- 会員限定
- 2026/10/23 06:10 掲載
参加費「8,000万円超」、1人に俳優30人…富裕層を魅了する「極上体験」の正体
富裕層向けブランド体験の「物語」を紡ぐナラティブ・マーケティングをプロデュース。また、情報伝達を超えた行動を仕組化し、個の全盛時代において、ラグジュアリー市場での持続的成長を実現する知の「価値共創」戦略を構築する。プレミアムブランドの世界観を体現する戦略的プラットフォームの商品化を手がけ、ミシュラン・ガストロノミーから超高級ライフスタイルまで、文化的価値を経済価値に転換するマーケティング、ブランディングを専門とする。「to create a Real LIFE 敏腕マーケターが示唆するこれからの真の生き方とは」「Life is a Journey」「食と文化の交差点 ガストロノミーへの飽くなき情熱」「食彩探訪」「プレジデントオンライン」「saison luxury lounge」「PEAK Lounge」「PAVONE」などのメディア掲載・連載を通じて真のラグジュアリーとは「所有」ではなく「体験」であり、その体験に宿る物語こそがブランド価値の源泉である――という信念のもと、富裕層マーケティングの新境地を開拓し続けている。主要著書に『予測感性マーケティング』(幻冬舎)、『アフターコロナ時代のトラベルトランスフォーメーション』(ゴマブックス)、『GRAND MICHELIN ミシュラン調査員のことば[特別編集版]』(アンドエト)がある。
富裕層がいま「目的のない旅」を選ぶワケ
ロンドンに拠点を置く富裕層向けのオーダーメイド旅行会社「Brown + Hudson」のセッションは、そんな根源的な問いかけから幕を開けます。創設者のフィリップ・ブラウンは、旅の設計に心理学を持ち込んだ先駆者でした。彼らが掲げる最もラディカルなプランが「Journey with No Destination(目的地のない旅)」です。
このプランでは、利用者は「どこへ行きたいか」ではなく、「旅に何を求めるのか」「帰国時にどう感じたいか」をBrown + Hudsonに伝えます。同社は予算や飛行時間、避けたい場所、過去の旅行歴、旅の目的などをヒアリングし、それを基に目的地や体験を設計し、顧客は、空港のゲートをくぐるその瞬間まで、自分がどの国へ向かうのかを場合によっては知りません。
分かっているのは、ただ1つ。その旅が、自らの内面の渇き──たとえば「喪失からの再生」や「新たな挑戦への飢え」──を満たすために、寸分の狂いもなく計算されているという事実だけです。
予期せぬ風景との遭遇は、予定調和なき人生そのもののメタファーとなり、旅人に強烈な内省と、静かなカタルシスをもたらします。ここでは、サプライズさえも精緻に設計されたメソッドなのです。偶然を、意図してつくる。この逆説にこそ、成熟した旅の贅沢が宿っています。
こうした富裕層向けの特別な体験が、次々と生まれているのです。
参加費「8,000万円」の “体験型ミステリーイベント”の正体
では、もし旅先での体験が、映画そのものだったとしたら──。ロンドンの「Ariodante Travel」が2026年のパリで仕掛けるのは、まさに現実と虚構の境界を、根こそぎ溶かし去ろうとする試みです。「The Queen's Lost Diamonds」と銘打たれたこのプロジェクトは、数世紀前──いや、その起源は数千年前にまで遡るという、実在の陰謀と失われたダイヤモンドをめぐる、3日間にわたる完全没入型のミステリーです。
Ariodanteはこれを、ゲームとは呼びません。彼らの言葉を借りれば、それは「アンチ・ゲーム」。決められた役柄も、演じるべき台本も、固定されたルールも、与えられたミッションも存在しない。参加者は、自らの選択と行動だけで、物語そのものを動かしていくのです。1つの扉を開けるたびに、別の扉が閉じる。それは、まるで人生そのもののように。
このプロジェクトでは、パリの街全体が、巨大な、そして生きた盤面へと変貌します。通常は決して足を踏み入れることのできない歴史的建造物への侵入。実在の古文書や、名だたる図書館の閉架資料、非公開の文化機関に眠る手稿を用いた謎解き。そして、街のいたるところに紛れ込んだ、俳優たち。その配置は、参加者一人に対して30人以上という、前代未聞の密度です。現実と虚構の境界線は消失し、あなたは物語を眺める観客ではなく、物語を突き動かす「主人公」となります。
数字が、その狂気じみた本気を物語ります。10カ月以上を要した、完全な秘匿下での準備。歴史家、映画・科学の専門家、脚本家、スタント、ファッションデザイナーまでを動員した制作チーム。百を超える構造的シーン。1,200台以上のカメラ。そして1,500時間を超える生の映像。旅の終わりには、それらが編集され、あなたが主演するただ一本の私的な映画が完成します。
参加費は、1チームあたり43万7,000ポンド(邦貨にしておよそ8,000万円超)から。厳格なNDAへの署名は絶対条件であり、内容は徹底したトップシークレット。そもそも、これは一般に販売されていません。創設者に「選ばれた者」だけが、申し込みの権利を得る。しかも、代理人が手続きを始めることはできても、最後に自らの足で一歩を踏み出せるのは、本人だけなのです。
Ariodante自身の言葉が、この体験の核心を射抜いています。「他人によって語られる物語に惹かれるのなら、家にいるか、心地よいどこかで休暇を過ごしていたほうがいい。だが、もしあなたが、その先に待つどんな真実にも怯まず、自らの物語を書くと決めたのなら──物語が連れていく、どこへでも行く覚悟をせよ」と。
これは単なる観光ではありません。自らが主役を張る、歴史スペクタクルへのダイブなのです。
「不可能」がない?「英国陸軍」仕込みのツアーがスゴい
一方、精神の深みではなく、物理的な極限へと挑む旅を設計するのが、元英国陸軍大尉たちが創設した、富裕層向けオーダーメイド旅行会社「Pelorus」です。彼らは自らを「Expedition Designers(探検デザイナー)」と定義し、その計画精度は、軍事作戦(ミリタリー・オペレーション)そのもの。彼らの辞書に、「不可能」という文字はありません。
たとえば、8歳の子どもが「恐竜が見たい」と口にすれば、彼らはパタゴニアの化石発掘現場へのアクセスを確保し、本物の古生物学者とともに発掘作業を行う旅を、現実として組み上げます。
同社がホームページ上でプラン例として挙げている内容はいずれも高額で、たとえば研究者とともに、セネガルの野生チンパンジーを追跡・観察する探検旅行では1人1万8,000ポンドから、ヘリやボートで南部エチオピアの秘境を巡り、部族文化に触れたり希少動物を観察する探検旅行では、1人3万5,000ポンドからです。
軍事ロジスティクスのノウハウを転用し、飛行船による北極点への降下、アマゾンの未接触部族との交流──地球上のあらゆる「点」へと、道を切り拓く。道なき道を行くこと。それは、他者の足跡を拒み、自分だけの地図を白紙から描くという、強烈な自我の表明にほかなりません。 【次ページ】マーケティング視点で「納得しかない」富裕層の変化
コンテンツ・エンタメ・文化芸能・スポーツのおすすめコンテンツ
コンテンツ・エンタメ・文化芸能・スポーツの関連コンテンツ
PR
PR
PR