- 2026/10/23 07:10 掲載
4年で年商151億→430億円…茨城発「山岡家」、なぜ北海道でソウルフードに?
ライター、番組リサーチャー。テレビ番組のリサーチ・構成を経て、2016年からライターをメインに活動している。とくにローカルの飲食についてくわしく、過去に『秘密のケンミンSHOW』など複数番組を担当し、著書の『強くてうまい!ローカル飲食チェーン』(PHP研究所)など多数執筆。そのほか1,000以上の卓球記事を書いている。ハガキ職人時代は1,000以上のネタが採用され、発想力を記事に生かす。
急成長する「山岡家」、北海道との深い関係
ラーメン山岡家の勢いが止まらない。2026年1月期の売上高は430億円。2022年1月期の151.22億円から、わずか4期で2.8倍というすさまじい伸びを見せている。7月には店舗数もグループ200店舗に到達し、9月に発表した2027年1月期中間決算でも、売上高・利益ともに中間期として過去最高を更新した。
その発展のプロセスを語るうえで外せないのが、「茨城生まれ」にして、北海道民に愛されて花開いた店舗展開だ。
その背景を聞くため、山岡家が生まれた茨城県にある、つくば市の丸千代山岡家の関東事務所を訪ねた。
つくば中央店の裏にあり、店と建物がつながった、平屋建てのこぢんまりとした社屋。年商430億円の企業らしからぬ質素な建物だ。店舗との併設は、オフィスの家賃削減にもなっているという。
出迎えてくれたのは、同社経営企画室長の渡部哲寛氏だ。北海道出身で、入社前から山岡家のラーメンが好物だったという。今回の企画にピッタリな人物である。
「味噌1強」の地で苦戦…それでもハマる道民が続出したワケ
1980年に東京都江戸川区で弁当のFC店を開業した、創業者・現会長の山岡正氏。その後、付き合いのある製麺会社から紹介を受け、1988年に茨城県牛久市で山岡家1号店を開き、繁盛させた。しかし、その次に山岡氏が選んだ地は北海道だった。山岡氏はかつて自衛隊員で北海道での勤務を経験し、自然をはじめとした魅力に惚れ込んでいたのだ。
「本当に北海道が好きで、そしてラーメンの本場で自慢のラーメンを売りたいから行ったと聞いています。北海道、特に札幌市民はラーメンがすごく好きなので」(渡部氏)
たしかに、当時、北海道の札幌ラーメンは強力なブランドで、どこか「ラーメンのメジャーリーグ」のようなイメージがあり、ラーメン横丁もすごい混雑ぶりだった。
そして1992年5月、北海道1号店となるすすきの店を開いた山岡家だったが、最初は苦戦した。
「札幌市内に豚骨ラーメンはまだ全然浸透していなかったので、最初は苦戦しました。当時の札幌は、『味噌ラーメン以外はラーメンじゃない』くらいでしたからね」(渡部氏)
そんな中で山岡家を支えたのは、渡部氏のように口コミでそのうまさを知った地元民だった。
「最初は少し抵抗がありましたが、おすすめされて行ったらハマっちゃいました。独特のコクとうまみで癖になる。中毒性があるからまた食べに来たくなるし、リピーターが増えていったんです」(渡部氏)
「本当に豚骨臭が強く、存在感がすごかった。当時、札幌で豚骨ラーメンを出していたお店は、たぶん山岡家だけじゃないですか」(渡部氏)
同じ90年代には「てつや」「五丈原」など、札幌の“第2世代”とも呼ばれる、従来の札幌味噌ラーメン以外のラーメン店の隆盛が起こっていた。
「味噌以外のラーメンもそのあたりから認知されて広がっていったんでしょうね」(渡部氏)
そして、このころからあったサービスが、味のカスタマイズだ。渡部氏も「味の濃さ・油の量・麺の硬さは最初から選べたと思います」と語る。 【次ページ】北海道で支持拡大→全国へ…山岡家らしさを生んだ強み
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