- 2026/10/12 07:00 掲載
ヒューマノイドで日本は勝てるのか? ベインが示す「全方位競争」ではない勝ち筋とは(3/3)
SIerの役割はどう変わるか? 「現場設計力」が問われる時代
フィジカルAIの普及が進むなかで、これまでITシステムの導入・構築を担ってきたSIer(システムインテグレーター)の立場はどう変わるのか。まずたしかなことは、フィジカルAI導入という新しいビジネス機会が急拡大するという点だ。製造・物流・インフラなどの現場へのAI・ロボット導入支援の需要は、今後2~3年で大きく伸びると西脇氏は見ている。
「フィジカルAI導入というのは、SIerも非常に積極的に発信をされていますし、実際ビジネスとしてもここ2~3年ですごく増えると見ています。新しいビジネスが大きく広がることは、SIerにとっては大きな追い風になると思います」(西脇氏)
ただし、その中で求められるスキルセットは大きく変化する。これまでのITシステム導入では、コーディング(プログラム作成)や技術実装の比重が高かった。しかし、AIの発展によって純粋なコーディングの負荷は下がっていく。代わりに重要になるのが、どうやってフィジカルAIを現場に設計し、導入していくかという「現場設計力」だ。
「以前よりもコーディングの負荷は下がっていきます。そうすると、どうやってその設計をしていくかの知見がより重要になる。フィジカルAIの実装においては、ホワイトカラーの領域よりもさらに、現場が分かっていないと難しい部分が出てきます」(西脇氏)
ここで問われるのが、OT(オペレーション・テクノロジー、製造・現場系の技術)の知見だ。製造ラインの仕組みや現場の動きを熟知していなければ、最適なフィジカルAI導入設計はできない。SIerが自社でOTの知見を獲得するのか、あるいは知見を持つプレーヤーとパートナーシップを組んでいくか─どちらの道を選ぶにしても、従来の「ITシステムを作る」だけの立場では通用しなくなる。
業界をさらに細分化すると、自動車などの組立製造と食品製造とでは、最適なフィジカルAI導入のあり方はまったく異なる。SIerとして強みを発揮できる分野を明確にし、そこに集中投資していくことが重要となる。
フィジカルAIの技術スタック(積み重なった技術の層)を俯瞰(ふかん)すると、NVIDIA(半導体大手)などが担う物理レイヤー(GPU・CPUなど演算処理)から、制御レイヤー、計画・動作レイヤー、指示実行レイヤー、そして最上層のコーディネーション(複数のロボットや人間との連携調整)レイヤーまで、大きく5段階に分かれる。
下位のレイヤーは資金力が勝負を決めるため、日本企業が個別に勝ちにいくのは難しい。一方、最上層のコーディネーション・オーケストレーション(指揮・調整)の領域は、現場力や業界特化の知見が重要になる。日本企業の現場力や業界知見を生かせる領域として、ここが1つの勝ち筋になり得ると西脇氏は見ている。
「より現場に近い知見が必要になる部分や、業界特化・環境特化の部分で重要になってくるのが、このコーディネーション・オーケストレーションの部分です。先ほど申し上げた現場力、現場の知見をうまくAIに学習させながら動かしていく点で、強い現場を有する日本企業の存在感が出せる分野と思っています」(西脇氏)
2030年を見据えた経営者の問い、「誰と」「どこで」勝つか決める必要
2030年、あと4~5年後の世界で、フィジカルAIをめぐる競争はどこまで進んでいるのか。経営者が今、本当に考えるべき問いは何か。グローバルの先進企業が今まさに取り組んでいるのは、「コントロールポイント」の争奪だという。コントロールポイントとは、エコシステム全体の中で最も価値が集中し、利益が生まれる要所だ。
バリュープール(業界全体の利益の総量)の形が変わっていく中で、伸びているところを押さえに行く。そのために、どこに自社が入っている必要があるかを逆算して考える──そういった議論を、先を見据えた企業は5~10年スパンで行っている。
「5年先、10年先の世界観を見定めて、当然シナリオどおりにならないこともありますが、そこに向けた布石を打つような考え方をされていますね。コントロールポイントをどう押さえるかに、グローバルの先進企業はすごく知恵を使われています」(西脇氏)
日本企業が置かれている状況には、固有の難しさもある。既存の工場や現場がすでに稼働している「ブラウンフィールド」(既存環境への導入)での実装は、新工場をゼロから建設する「グリーンフィールド」(新規環境への導入)に比べて難度が格段に高い。
新工場であればフィジカルAI前提で設計できるが、日本の現場の多くは、すでに動いているオペレーションを変革していく必要がある。現場スタッフの意識改革も含め、このハードルをいかに乗り越えるかが、日本固有の課題だ。
ソブリン性(国産・自国主導)については、安全保障に関わる領域での一定の必要性は認めつつも、是々非々の判断が求められると西脇氏は述べる。技術の複雑性、情報の機密性、コスト合理性を総合的に判断しながら、国内・海外のプレーヤーを適切に組み合わせていく姿勢が現実的だという。
フィジカルAIは、一夜にして産業構造を塗り替えるものではない。しかし、その変化は着実に、静かに進行している。製造・物流の現場から始まり、サービス業・インフラへと広がり、10年後には介護・建設など、人間の最も身近な領域にまで浸透していく。
日本企業にとって今は、「完成体競争」に巻き込まれるのではなく、自社がエコシステムのどこで不可欠な存在になれるかを見定め、早く動くべき局面だ。アクチュエーターなどのメカ技術、現場ノウハウ、安全設計──日本が積み上げてきた強みを「どこに集中させるか」の答えを、早急に出す必要がある。
「全方位で戦うのは、投資対効果の観点ではあまり賢くない。フィジカルAIを使う側としてはより自社の競争力が発揮できる領域での活用に集中する。作る側は自社の技術がバリュープールの中でしっかりと地位を確立できるところに注力すべきです。実装する側としては実装力の観点で自分たちが知見を発揮できるところに注力していくことが重要です」(西脇氏)
「誰と組むか」「どこで戦うか」「何を捨てるか」──この3つの問いへの答えを今持てるかどうかが、フィジカルAI時代における日本企業の競争力の基盤になる。技術の夢に乗るのではなく、現実の勝ち筋を冷静に見極める。その姿勢こそが、変化の荒波を生き抜く羅針盤となるはずだ。
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