- 2021/06/01 掲載
焦点:米長期金利、インフレ懸念でも低下の「謎」 背後に米国勢とFRB
[東京 1日 ロイター] - 米国でインフレ指標が上向く中、米国債金利の上昇基調が急速に衰える「謎」の現象が起きている。本来なら量的緩和縮小(テーパリング)観測などで上がるはずの米長期金利が低位で安定する背景には、株から債券へと資金をシフトさせる米富裕層や、大規模な国債買い入れにまい進する米連邦準備理事会(FRB)の姿が浮かび上がる。
<富裕層は株から債券へシフト>
米富裕層は2009年以降、株式市場で驚異的なもうけを得てきた。既に十分な利益を確保できたことで、「不安定化している株からいったん降りて、資金を期間5年以上の米国債に回し、様子をうかがっている」(国内投資家)との見方がある。株から米国債への米富裕層の資金シフトが、低金利環境に貢献しているという見立てだ。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの上席研究員、廉了氏は「暗号資産の暴落をみるにつけ、投資家のセンチメントがリスクオンでなくなったのは間違いない。投資家のマインドは債券に向いている」と指摘する。
富裕層ばかりではない。コロナ給付金等で家計の可処分所得が増える中、米貯蓄率は4月に27.6%まで上昇し、過去2番目の大幅増となった。
マーケット・ストラテジィ・インスティチュート代表の亀井幸一郎氏は「米家計の貯蓄が米金融機関を経由して米国債に流れ込んでいる」とみている。
米財務省によれば、米金融機関による米財務省証券の保有残高は20年末に1.34兆ドルと前年比で30%増となり、家計の余裕資金の運用先である米ミューチュアルファンドの保有残高は同3.81兆ドルと前年比で48%も増えている。
<圧倒的な存在感のFRB>
米国債の買い手として米民間投資家と双璧をなすのが、米景気の順調な回復下でも量的緩和を続けるFRBだ。
米公債残高に占めるFRBの米国債保有残高は、昨年3月上旬まで14%だったが、現在は23%の5.1兆ドル。全体の4分の1をFRBが抱え込んでいる計算となる。
ニューヨーク連銀は24日、FRBの継続的な国債買い入れにより、FRBのバランスシート(B/S)が22年末までに9兆ドルまで拡大すると予測。月額1200億ドルの債券買い入れを今年末まで継続し、22年末までに段階的に縮小させるとの前提で試算した。FRBのB/Sは現在約7.9兆ドルと過去最大を更新中だ。
FRBのクオールズ副議長は26日、テーパリングに向けた議論を始める用意があると表明したが、引き続き忍耐が必要になるとも強調した。今後株価が不安定化するリスクに鑑みれば、国債市場でFRBの存在感が低下するのは相当先になりそうだ。
<外資依存の赤字ファイナンスは過去の遺物>
米国は長年、財政と経常収支の双子の赤字を抱えつつ、基軸通貨ドルの特権を利用して、大量の外資を自国呼び寄せ、赤字をファイナンスしてきた。
しかし、2008年末に米国債残高の6割に迫る勢いだった外国人による米国債保有比率は、20年末には3割まで低下し、「外資依存の赤字ファイナンス」は過去の遺物となっている。
廉氏は「これだけ大量かつ急ピッチに米国債が発行されると、外国勢が積極的に売却しなくても、結果的に米国内での消化分が増えざるを得ない」と話す。
実際、外国勢の米国債保有残高は2015年末の6.1兆ドルから昨年末に7.1兆ドルまで緩やかに増えたが、この間、米国債の発行残高(累積赤字額)は13兆ドルから21兆ドルまで急増した。
外国勢のプレゼンスが弱まっても、5年物の米国債利回りは4月5日の0.988%から5月7日に0.716%まで低下、10年物は3月末の1.776%から同1.469%まで低下した。
<将来のインフレやドル安に備える動きも>
上昇すれば財政規律の緩みに危険信号を灯すはずの長期金利が低位に抑えられるなか、市場では将来のインフレやドル安リスクに備えた「自己防衛」の動きも出ている。
米長期金利の低位安定は、大規模な国債発行を続ける米政府にとっては好都合だが、うまい話にはリスクも伴う。
バイデン大統領は28日、6兆ドル超の歳出を盛り込んだ22会計年度の予算教書を議会に提出。歳出規模は31年までに8兆2000億ドルに拡大し、第2次世界大戦後で最大規模となる見通しだ。
ハーバード大学教授のローレンス・サマーズ元財務長官は最近のワシントン・ポストへの寄稿で、FRBが緩和的な金融政策を続ける中での財政拡張策は「われわれがこの30年で目にしなかったインフレ圧力を形成しかねない」と警告した。
サマーズ氏の警告を待たずとも、市場では米国のばらまき財政とインフレリスクに対する「自己防衛」とみられる動きが出ている。
例えば5カ月ぶりの1900ドル台まで上昇している金相場だ。これについて亀井氏は「世界の投資家が金を選好する根本的な理由は、米国の財政規律の低下と根強いドル安懸念にある」と指摘する。
(編集:山川薫、青山敦子)
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