注よりも早い段階からオーダー処理を始めていたのです。

岸氏:早めに動いているなら、一見すると良いことに見えますね。

堀川氏:そうなんです。ただ、その時点では、製品や納期などの情報がまだ確定していません。すると後工程では、在庫を引き当てられるのか、追加で生産する必要があるのかを判断できない。その結果、さまざまな調整が発生し、全体ではかえってリードタイムが長くなっていたのです。

岸氏:本人や営業部門だけを見れば合理的でも、全社で見ると逆効果になっていたわけですね。

堀川氏:はい。だから、システム単体ではなく業務プロセスとして見る必要があります。さらに、同業他社や他地域ではどうしているかというベンチマークも使える。自社との差が分かれば、感覚論ではなく、ファクトに基づいて業務改革にメスを入れられます。

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──課題が見えたとしても、昔からの業務をすべて変えればいいわけではありませんよね。

堀川氏:もちろんです。そこで重要になるのが「ビジネスケイパビリティ」という考え方です。企業が事業戦略を実現するために必要な「能力」を整理し、自社のどこに強みや弱みがあるのかを捉える考え方です。競争力に直結しない領域は標準化してよい。一方で、お客さまとの関係性や、独自の製造プロセスなど、本当に競争優位につながる部分は残すべきです。

岸氏:つまり、ERPを導入すること自体が目的なのではなく、それをきっかけに「自分たちの本当のコンピタンスは何なのか」を再定義するわけですね。

堀川氏:その通りです。私は今のERPを、企業を単に「運営するための基盤」ではなく、「変化対応の基盤」だと考えています。まず経営として何をするのか、人や組織、業務プロセスをどうするのかを決める。システムは最後なんです。

AIが「実行」する時代、ERPの重要性は下がるのか?

──一方で、AIがさらに進化して、複数のシステムからデータを読み取り、分析や提案までしてくれるなら、「ERPは不要になるのではないか」という見方もありそうです。

堀川氏:そこは逆だと思っています。AIが正しく分析できるのは、その下にビジネスプロセスが定義され、データがつながっているからです。たとえば、受注して在庫を引き当て、納品し、請求して支払いを受ける。この一連のプロセスそのものは、AIが登場してもなくなりません。

 今はそのプロセス上のデータをAIが分析し、人が判断する。今後はAIがさらに良い提案をしてくるでしょう。だからこそ、その前提となるプロセスとデータのつながりが重要になります。

岸氏:逆に、個人や部門ごとにAIを使っているだけでは、結局は部門最適の延長で終わってしまう。全社レベルの基盤があって初めて、AIの効果も全社へ広がるということですね。

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堀川氏:はい。もちろん、企業の仕組みをすべて1つのERPだけで動かしてください、という話ではありません。標準化できる部分には標準的な仕組みを使い、独自性が必要な部分は別の仕組みを使ってもいい。ただし、その間で再びデータの受け渡しが分断されないことが重要です。

──ここまでのお話は、AIが分析や提案をする場面が中心でした。AIエージェントが自律的に業務を「実行」するようになると、何が変わるのでしょうか。

堀川氏:自律的に動くAIエージェントになると、もう1つ重要になることがあります。それは、人間側が「何を期待するのか」を明確にすることです。たとえば在庫を一定水準に保つことをミッションにするとします。平時なら、在庫を必要以上に持たないことが正しいかもしれません。

 でも、災害などでサプライチェーンが分断された局面では、むしろ在庫を増やした方がいいケースもあります。AIエージェントが適切に動くには、前後の状況も含め、どの情報を見て、何を期待されて判断するのかを定義する必要がある。だからAIエージェントの時代になるほど、プロセスとデータが正しくつながっていることが重要になります。

岸氏:しかも、その期待値そのものまで全部AIが決められるわけではありませんね。AIに何をやらせ、どこへ向かわせるのかを、人間側がきちんと示さなければいけない。

堀川氏:そうですね。AIに仕事を任せれば人が不要になる、という単純な話ではありません。むしろ、組織のミッションや、人が担うべき判断を改めて定義する必要があります。AIが自律的に動くほど、人が「何を目指すのか」を明確にすることが重要になると思います。

「まずAI」ではない、経営とITをつなぐ「共通言語」をつくれ

──AI、データ、業務プロセス、人材と、企業が投資すべき対象は増えています。限られた経営資源の中で、何から着手すべきでしょうか。

岸氏:ここまでのお話を聞いて改めて感じるのは、やはり「まずAI」ではないということです。それがERPなのか、ほかの仕組みなのかは別として、まず全社レベルで情報やリソースを把握し、自社にとって何が最適なのかを考える。そのうえでAIを使わないと、結局、個人や部門の効率化で終わってしまう可能性があります。

堀川氏:同感です。そこで大切なのが、ビジネス側とIT側が別々に考えないことです。これまでありがちだったのは、ビジネス側は経営戦略を考え、IT側はITのアーキテクチャやロードマップを考えるという状態です。

岸氏:日本企業は、組織としても情報システム部門と経営企画などが分かれていて、どうしても別々になりがちですよね。

堀川氏:そうなんです。だから両者をつなぐ「共通言語」をつくる必要があります。業務プロセスや、そのプロセスから得られるファクトが共通言語になる。部門同士でも、経営と現場でも同じです。「自分たちは頑張っている」という話ではなく、「ここにこれだけ時間がかかっている」「ここを変えれば全体がこう改善する」と共通の数字で話せるようにするのです。

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岸氏:そうすると、AIに投資する場合でも「流行しているから使う」のではなく、自社のどこに使えば最も効果があるのかを考えやすくなる。

堀川氏:はい。SAP自身も、オンプレミスのソフトウェア企業からクラウド企業へ変わる過程で、それまで持っていなかったビジネスケイパビリティを整理しました。たとえば、お客さまがどう使っているのかを把握し、継続的に価値を高めていくカスタマーサクセスという能力です。

 先行するクラウド企業をベンチマークして、「自分たちに何が足りないのか」「どの能力の優先度が高いのか」「今の成熟度はどのくらいか」を見ていきました。企業が変化するなら、必要となる能力も変わります。そこから投資の優先順位を決めることが重要なのです。

「変革のオーナーは社長」SAP新社長が掲げる「和魂洋才」

──では、AI時代の変革を進めるうえで、経営者は何を担うべきでしょうか。

岸氏:AIは、これまでのデジタル技術と比べてもインターフェースが分かりやすい。デジタルに詳しくない経営者でもすぐに触れるので、「これは使える」と思いやすいんです。そこが逆に怖いところでもあります。

 「まずAI」と一足飛びに行くのではなく、全社の情報やリソースをきちんと把握したうえでAIを使わないと、これまでのデジタル化と同じ間違いを繰り返しかねません。AIという言葉が強すぎるからこそ、冷静に順番を考える必要があります。

堀川氏:AI時代だからこそ、経営者が会社としてどこへ向かいたいのかという思いを持つことは、これまで以上に重要になると思います。全社最適の姿を最も見ることができるのは社長です。ですから私は、AI変革、デジタル変革のオーナーは絶対に社長であるべきだとお伝えしています。

 まず企業としての「北極星」を決めることです。ERPやAIが最初から解決策なのではありません。自社がどうなりたいのかを定め、そのために人や組織、ビジネスプロセスをどうするのかを考える。そのうえに必要なテクノロジーがあるのです。

岸氏:ただ、もう1つ難しいのは、グローバルスタンダードに合わせることと、日本企業独自の良さを残すことのバランスですよね。海外のやり方を全部持ってくれば正解というわけでもないでしょう。

堀川氏:そこは本当に重要です。私はSAPジャパンのビジョンとして、お客さまの「ビジネスパートナー」になることを掲げています。そのときのキーワードが「和魂洋才」です。日本企業には、ものづくりや現場改善など世界に誇れるものがある。一方で、その強みが構造的な足かせになっている部分には、海外の先進的な知見を取り入れる。両者を融合させることが必要です。

岸氏:では、「北極星」を掲げたあと、それを実際の経営にどう落としていけばいいのでしょうか。

堀川氏:最近は、経営者の方々と「経営管理モデル」を一緒につくることも増えています。会社としてどんなKPIを見るのか、そのKPIがどのビジネスパフォーマンスの改善につながり、最終的な経営目標にどう結びつくのかをロジカルに整理するのです。

 海外企業やSAP自身のやり方もインプットとしてお示ししますが、それをそのまま当てはめるわけではありません。その会社にとって最適なモデルをつくることが大切です。そこからビジネスケイパビリティや業務プロセス、必要なITへつなげていく。その形であれば、「日本の強みを残しながら変える」ということも現実的に考えられると思います。

岸氏:グローバルか日本型かという二者択一ではなく、自分たちで最適な形を決められるようになることが重要なのですね。

堀川氏:そう思います。そして、最終的にはお客さま自身が自社のプロセスを理解し、技術のロードマップも理解して、自分たちで変革を続けられる状態が一番いい。SAPにすべて任せていただくことがゴールではありません。

 企業としてどこへ行くのか。その一歩を踏み出すことは、社長にしかできない仕事だと思っています。

岸氏:今日は本当に勉強になりました。ありがとうございました。正直、ERPに対するイメージもかなり変わりましたし、SAP自身が企業の変革にどう関わろうとしているのかもよく分かりました。非常に面白かったです。

堀川氏:こちらこそ、ありがとうございました。岸先生から率直な問いをいただき、非常に有意義な時間でした。今日のお話が、日本企業の次の変革を考えるヒントになればうれしく思います。

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