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  • 【連載】障害・事故は組織で防ぐ!HRO的経営術(第2回/全3回)

  • 2006/09/27 掲載

【連載】障害・事故は組織で防ぐ!HRO的経営術(第2回/全3回)

経営者必見 ~事故を起こさせないための組織作り~

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同じオペレーションを行っていても、事故を起こしやすい組織と、起こしにくい組織がある。その違いは一体何なのか?HRO(高信頼性組織)という概念に基づいて、明治大学の西本直人氏に3回にわたって解説してもらう。第2回目の今回はいよいよノーマル・アクシンデントに打ち克つHROについて。HROとは何か?どのような特性を持っているのか?限界は?といった具体的な問いに答える形で、HROの理解を深めていこう。
第1回はこちらから

HROの生みの親はアメリカ軍空母

 まずはもっとも典型的なHROの一事例をとりあげてみたい。そもそもHRO研究の端緒となったのはアメリカ軍空母のオペレーション研究からだった。空母を持たない日本の国民がことさら空母について思いをめぐらすのはたまに横須賀に空母が寄航するときくらいだけれども、よくよく考えてみると空母というものは想像を絶するほど複雑かつ危険なテクノロジーに満ち溢れていることは容易に想像される。次の文章は、「世界で最も危険な4,5エーカー」と呼ばれるそんな空母での日常を実際のクルーが端的に述べた描写である。

 大都市の空港がうんと小さくなって、とても混雑している様子を思い浮かべてほしい。滑走路は短いものが1本だけ、タラップやゲートも1つずつしかない。複数の飛行機を、横揺れする滑走路に普通の空港の半分の間隔で同時に離着陸させるんだ。朝発進した機はすべてその日のうちに帰艦させなければならないし、空母の各種装備も戦闘機自体もシステムとしてギリギリの状態にあって余裕などまったくない。それから、発見されないようにレーダーのスイッチを切り、無線に厳格な統制を課し、エンジンをかけたままの戦闘機にその場で給油し、空中にいる敵には爆撃やロケット弾を命中させる。海水と油ですっかり覆われた甲板に、20歳前後の若いクルーたちを配置する。半分は飛行機を間近で見たことのない連中だ。ああ、それからもう1つ、死者を1人も出さないようにするんだ。(ワイク&サトクリフ著『不確実性のマネジメント』36-37ページより)
 こうした危険きわまる軍事オペレーションの動力源は空母内に設置された原子力発電ユニットであり、ただでさえ危険な原子力発電システムを内包しながらその甲板上では別チームによるギリギリのオペレーションが昼夜展開されていることになる。さらに空母は1つの街とも呼べる規模の人員とさまざまな生活機能を有しており、最大規模の空母では原子力発電ユニットを中軸に2千人を越えるクルーが生活している。

 とにかく驚くべきはカール・ヴィンソンで起こる事故の少なさである。空母の安全性を測る場合、アメリカ海軍の採用しているクランチレートと呼ばれる尺度が参考となる。クランチ(crunch)とは移動中のあらゆる種類の航空機が隣接する機に接触することを指し、損傷の程度は考慮されない。そのクランチの回数を発着回数で割ったものがクランチレートである。このクランチレートで測ってもっとも安全と見なされる空母カール・ヴィンソンの1988年におけるクランチ回数は驚くべきことに皆無で、1989年におけるクランチレートは8,000回の発進につきわずか1件という信じ難い低水準に抑えられていた。

 テクノロジーは複雑で、さらにタイトにカプリングしたシステムを多く抱え、しかも2千人からの、その多くは未熟練の人間が関わっていて、なぜ事故や障害が起こりにくいのだろうか? 当然、かつては起きていた。とりわけ空母が開発され実戦に配備された太平洋戦争、その後の50年代には死傷を含む重大事故が多発した。カール・ヴィンソンはそうした重大事故のひとつひとつを調査研究し、そこから学習し、克服してきた末に今、ほとんど事故を発生させない組織の仕組みを構築しえたわけである。では、その安全性の向上に寄与した組織特性について見てみよう。

HROの諸特徴

 最初は空母、そして徐々に発電所や空港管制システムなどへと研究対象を広げていった結果、カール・ヴィンソンをはじめ各種産業内のHROには次のような5つの共通特徴が発見された。

①失敗から学ぶ
②単純化を許さない
③オペレーションを重視する
④復旧能力を高める
⑤専門知識を尊重する


以上の5点である。いずれも極めて基本的なことで、いってみれば仕事に取り組む際のマインドセットといえる。しかし、たったこれだけのことを日々のオペレーションの中で組織メンバーがキチンと実行し、その取り組みを永続化できている組織は事故の発生を確かに抑制しているのである。ではワイク&サトクリフにならって上記5点についてそれぞれ簡潔に説明してみたい。

①失敗から学ぶ
 先のカール・ヴィンソンの事例のように、HROではどのようなケースでも必ずミスを報告するようメンバーに指導がなされ、ニアミス経験をつぶさに検討して教訓を引き出すとともに、自己満足、安全性確保に対する気の緩み、マニュアル通りの業務処理など、成功に潜む落とし穴に警戒を怠らない。

②単純化を許さない
 HROは単純化するものを減らし、より多くのものに目を向ける。HROのメンバーは自分たちが直面する状況は複雑かつ不安定で、すべてを知り、予測することは不可能であると心得ている。そこで、できるだけ視野の広い場所に身を置こうとする。そして、多様な経験を有する部門横断型の人間、常識的知識をも疑ってかかる意欲、多様な人々が感ずるニュアンスを壊さず合意点を見つけ出す交渉術、といったものを奨励する。

③オペレーションを重視する
 HROは、オペレーションが実際に行われる現場に注意を払う。現場の状況認識がしっかりできていれば、予期せぬ事態が発生してもその事態を制御でき、隔離が可能な段階で見つけられる。

④復旧能力を高める
 不確実な状況にミスは必ずついて回るので、HROでは過失を発見・抑制し、そこから立ち直る能力を開発する。過ちを犯さないのではなく、犯しても機能マヒに陥らないことが重要なのである。復旧能力とは、ミスの拡大防止とシステムが機能し続けるための即興的な対応措置の両方を行うことである。
 これらの復旧策はともに、技術、システム、人間関係、原材料などに対する深い知識を必要とする。HROでは、豊富な経験と再編成能力を備え、トレーニングを積んだ専門知識を持つ者を重要視し、最悪のケースを想定してシミュレーションとトレーニングを行う。

⑤専門知識を尊重する
HROでは、意思決定をヒエラルキーの下位層に広く任せている。決定は現場レベルで行われ、権限は地位に関係なく専門知識の最も豊富な者に委ねられる。


(Photo by Allan Ferguson)
HROの生みの親はアメリカ軍空母
 たとえば、①の「失敗から学ぶ」ということでいえば、空母カール・ヴィンソンの甲板上ではミステイクを正直に報告したクルーが制度上賞賛されさえする。わずかなクランチや些細な失敗が大惨事につながりうることをよく知っているため、それらを見逃さない・見過ごさない態度が上官はもとよりクルー全体に浸透しているからだ。もし、甲板上でクルーがスパナ一本紛失した場合、また出所が不明な航空機の部品がひとつでも発見された場合、問題が完全に解決されるまですべての航空機の離発着が中止されるほどの徹底ぶりである。

 こうした一見小さなことがいかに組織のメンバー全体の態度に影響を及ぼすか、ひいては事故発生率の低減に寄与するか想像していただきたい。もし逆に、スパナを紛失したクルーが空母全体のオペレーションを止めた「犯人」としてあげつらわれ、何らかの形で罰せられたり罵倒されたりしたら、ほかの者はそれをどう受け取るだろうか? 正直にミステイクを報告する者は二度と現れなくなるだろう。

 その結果、失敗から学ぶ大切な学習機会が永久に奪われる。大惨事というものはそれが発生する前に必ず徴候があるものだが、それらが組織内ですべて隠蔽されてしまえば、いずれ隠蔽しようのない大惨事が突如予期せざる形で噴出してくるのは避けられない。組織内の1人ひとりが重大事故の徴候を発見するためのセンサーのようなものであるならば、そのセンサーを有効に機能させるためには人間的な仕組みが必要だということだ。

 また、カール・ヴィンソンのようなHROでは現場のオペレーションが最重要視されている。これはきわめて面白い仕組みだと思うのだが、カール・ヴィンソンでは危険度にしたがってオペレーションのモードが何段階か定められている。たとえば、平常モード、警戒モード、危険モードといったように。そして、危険度が最高度まで増したときには、意思決定の権限が艦橋に端座している最高指揮官から現場一線の指揮官へと劇的に委譲される。

 これは現場が最重要視されていること、そして現場の人間が概して最高の専門知識を有していることに起因する。最高度に危険な状況下で、知識のない者、また古ぼけた知識しか有していない者が艦橋から的外れな指示を出したとき何が起きるかを嫌というほど知り抜いてきた組織が最後に行き着いた意思決定の仕組みである。軍隊といえばとかく絶対的な上意下逹の硬直化した組織を連想してしまうが、そうした公式的な意思決定のピラミッドは残しつつ、モードという発想で状況の劇的な変化に合わせてピラミッドを瞬時に崩せる仕組みも備えているのである。そして、それが「世界で最も危険な4,5エーカー」では絶対に必要だということなのだ。

JR西日本はどの程度HRO的であったか

 ここでちょっと福知山線の事故を起こしたJR西日本の組織内状況とHROの特性を重ね合わせてみよう。JR西日本という会社が事故時・事故前、こうしたHRO的特性すべてにおいて低い状態にあったことは明らかなように思われる。JR西日本ではわずかなミステイクを起こした者が正直にそれを報告できるような組織状況であっただろうか。かの組織ではそうした行為は賞賛されるどころか経済的・精神的に罰せられる仕組みを持っていなかっただろうか。そして、事故原因に関する調査の初期段階で早々に「置き石」犯人説を持ち出し、事故原因を極度に単純化して捉えようとした組織トップに事故の複雑さをきちんと見定めるだけの意識と覚悟はあったとは思えない。

 さらに、JR西日本のトップ・マネジメントには現場一線の複雑な専門的知識を理解できる経営者はいたのだろうか。現場からかすかに上がってくる事故の徴候を正確に見定めるためには、わずかな情報にも耳をすませ、その情報の価値を判断できるだけの知識と意識がなければならない。

 JR西日本はかつて1991年、信楽において死者42名、重軽傷614名の大惨事をもたらした重大事故を起こしている。この事故からトップ・マネジメントは一体何を学んだのだろうか。12年に及ぶ裁判闘争の経緯をみると、少なくとも失敗から学ぼう、そして現場を改善しようとの真剣な意志は何一つ認められず、その結果が福知山線事故というさらに悲劇的な事故を必然的に招いたように思われる。事故の法的責任を否認し続けた彼らには、「失敗から学ぶ」という姿勢が何よりも欠落していたように思えてならない。そして現場で働く者への敬意も。

 次回は、こうしたHROの研究結果を具体的にIT業界に適用してみた場合、どのような知見が得られるか話を進めてみたい。さらに最後にHRO研究の限界についても触れてみよう。


西本直人(にしもと なおと)

明治大学経営学部にて専任講師を務める。
管理論、組織論、戦略論、マーケティングなど経営系の諸分野で幅広く活動。
主な著書としては、『経営管理』、『経営組織』(ともに学文社)、『スピルバーグ』(光文社)のほか、訳書にK.E.ワイク著『センスメーキング イン オーガニゼーションズ』(文眞堂)など。
e-mail:naoton@mug.biglobe.ne.jp
HP:http://www5e.biglobe.ne.jp/~naoton/

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