• 2008/04/04 掲載

【連載】戦略フレームワークを理解する「ダイナミック競争戦略論」

立教大学経営学部教授 国際経営論 林倬史氏 + 林研究室

  • icon-mail
  • icon-print
  • icon-hatena
  • icon-line
  • icon-close-snsbtns
記事をお気に入りリストに登録することができます。
企業を取り巻く環境は、不確実性が高まり、参入障壁、移動障壁が低下している。従来の安定的、閉鎖的産業構造が根底から覆されようとしているのだ。こういった中、企業が取るべき戦略は、おのずとダイナミック競争戦略論へと転換される。では、ダイナミック競争戦略論とはどのようなものなのだろうか。
静態的戦略論から動態的戦略論へ

 1990年代、特に、1995年のWTOの発効以降の貿易促進と資本移動のボーダレス化、およびインターネット資本主義時代が本格化してきた1990年代後半以降、ビジネスプロセスが時間と空間を越えて大規模に展開され始めた。換言すれば、企業の国籍や大小問わず、「弾がいつどこから飛んでくるか判らない」競争環境が到来したことでもある。しかも留意する必要があるのは、従来の欧米日による技術開発力の3極構造が崩壊し、フィンランドやイスラエルはもちろん韓国、台湾、シンガポール、そしていまや中国やインド、その他諸国を含む多様な諸国への技術開発力のグローバルな分散化が進展してきた点である。こうして、市場や競争のボーダレス化は、従来の安定的・閉鎖的産業構造の基盤を根底から揺すぶり始めた。

 こうした環境下で、企業が携帯電話や液晶テレビ、パソコンはもちろん自動車であっても、3、4年前と同じモデルを同じ市場に出し続けていたらどうなるだろうか。

 市場や競争環境がタービュラント(Turbulent)な性格を有するようになった以上、企業にとってもまたタービュラントな競争環境に適合的な戦略が不可決となってきた。市場環境がタービュラントであるということは、需要の不確実性がいっそう高まるということであり、そして競争環境が不安定であるということは、いつ競合企業や別の技術が現れるか分からなくなってきたということでもある。こうした状況下では、有効であると思われたポジショニングも一時的なものに過ぎず、また価値があり、稀少であると思われた経営資源もあっという間にすぐに入手可能となり、あまり価値がないものになってしまう。いずれにしても競争優位は一時的なものになってしまう。

 こうした環境下では、適切な戦略を欠くと、製品のライフサイクルは急速に短くなり、その結果、その製品を扱う事業部のライフサイクルも短くなり、そしてその事業部を抱える企業自体のライフサイクルも短くなってしまう。こうして、つぎつぎに未経験の競争環境があらわれてくる中で、競争戦略論もまた、このような競争環境に適合的な戦略としてダイナミック競争戦略論への転換を求められることになった。それでは、ダイナミック競争戦略論とはいったいどのようなものだろうか。

動態的競争戦略論

 従来の競争戦略論を理論的に踏まえたうえで、さらにダイナミズムを有する戦略論へと発展させるとすれば、基本的には以下の2つの方向性が指摘されよう。
まず第一は、M.ポーターの静態的なポジショニング戦略を、ダイナミックなポジショニング戦略に組み替えること。そして第二は、J.バーニーをはじめとするリソース・ベースト・ビュー(RBV)が指摘する組織能力(Organizational Capability)をダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic Organizational Capability)へと転換させること。以上の2点を再構成する必要がある。

こうした観点から、河合忠彦氏は、環境がいかに不確実であってもその背景には何らかの法則性があるはずだと考え、その法則を捉えて対処する「法則型ダイナミック戦略論」としてのダイナミック・ポジショニング論を提起している(河合忠彦、2004)。

図1は、BCG(ボストンコンサルティンググループ)マトリックスとBP(ビジネス・ポートフォリオ)マトリックスを組み込み、そこからもっとも適合的なポジショニングをダイナミックに行っていこうとする概念図である。

【バーニー】
図1 [ビジネス・ポートフォリオ+BCG]マトリックス


 BPマトリックスは[既存ビジネス・新規ビジネス]と[内部成長・外部成長]を2軸とする4つのビジネス・ポートフォリオからなり、そしてBCGマトリックスは、[市場の成長性の高低]と[マーケットシェアの大小]の2つを軸とする「負け犬」「問題児」「花形」「金のなる木」の4つの事業から構成される。ダイナミックな環境ではポートフォリオの組み替えにはスピードが不可欠なため内部成長に加えて、戦略的提携やM&Aなどの外部成長方式も組み込まれている。これによって、M.ポーターの戦略論に見られる固定的な位置取りに対し、ある位置から別の位置へと変化させていく動的な位置取り、すなわちDP(ダイナミック・ポジショニング)がより具体的戦略となりうる。

 実際に、こうしたポジショニングをダイナミックに行い、競争優位をダイナミックに創出していくためには、自社内外の経営資源をダイナミックに活用しうる能力が必要となる。

 図2に示されているように、スピードが要求される競争環境下では、自社の経営資源にこだわらずに、内外の経営資源を巧みにベスト・ミックスさせながら新規製品・新規ビジネスを立ち上げていく組織能力が不可欠となる。

【バーニー】
図2 オープン・イノベーション型システム


 たとえば、ネットワーク機器最大手のアメリカのシスコシステムズ社は、高成長が期待される新規ビジネス分野で有望と思われるベンチャービジネスを次々にA&D戦略(Acquisition & Development=買収・開発戦略)によって獲得して同分野に進出してきた。さらに、同社は研究・開発に特化し、それ以外の製品の設計から部品調達、組み立て、配送の業務はEMS(電子機器の受託製造メーカー)にアウトソースし、営業についてもその多くを富士通、IBMなどに委託している。これによって同社は、ダイナミックな競争優位性を構築してきた。

 次に、このような“Dynamic organizational capability”を、現代のイノベーション・スタイルと、自社の「組織ルーティン・プロセス・価値基準」、および自社内外の経営資源との組み合わせを考慮して図式化してみよう。図3は、C.クリステンセンのアイデアを参考に、これらの要素を組み込んだ概念図である。横軸は、イノベーションが漸次的(incremental)なものか、あるいは逆に革新的(radical)なものか、そして自社内経営資源による事業化の可能性の程度を表している。他方、縦軸は、既存の組織プロセスと既存組織への依存の程度を表している。

【バーニー】
図3 組織とイノベーションとの適合度概念図


 そうすると、それぞれ組織的に適合的な4つのセルが組み込まれる。そこでは、たとえば、イノベーションがラディカルなものになるほど既存の組織と自社内経営資源との適合性が薄くなる分だけ、自社外資源と再構成することによって自社外に切り出したほうが、競争環境に適合的な戦略を展開しうることを示している。いずれにせよ、イノベーションの内容と、担当事業組織特有の文化・価値基準・ルーティン・プロセスとの適合関係を考慮した複数のベストな組織的組み合わせを再設計することが必要となる。換言すれば、一企業内にそれぞれ価値基準・プロセス・ルーティンを異にする多様な事業体が有機的に関連しあいながら活動する組織連合体が、競争環境の変化によりダイナミックに適合しうることになる。

ダイナミック競争戦略論は、まだまだ発展途上の理論であり、世界的規模で急速に変化する市場と競争環境の変化に対応するためには更なる再考の余地を残している。

C.Christensen&M.Overdorf, Meeting Challenge of Disruptive Change, HBR, Mar.-Apr.2000, DHB,Aug-Sep,2000.
Dosi,G, Nelson,R.R. and Winter,S.,ed.(2000), The Nature and Dynamics of Organizational Capabilities, Oxford University Press, London.
H.Chesborogh(2003), Open Innovation , Harvard Business School Press, Boston, 大前 恵一朗訳『オープン・イノベーション』2004年
河合忠彦(2004)、『ダイナミック戦略論』有斐閣
林 倬史(2007)、「デジタル資本主義時代の競争優位」『ユビキタス時代の産業と企業』(井 上照幸・林 倬史・渡邊明編著、2007年)

関連タグ

関連コンテンツ

あなたの投稿

    PR

    PR

    PR

処理に失敗しました

人気のタグ

投稿したコメントを
削除しますか?

あなたの投稿コメント編集

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

通報

このコメントについて、
問題の詳細をお知らせください。

ビジネス+ITルール違反についてはこちらをご覧ください。

通報

報告が完了しました

コメントを投稿することにより自身の基本情報
本メディアサイトに公開されます

必要な会員情報が不足しています。

必要な会員情報をすべてご登録いただくまでは、以下のサービスがご利用いただけません。

  • 記事閲覧数の制限なし

  • [お気に入り]ボタンでの記事取り置き

  • タグフォロー

  • おすすめコンテンツの表示

詳細情報を入力して
会員限定機能を使いこなしましょう!

詳細はこちら 詳細情報の入力へ進む
報告が完了しました

」さんのブロックを解除しますか?

ブロックを解除するとお互いにフォローすることができるようになります。

ブロック

さんはあなたをフォローしたりあなたのコメントにいいねできなくなります。また、さんからの通知は表示されなくなります。

さんをブロックしますか?

ブロック

ブロックが完了しました

ブロック解除

ブロック解除が完了しました

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

ユーザーをフォローすることにより自身の基本情報
お相手に公開されます