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  • 2018/05/31

ノーベル経済学者 アマルティア・セン教授が語る「人権」と「義務」

「人権」はしばしば、政治的扇情やメディア批判の道具に用いられることがある。「人権とは、グローバルに開かれた公共的推論(公にとって相対的に「正しそう」か双方向で理由づけること)の中で生まれる主張だ」と訴えるのは、ノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・クマール・セン氏だ。同氏は倫理学・政治哲学の哲学者でもある。早稲田大学の名誉博士号贈呈式のために来日した同氏は記念講演で、「人権」と「公共的推論」がどのように育まれてきたかを熱弁した。

フリーランスライター 阿部欽一

フリーランスライター 阿部欽一

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ノーベル経済学賞受賞者 アマルティア・クマール・セン氏

「知識」と「理性」が世界を救う

 セン氏は、規範的経済学(政策が社会的に望ましいかどうかの判断するための経済学)および「正義論」を中心とする倫理学・政治哲学などの発展に重要な貢献を果たし、1998年には、アジア人初のノーベル経済学賞を受賞している。今回の贈呈式で「人権と義務について」と題して講演したセン氏は、「さまざまな問題を抱える現在の世界で重要なのは啓発だ」と述べた。

「世界のあらゆるところで知識や科学に対する(反知性的な)攻撃が見受けられる。科学の前進に貢献してきた米国でも、たとえば、環境問題などにおいて科学の追究を否定する声が強まり、その足元が危うくなっている。また、日々のコミュニケーションでは『フェイクニュース』が蔓延している」(セン氏)

 こうした状況に対し、しっかりした知識の追求、啓発の必要性が高まっているのだ。「(自分が信じたいものを信じるのではなく)理性に基づくアプローチによって、この問題に挑むことはグローバルなコミットメントだ」とセン氏は指摘する。

 既知の事柄から未知の事柄を論理的に明らかにする「推論」は、人類史に大きな影響を与えてきた。今から2500年以上前に、ブッダが盲目的信仰でなく、推論を中心に考えることを提唱した。仏教徒は印刷技術を模索し、印刷によって人々がさまざまな書物をひも解いた。その結果、思想家の考えを理解できるようになったのである。

「仏教徒がイノベーターの中心的役割を果たし、9世紀には日本や中国、朝鮮半島で早期の印刷が行われた。公共の場における推論を広げるために、知識を普及させることは非常に重要だ。古代の人々はコミュニケーションを広げていくことに大きな責務を感じており、その意味で啓発の追求はグローバルの現象といえる」(セン氏)

 一方、市民の権利として人権が意識され、明文化されたのが、フランス革命の基本原則を記した1789年の「フランス人権宣言」だ。また、1791年には、アメリカ合衆国憲法の修正条項である「権利章典」が定められた。

 そして、現在のような人権の固有性(生まれながらに当然のこととして人権を有していること)、普遍性(すべての人間が平等に人権を有していること)、不可侵性(公権力を含め誰からも侵されないこと)を定めた1948年の世界人権宣言につながっていく。「特に、ヨーロッパでは、ナショナリスト思想の危険性があり、世界的に先がけて、第1次世界大戦のときに普遍性の考え方は示されていた」とセン氏は述べた。

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早稲田大学の名誉博士号贈呈式のために来日した経済学者、哲学者のアマルティア・クマール・セン氏

「規制による摘発」ではなく「教育による啓発」を

 一般的に、人間の権利は、その時々の時勢的な議論に傾きがちで、必ずしも批判的な精査を受けず、根底にある概念に統一性が見られないとセン氏は指摘する。

 「それは、人権が引き合いに出されるのは、主に、世界を正しく解釈したいということよりも、世界を変えたいと考える人に関わっているからだ」(セン氏)

 この解釈と変革の対比を明確に打ち出していたのが、カール・マルクスだ。同氏が1845年に書いた『フォイエルバッハに関するテーゼ』では、単に概念化するだけでなく、「行動を起こすこと」と「世界を変革すること」を強く訴えている。

「世界に蔓延する愚行が解釈できてはじめて、何を変えるべきかがわかる。マルクスは、実際にその後の学究生活の多くを世界の解釈に捧げた。そして、その解釈を変化の前段に据えたのだ」(セン氏)

 また、セン氏は自身の著作『正義のアイデア』などにおいて、「人権は社会倫理における決意表明だ」と記している。

 「他の倫理的な信条と同様に、人権は論争の対象となりえる。そこでの主張は、普遍的に是認されなくても、見聞に裏打ちされた精査に耐え、批判的な討論に論破されない強さを持っていなければならない」(セン氏)

 人権の普遍性について、セン氏はこんな話を引き合いに出した。たとえば、政府による人権侵害があったとする。政府が持つ権限を使って嫌がらせをするような場合だ。

 「そうした権利(政府によって嫌がらせをを受けない権利)を保証するような法的に確立された決まりは存在しない」という答えは、人権に対する十分な説明にはならないとセン氏。「人権は法律には依存しない」からだ。

 あるいは、開発途上の国においては、食物を得る権利や医療を受ける権利、最低所得保証を受ける権利など、基本的な人権が法律で保証されていない。

「人権侵害というべき剥奪に対し、適切な法的措置を講じている国はまったくないといっても過言ではない」とセン氏。

 その一方で、人権の中には、法的な対象とは無縁ともいうべきものもある。たとえば、妻の道徳的権利を認め、守るというのは家族の相談の中で決定されるべきであり「プライベートな関係を強制的な法の規制の対象に置くのは賢明ではない」とセン氏は述べる。

 同様に、障がい者の資格や権利についても、「他の人と同じように敬意をもって、公共の場でディスカッションすべきだ」とセン氏は説明する。

 「その意味で、法律を制定し、法で規制するのではなく、教育が重要だと考える。公権力による規制を厳しくすれば、たとえば、障がいのある人をないがしろにした人は逮捕、法的処罰の対象になる。そうした世の中は果たして望ましいといえるだろうか」(セン氏)

【次ページ】「人権を守るために何をするか考えること」が国民の義務

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