- 2025/07/17 掲載
アングル:仮想通貨「$トランプ」が異例のスピード上場、取引所の対応に疑問の声も
[ニューヨーク 14日 ロイター] - 暗号資産(仮想通貨)交換所大手の米コインベースは自社サイトで、新たに取り扱うデジタルコインについて「厳格な」審査を行った上で取引を許可していると利用者に明言している。この審査は新規コインの発行に関わる人物や、市場操作・詐欺などのリスクを調べて顧客を保護するのが目的だ。長い時間を要することもある。
だがトランプ米大統領が1月、2期目開始の3日前に立ち上げた公式ミームコイン「$トランプ」の上場については、コインベースはわずか1日で判断を下した。
ミームコインとは文化的流行や著名人に関係のある仮想通貨で、実態的な価値はない。過去の事例が示すように価格の乱高下が激しく、投資家に損失をもたらす傾向がある。
ロイターが仮想通貨市場のデータおよび業界の発表を分析したところ、$トランプは他の最近の大型ミームコインと比べ、主要暗号資産取引所において異例の早さで上場を果たしていたことが分かった。小口投資家を保護するためリスクの高いコインを慎重に審査している、という取引所の主張とは矛盾する。
一部の取引所は、トランプ氏やその関係者が多くの$トランプコインを保有しているにもかかわらず、上場を認めた。
このような場合は通常、関係者が大量に売却すると価格が急落し、他の投資家に影響が出る可能性があるため、注意が必要だと取引所の複数の幹部は話している。
$トランプは発行からわずか2日後の4月19日、史上最高値の75.35ドル(約1万1100円)を付けたが、4月初旬には7ドル台まで急落。多くの保有者が損失を被った。7月10日時点では約9.55ドルで取引されている。
「米国の大統領が立ち上げたミームコインなら、投資してみようと思った」。ドバイ在住の暗号資産投資家で、動画投稿サイトのユーチューブでビットコイン取引チャンネルを運営するカール・“ムーン”・ルネフェルト氏はそう語った。
価格が50―60ドルで推移していた際に合計30万ドル相当の買いを入れたルネフェルト氏だったが「過去に自分が行った中でおそらく、最悪の取引に入る」と語った。
ロイターの分析によれば、取引量シェアで上位10社の暗号資産取引所のうち8社が、$トランプを発行から48時間以内に上場させていた。
9番目に当たるコインベースは、1月18日に$トランプを上場候補に追加したことを発表。正式上場はその3日後だった。10番目のアップビットは、2月13日に上場した。
他の大型ミームコインと比べても、平均より著しく早い。
2022年以降に発行された大型ミームコインのうち時価総額上位4銘柄について、ロイターは上記の10取引所における上場にかかった日数を調査した。平均が129日だったのに対し、$トランプは4日だった。
なぜ$TRUMPの上場が迅速だったのか。
ビットゲット、MEXC、OKX、コインベース、アップビットの5つの取引所は、審査プロセスを簡略化してはいないと回答。そのうち3社は、$トランプに対する圧倒的な需要に応じるため迅速に対応したと述べた。
他の5つは取材に応じなかった。
ビットゲットのグレイシー・チェン最高経営責任者(CEO)は声明で「暗号資産業界は$トランプの話題で持ちきりだ。熱が高まっている他のコインと同様、$トランプを上場銘柄に加えることは不可欠だった」と述べた。
チェン氏は、トランプ氏本人が自身の交流サイト(SNS)でコインを公表した事実について「コンプライアンス上の問題はある程度クリアしていると考えていいはずだ」と話した。「米国の大統領が発表したのだから」
<利益相反は「ない」>
ロイターは、トランプ氏またはその事業に関係する人物が取引所に圧力をかけたことを示唆する証拠を確認していない。
ホワイトハウスの報道担当者はロイターに対し、トランプ大統領の資産は家族信託に移管されていると説明。「大統領は資産の運用に関与していないため、利益相反は存在しない。相反があるとほのめかすような言い方は無責任だ」と回答した。
トランプ氏の一族が運営する企業トランプ・オーガニゼーションは取材に応じていない。
コインベースは$トランプを特別扱いはしておらず、通常の上場手続きを踏んだと説明する。最高法務責任者のポール・グレワル氏は、迅速な上場のため週末返上で多くのスタッフが対応したが、必要な手続きは全てきちんと踏んだと述べた。
仮想通貨の審査では通常、発行者の知名度や、今後も注目を集め続けられるかどうか、ネット上のコミュニティーとどれだけ関わっているか、などが重視される。
暗号資産分析を専門とする米サンタクララ大学のソヨン・キム教授は、これらの指標において$トランプは高評価を得るだろうと分析した。ただ審査の迅速性だけに注目すると、投資家保護の全体像を見誤る恐れがあるとの見方も示した。
より包括的な分析では、上場時の平均的な時価総額、それがどの程度の間維持されたか、日々の売買高なども考慮されるべきだという。
$トランプは発行から間もなく上場したため、取引所が評価できるこうしたデータはほとんど存在しなかった。
このコインの時価総額は1月19日のピーク時の150億ドル超から、現在は約19億ドルまで急激に縮小している。それでもなお、2022年以降に発行されたミームコインの中では上位に位置している。
ロイターは$トランプの上場スピードに関する分析について、キム教授を含む暗号資産の専門家5人に確認を取った。全員が、分析手法は妥当だと認めた。
米マーケット大学でトランプ氏の暗号資産事業を研究してきたデービッド・クラウス教授は、$トランプの異例のスピード上場について「デューデリジェンス(資産査定)が極端に急がれたか、手続きの一部が省略された可能性がある」と述べた。
「いずれの場合でも、投資家保護および市場の健全性に重大な影響がある」と同氏は指摘した。
<大統領に「ノー」とは言えない>
大統領自身が規制の緩い分野で次々とビジネスを展開し、監督責任を持つ政権が関わっていることに、野党民主党や消費者団体、元金融監督当局者から批判が出ている。
「大統領が関わる新たなミームコインの取り扱いを、断るわけにはいかない」。米証券取引委員会(SEC)の元暗号資産上級顧問で、現在は消費者保護団体「アメリカ消費者連盟」の代表を務めるコーリー・フレイヤー氏はこう話す。「大統領は国民の事業の監督者を指名し、法執行のあり方を決定する存在なのだから」
バイデン前政権時代、SECはミームコインを含む大半の暗号資産を証券として規制すべきだと主張し、取引所は上場に慎重だった。だが昨年11月にトランプ氏が大統領選で勝利したのち、この状況は急速に変化した。
トランプ氏は自らを「暗号資産の大統領」と位置付け、業界規制の抜本的見直しを公約した。
トランプ氏が大統領に返り咲いた後、米国最大の上場暗号資産取引所コインベースをはじめ、複数のライバル企業が次々とミームコインを上場させた。
SECは暗号資産事業者に対する複数の大規模な法執行措置を、停止または取り下げた。これには、トランプ一族が関与する暗号資産プロジェクトの大口投資家に対するものも含まれている。
さらにSECは、ミームコインは証券には該当しないとする声明も発表した。
SECの広報担当者は、暗号資産政策や$トランプに関するロイターの質問に対する回答を控えた。
トランプ一族は複数の暗号資産プロジェクトを立ち上げ、数億ドル規模の収益を得ている。$トランプコインだけで約3億2000万ドルの手数料収入を得たと推定されている。
ただ、その収益がトランプ系の企業とパートナー企業の間でどのように分配されたかは公表されていない。
<見過ごされた懸念>
トランプ氏が暗号資産業界を支持したことで、取引所は大きな恩恵を受けている。
業界情報会社コインデスク・データの標準手数料に基づく試算によると、ロイターが調査した10の取引所は、$トランプによって1億7200万ドル超の取引手数料を得たと推定される。
一方、$トランプの取引ではごく一部の投資家に利益が集中している。
最も利益を上げたのは上位45の暗号資産ウォレットで、合計で約12億ドルの利益を得た。他方で別の71万2777のウォレットは、合計で43億ドルの損失を出している。
中央値に位置する50万超のウォレットは、1件あたり平均5656ドルの利益を得ていた。いずれも6月18日時点の、暗号資産分析会社バブルマップスによるデータに基づいている。
$トランプの上場に際して一部の取引所は、従来であれば「警戒すべき要因」としていた懸念を見過ごしていた。$トランプの発行枚数の80%を、トランプ氏およびその関係者が保有していたという点だ。
コイン発行元の関係者が大量に売りを出せば価格が急落し、一般投資家が損失を被る恐れがある。$トランプの発行条件には、3年間のロックアップが含まれている。
コインベースはニューヨーク州の規制下にあることから、州内居住者による$トランプの取引を制限したが、他州の居住者に対しては認めた。
コインベース以外の取引所には、需要に応えるため、コインの所有者が偏っている懸念を黙殺したことを認めたところもある。
MEXC取引所の最高執行責任者であるトレイシー・ジン氏はロイターに対し、$トランプは保有状態に偏りがあったため、本来ならメインボードに正式上場できる基準を満たしていなかったと認めた。にもかかわらず、需要が非常に強かったため、あえて上場を承認したと話した。
その後、MEXCの広報担当者は「$トランプのモメンタムは明確であり、当社の上場基準を早期に満たした」ため「通常より迅速な上場」が可能だったと書面による回答を寄せた。
ビットゲットのチェンCEOも、保有者が集中していることに懸念を抱いていたとロイターに語った。
「私の見解では、発行者の関係者が80%を保有しているというのは、ロックアップ期間が多少あるとはいえ非常にリスクが高い」とチェン氏は言う。「結局のところ、活発な取引や人気がリスク要因に優先されてしまった」
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