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  • 2026/10/21 07:10 掲載

あの1杯はなぜ別格だったのか…超一流シェフも使う“東京産食材”に眠る「土地の味」(2/3)

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「土地の味」の正体…意外すぎる「あの生物」だった?

 「テロワール」。土壌、気候、日照、標高──そうした環境要因の総体を指す言葉として、ワインやコーヒーの世界では古くから語られてきた。だが近年、この概念は根底から書き換えられつつある。テロワールの正体とは、実は「土地に固有の微生物」なのではないか──という科学的な仮説が、有力になってきているのだ。

 この仮説は世界の査読付き論文で着実に裏付けられつつある。Beldaら(2017年、Frontiers in Microbiology)は、ワインの香味を左右する微生物の究極の源泉が「畑の土壌」にあると指摘し、産地ごとに識別可能な固有の微生物プロファイルが存在すると報告している。Johnston-Monjeら(2023年)は、ブドウ・トマト・米・シソなど幅広い作物で、植物に宿る微生物群集が「農業テロワール」を構成し、香り・風味・品質を規定していることを示した。2024年にはコロラド大学の研究チームが、異なる土壌の微生物を与えたマスタードでは辛み成分の量まで変わることを、温室実験で実証している。

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テロワールの正体は「土地に固有の微生物」という科学的な仮説が有力になってきている

 同じ品種、同じ栽培法でも、畑が変われば付着する菌の顔ぶれが変わる。その微生物のわずかな違いが、香りの分子を生み分け、あの「土地の味」を生み出している。テロワールとは、目に見えない菌たちが織りなす、生きた指紋なのである。

 この感覚は、日本人にはむしろ馴染み深いはずだ。伝統的な蔵で仕込まれる日本酒、とりわけ生?(きもと)造りでは、人工の乳酸を添加せず、蔵に棲みついた微生物を酒母に取り込んでいく。柱に、壁に、天井の梁に、何百年とその蔵だけに棲み続けてきた菌たちがいる。だからこそ「あの蔵の味」が生まれる。

 醤油も味噌も同じだ。同じ原料、同じ製法でも、蔵が違えば味が違う。つまり「テロワール」も「蔵付き酵母」も、言っていることは同じなのだ。食の個性とは、その土地の微生物の個性にほかならない。身土不二とは、詩的な人生訓ではなく、微生物学的な事実だったのである。

沖縄の「長寿神話」が崩れた“ある原因”

 土地の食を食べ続けること。それが、味わいだけでなく、寿命そのものを左右しているとしたら、どうだろう。

 沖縄は、かつて世界屈指の長寿地域だった。100歳以上の人口比率が突出して高い「ブルーゾーン」の1つに数えられ、世界中の研究者が「なぜ沖縄のおばぁは、こんなにも長生きなのか」を解き明かそうとしてきた。その答えの核心にあったのが、生まれ落ちた土地のものを、生涯食べ続けるという生き方だった。

 沖縄の伝統食は、地中海食と並ぶ健康食として世界的に注目されている。良質な炭水化物が約85%、タンパク質が9%、脂質はわずか6%。主食は米ではなく、抗酸化物質に富む紫や黄色のサツマイモ。そこへ大豆、豆腐、島の葉物野菜、多様な海藻、そしてゴーヤー。

 研究者たちは、こうした食品が「長寿遺伝子」FOXO3を活性化させ、細胞の老化を示すテロメアの短縮を緩やかにし、慢性的な炎症を抑えると報告している。より本質的なのは、それらが「その土地でとれ、その土地で組み合わされてきた」という総体としての完成度なのだ。沖縄食は、病気を治すために設計されたものではない。地元の文化として、その土地の中で自然に進化してきた──まさに身土不二である。

 ところが、この長寿神話は、いま静かに崩れつつある。きっかけは戦後だ。米軍がスパムに代表されるポークランチョンミートを持ち込み、食の欧米化が一気に進んだ。白米が普及し、ファストフードが増え、肉と動物性脂肪の摂取が急増した。

 「沖縄クライシス」とも呼ばれるこの現象によって、若い世代を中心に肥満と生活習慣病が広がり、沖縄の平均寿命は往時の輝きを失いつつある。伝統食を守り続けたおばぁの世代と、それを手放した世代とでは、健康の姿がまるで違うのだ。

 土地から離れた食が、寿命を削る。海外生活の長い商社マンやエリートビジネスパーソンの話も、この逆説を裏づける。彼らは世界中の美食を知り、駐在先でも日本食材を取り寄せられる。だが、生まれた土地のものを、生まれた土地の水と空気の中で食べ続けることだけは、どうしてもできない。

 「駐在が長かった人ほど、帰国後に体調を崩す」という嘆きは、商社やメーカーのOBの間で、半ば経験則として語り継がれている。世界を食べ尽くした人ほど、最後は「自分の土地の味」に還りたくなる。それは郷愁ではなく、身体の奥底からの要求なのかもしれない。

「東京=特産食材ナシ」が大誤解と言えるワケ

 ここで多くの人が壁にぶつかる。「この大都会の灰色のコンクリートの街に、一体何の『地のもの』があるというのか」。

 これこそ、本稿でぜひとも覆したい誤解である。東京ほど、豊かな食の土地はそうそうない。

 まず、海だ。豊海おさかなミュージアムなどによれば、東京湾には約700種もの魚が生息しているといわれる。ハゼやシャコ、ハマグリから外洋性の大型魚まで、その種の多さは日本有数だ。

 かつて江戸の人々は、目の前の湾でとれた魚介を「江戸前」と呼び、それを握った寿司が江戸前寿司の原点となった。江戸前とは本来、店の様式ではなく、東京湾という「産地」の名前だったのである。その豊かさを象徴するのが大森の海苔だ。18世紀前半に海苔養殖が本格化し、その品質は全国一を誇り、徳川将軍家に献上される「御前海苔」を生み、やがて養殖技術が全国へと伝えられていった。

 海だけではない。八丈島や青ヶ島など東京の島々は食材の宝庫だ。近海の魚を醤油に漬けた島寿司、独特の発酵食くさや、明日葉──島の菌と海が育んだ、ここにしかない味がある。東京都は漁業関係者と連携し、「東京の魚」としてブランド化を進めている。

 畑もある。東京の耕地面積は6,090ヘクタール(2024年時点)。そこで守られているのが「江戸東京野菜」だ。江戸時代、急増する人口の胃袋を満たすため全国から呼び寄せた野菜が土地に馴染み、在来種となっていった。小松菜、練馬大根、内藤とうがらし──地名を冠したそれらは、まさに東京の土と菌が育てた、東京のテロワールの結晶である。現在、52品目(2024年10月時点)が江戸東京野菜としてJA東京中央会に登録されている。

 そして川だ。かつて「死の川」とまで呼ばれた多摩川は、市民と行政の粘り強い努力によって見事に蘇り、いまではアユが遡上する清流に戻った。奥多摩の渓流にはヤマメが泳ぐ。海に約700種の魚。島々の発酵食。6090ヘクタールの畑と52品目の在来野菜。そして清流のアユ。──これのどこが「地のものがない」土地だというのか。東京は、海と山と川と島を一つの都に抱えた、稀有な食の総合産地なのだ。そしてこの事実こそが、「都産都消」という次なる贅沢の、揺るぎない土台となる。 【次ページ】【地方VS東京】「富裕層人気」に対抗する東京“3つ”の強み
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