- 2026/02/02 掲載
焦点:トヨタとアクティビスト、ぶつかる価値観 豊田織買収の行方
[東京 2日 ロイター] - トヨタグループによる豊田自動織機の買収計画は、日本の上場企業で相次ぐ株式非公開化の一つにすぎないとみられていた。それが昨年6月の計画発表から約7カ月が経過する間に、「株主価値」を強く主張するアクティビスト(物言う株主)と、より広範な利害関係者(ステークホルダー)との調和を重視する日本企業の価値観とがぶつかり合う象徴的な案件へと発展した。
トヨタ陣営は今年1月中旬、株式公開買い付け(TOB)価格を1株1万6300円から1万8800円へ15%引き上げたが、さらに上積みを求める声や、企業統治(ガバナンス)や価格算出手法の透明性を問題視する一部株主からの批判は収まっていない。その先頭に立つ米投資ファンドのエリオット・インベストメント・マネジメントは、豊田織の企業価値がなお4割以上も過小評価されていると主張している。
トヨタ自動車を中心とした日本を代表する企業グループと、アルゼンチンやペルーといった国に裁判で勝利し巨額の利益を得た実績を持つアクティビストは、どのような攻防を繰り広げてきたのか。ロイターは豊田織の株主やトヨタグループ関係者など20人以上に取材するとともに、当局に提出された資料をもとに舞台裏に迫った。
そこから浮かび上がったのは、株主を含めた「三方良し」を重視してきた日本の企業文化が、株主価値の最大化を追求するアクティビストの圧力にさらされる様子だった。買収価格の引き上げを巡るトヨタ陣営内のやりとりや、買収手法が少数株主を軽視しているなどとして海外投資家が東京証券取引所に苦情を申し入れていたことも分かった。
TOBを主導するトヨタ不動産の近健太取締役は、TOB価格引き上げ前に行ったロイターとのインタビューで、「多くの投資家との対話をこれまでもずっと続けている」と述べた。トヨタ自の最高財務責任者(CFO)でもある近氏は「少数株主を十分に考慮しており、多くの株主がそのように評価している」とした上で、株主によって意見が分かれるのは当然だと説明。さまざまな声に丁寧に耳を傾けて対応していると強調した。
近氏とともにインタビューに応じたトヨタ自の山本正裕・最高リスク責任者は、株主との対話を対立的に捉えるのは誤りだと指摘。株主からの支持が成長には不可欠であり、「対立しても何も良いことはない」と語った。
エリオットはロイターの取材にコメントを控えた。エリオットは1月下旬時点で豊田織株6.65%を保有する。
<発表から株主の反発まで>
豊田織がトヨタグループによる買収提案を受け入れると発表したのは昨年6月。グループ15社が出資するトヨタ不動産、トヨタ自、トヨタ自の豊田章男会長が出資して設立する持ち株会社が、特別目的会社を通じてTOBを実施する計画だ。自動車の電動化やソフトウエア化が進む中、グループの源流企業である豊田織を非公開化し、短期的な収益達成を求める株主の声に左右されない体制を築くことを目指している。
買収計画が事前に報道されたことを受けて上昇していた豊田織の株価は発表後に急落し、しばらくTOB価格付近で推移した。市場が買収成立を織り込んでいることを示していた。
しかし、事情を知る関係者2人によると、昨夏にかけて海外投資家が東証に苦情を申し入れていた。トヨタ側の情報開示が不透明で、少数株主への対応も不十分、日本が進めてきたガバナンス改革に反するという指摘だった。関係者の1人によると、投資家からこれほどの「怒り」を受けたことは東証にとって前例がなかったという。東証はロイターの取材にコメントを控えた。
9月になると、トヨタがTOB価格を引き上げるとの思惑から豊田織の株価は上昇し始めた。11月にはエリオットの株式保有が判明し、その見方は一段と強まった。
投資家の不満の声はトヨタにも届いていた。関係者らによれば、トヨタ不動産の近氏は昨秋、一部株主のために価格を引き上げれば「大声で言ったもの勝ち」という前例をつくることになると周囲に話していたという。近氏はロイターとのインタビューで「そのような表現を使った記憶はない」と説明。「全ての投資家、ステークホルダーの皆さまにフェア(公平)な形でやることがこの取引の大前提だ」とし、「どこかの誰かを優先的に扱うようなことが決してないようにしたい」と語った。
豊田織の株価上昇と同時に、同社が株を持ち合うトヨタグループ各社の株価も値上がりした。TOB価格は豊田織が保有する資産価値の拡大を反映していないとの見方が一部株主の間で広がった。「トヨタグループは豊田自動織機を安く買収しようとしたが、今やその持ち合い株高に直面している」。英ロンドンを拠点とするスローン・ロビンソン・インベストメント・マネジメントのヒュー・スローン共同創業者はそう指摘。豊田織の株主である同社はTOBに応募しない方針だという。
トヨタ陣営が当局に提出した書類によると、昨年12月中旬、豊田織は持ち合い株の上昇を理由にTOB価格引き上げを求める書簡をトヨタ不動産へ送付した。市場価格を大幅に下回る当初のTOB価格1万6300円のままでは株主の支持が得られない可能性があると懸念したためだ。トヨタ不動産は豊田織に新たな価格を複数回提案し、最終的に1万8800円に落ち着いた。
<ガバナンス改革との整合性>
トヨタが豊田織の非公開化を進めるもう一つの目的は、グループの株式持ち合いを解消し、株主価値向上を目指す東証のガバナンス改革に足並みをそろえることだった。しかし、非公開化を実現するための買収手法を巡り、ガバナンスが不透明だと一部の投資家から批判された。
各国の資産運用会社などで作る非営利会員団体、アジア・コーポレート・ガバナンス協会は昨年8月、TOB価格の決定手法や複雑な買収スキームなどを懸念する書簡をトヨタ陣営に送り、10月に内容を公表した。今回の買収も、公正性を保つため買収者と利害関係を持たない少数株主の過半数の賛同が必要となるが、トヨタ陣営は主要グループ企業のデンソーやアイシン、豊田通商を少数株主に含めた。協会の会員やエリオットは、独立した少数株主の影響力を希薄化させると批判。議決権行使で「トヨタグループ各社を少数株主に分類すべきでない」と主張した。
買収には創業家出身の豊田章男・トヨタ自会長も関与する。 個人で10億円を投じ、豊田織への出資比率を0.05%から0.56%に増やす。書簡に名を連ねた スローン氏は、トヨタ陣営と豊田会長が一部の少数株主を犠牲にして利益を得ることになると批判する。
これに対し、トヨタ自の山本氏はロイターとのインタビューで「全くの誤解だ」と反論した。投じた10億円は個人にとって「ものすごく大きな金額」であり、上場廃止後は回収できない可能性があると説明。豊田氏の長期的な視点に立った投資は、豊田織の非上場化が「トヨタグループの支えを得ながら自動車産業を成長させるための本当に大事な要になるとの思いが込められている」と主張した。
トヨタ不動産の近氏は「利益相反に非常に十分に配慮したプロセスを取っている」と説明した。また、「多様な考えを持った多くの投資家に受け入れられ、顧客、従業員、仕入先、取引先など、さまざまなステークホルダーからの支持がないと、事業をサステナブル(持続可能)に発展させていくことはできない」と話した。
豊田織はトヨタグループによるTOBが始まる前日の今月14日、TOBに向けたこれまでの手続きや詳細を公表した。価格の算定手法やプロセスの透明性に対する一部株主の不満を受け、トヨタグループは独立した第三者機関を1社増やしたほか、複数の算定手法で株式価値を算定。各算定機関から新たに株式価値算定書や公正意見書も取得した。
<株主価値か長期的視点か>
日本株に投資する機関投資家向けの独立調査会社コドリントン・ジャパンのスティーブン・コドリントン最高経営責任者(CEO)は「トヨタは長年、株主をあまり重視していないため、投資家をいら立たせる傾向があった」と指摘する。
これに対し、株主の要求に優先して対応することが必ずしも最善ではないとみる向きもある。日本企業の経営に詳しいカリフォルニア大学サンディエゴ校のウリケ・シェーデ教授は、四半期ごとの収益が長期的な投資よりも優先される米国流の「短期主義」によって日本の製造業の優位性が損なわれる恐れがあると指摘する。
トヨタグループのある幹部は「TOB価格に不満を持つ投資家の多くは短期的なリターンを求めている」と述べ、そのような考え方は日本企業が通常とる長期的視点とは相容れないとの見方を示した。
一方、エリオットの考えをよく知る関係者は「エリオットは企業価値に焦点を当ててこの取引に臨んでおり、それが他の投資家の共感を呼んでいる」と述べた。
1月15日に始まったTOBは2月12日まで続く。買付予定株数の下限は議決権比率で42.01%。近氏はTOB価格引き上げを発表した14日の説明会で、「一定の応募表明をいただいていることから、TOB成立の公算は十分にある」と語った。
しかし、足元の株価は引き上げ後のTOB価格を上回って推移している。エリオットらの対抗策次第でトヨタグループは買収資金の上積みや計画修正を迫られる可能性もある。エリオットは、豊田織が独立した事業体であり続けるほうが企業価値は高まるなどとし、株主に対してTOBに応募しないよう強く呼びかけている。
トヨタグループのある幹部は昨年末、エリオットが豊田織株の保有を増やしていくとは想定していなかったといい、「警戒感」が全くないといえばうそになると語った。
関係者2人によると、エリオットは1年以上前から豊田織の株式を保有してきた。昨年11月に3.3%を保有していることを初めて公表し、今では倍増している。20%以上に引き上げる可能性も示唆している。
(白木真紀、Daniel Leussink、David Dolan、Anton Bridge 取材協力:浦中美穂、山崎牧子、Sam Nussey グラフィックス作成:照井裕子 編集:久保信博)
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