- 2025/06/16 掲載
焦点:日鉄、巨額投資早期に回収か トランプ米政権の「保護」追い風
[東京 16日 ロイター] - 1年半にわたった日本製鉄の米鉄鋼大手USスチール買収計画は、米政府がUSスチールの経営に関与できる形で決着を迎えようとしている。制約を受ける恐れがある中で巨額投資を日鉄が回収できるのか不安視する声がある一方、トランプ政権が米国内の鉄鋼産業を保護し、関税で安い鉄の輸入を阻止することから日鉄の米国事業には追い風となり、逆に投資回収は意外に速く進むとの見方もある。
トランプ政権がバイデン前政権の決定を覆し、USスチールの100%買収を承認する鍵となったのは「黄金株」を含む「国家安全保障協定」。協定の中身は明らかになっていないが、ラトニック米商務長官はSNSに投稿し、生産や雇用の国外移転を原則禁止するほか、USスチールの本社は移転せず、社名も変更しないなどとした。
日鉄にとって最も懸念されるのは、USスチールの経営に米政府が介入すること。しかし、これまでの交渉の中で日鉄は、生産能力や雇用の維持、社名や本社もそのまま残すことを約束している。また、昨年9月、買収後のUSスチールのガバナンスについて公表しており、新しい取締役の過半は米国人で、最高経営責任者(CEO)や最高財務責任者(CFO)という重要なポジションは米国人になるとした。
特に独立社外取締役3人を対米外国投資委員会(CFIUS)が承認することになっており、森高弘副会長は5月下旬に行ったロイターとのインタビューで「CFIUSが決めるということは米政府が決めるということ」と述べており、すでに、米政府の考えが取締役会に影響を及ぼす体制を容認していた。
大和証券シニアアナリストの尾崎慎一郎氏は「足かせになる懸念はゼロではない」としながらも、日鉄の買収計画は「高級鋼材が伸びていく前提。生産削減や従業員カットの可能性は低いという前提で決めている」とし、日鉄の計画通りならば、経営上の懸念にはならないとみている。
<USスチール買収の意義>
日鉄は、米政府に一定の権限を与えてまでもUSスチールの完全買収にこだわった。米国は先進国で唯一国内総生産(GDP)が伸び、人口が増加している国。鉄鋼需要も、自動車向けの高級鋼など付加価値の高い鋼材の需要が強い。
フロンティアマネジメント・シニアアナリストの原田一裕氏は「米市場は日鉄の出番が大きく、捨てられない市場。もし今回の計画が不成立となればインドへの投資を行うしかなかったが、米国はインドよりも確実にプライオリティが高い」と指摘する。
日鉄はもともと買収額141億ドル(約2兆円)に加え、27億ドルの投資を行う計画だった。それが全米鉄鋼労組(USW)の反対や、米大統領選を控えた政治的な逆風を受け、140億ドル(約2兆円)まで膨らんだ。140億ドルのうち2028年までの4年間で110億ドル(約1兆6000億円)を投資することになり、尾崎氏は「現実的なラインでの妥結」と受け止めている。
こうした巨額投資に対し、アナリストらは「短期的には財務不安が生じることは避けられない」と口を揃える。
SMBC日興証券のアナリスト、山口敦氏はレポートの中で「増資の可能性が高まるだろう。買収が成立した場合には、早期に投資からのリターンを示す必要があるだろう」とコメントしている。
一方、投資回収については米政府が国内の鉄鋼産業復活を重視する中で速いペースで進むとみる向きがある。
鉄鋼業界は現在、内需が低迷する中国からの鋼材輸出に悩まされている。世界の粗鋼生産は18億トン。中国の鋼材輸出により市況が100ドル悪化したことで、世界の鉄鋼メーカーから30兆円弱の利益が消えたことになる。
こうした環境下でも、高関税により、米国市場への中国鋼材の流入は回避できている。主に自動車や家電、建材など幅広く使われるホットコイルの市況は、アジアの400ドルに対し、米国は900ドルとなっている。
原田氏は「日鉄の技術で付加価値の高いものを作ることができるようになる。鋼材価格もトランプ大統領が守ってくれるから、アメリカ国内は高い鉄になる」と指摘、トランプ政権誕生前の1年半前に日鉄が目論んだよりも、早いペースで投資回収できるのではないかと話す。「投資額が2倍になっても、鋼材価格を値上げすることで当初の目論見の1.5倍程度の回収スピードが確保できれば、それほどネガティブではない」という。
交渉に当たった森高弘副会長は「100%持っているかどうかで全然違う。100%持っていれば技術のコアな部分まで共有して、強くすることができる。ジョイントベンチャーである限り、コアな部分は出せない」と言い続けてきた。100%所有に妥協をしなかった日鉄の姿勢が、今後のUSスチールの収益改善には大きく寄与することになりそうだ。
正式なクロージング後、国家安全保障協定による米政府の関与がどの程度にまで及ぶのか、日鉄がどのような投資回収プランを示すことができるなどが注目されることになる。
(清水律子 取材協力:大林優香 編集:久保信博)
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