• 2025/07/17 掲載

焦点:身構えるマツダの街、関税交渉に従業員から「不安と憤り」

ロイター

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Tamiyuki Kihara Tom Bateman

[広島市 17日 ロイター] - 「550万人の仲間」とトヨタ自動車の豊田章男会長がたびたび口にするように、自動車産業は国内就業者数の1割弱を占める。しかし、20日投開票の参議院選挙は米国との関税交渉が主要な争点に浮上せず、この基幹産業に携わる有権者は先が見えないままでいる。

対米輸出比率が特に高いマツダが本社を構える広島県では、すでに景況感に悪化の兆しもみられる。同社の従業員やサプライヤー関係者は自力で危機を乗り切ろうと覚悟を決める一方、不安や憤りの思いを口にした。

<「諦めの段階」>

「政府にはまったく何も期待していない」。参院選が近づく7月上旬、広島市が本社の自動車部品メーカー、南条装備工業の山口雄司社長は先行きの見えない日米の関税交渉についてこう話した。

同社は創業110年を数える老舗だ。もともと人力車の「幌」作りから出発し、1930年代に東洋工業(現マツダ)の三輪トラックのサドルや泥除けを手がけるようになった。いまはドアトリム(内装パネル)が主力製品で、従業員は1000人弱、年間売上高約230億円の9割以上をマツダ向けが占める。

マツダが追加関税の影響をどこまで受けるかは自社の経営に大きく関わるため、山口社長は交渉の行方を注視してきた。

しかし、石破茂政権が交渉の本丸と位置付けた25%の自動車関税がどう決着するのかは見通せず、トランプ米大統領は日本に対して強気なメッセージを発信し続けている。

「交渉担当の閣僚が単に訪米を重ねるのではなく、欧州などと連携すればもっと有利に協議を進められたのではないか」。山口社長は一連の交渉過程をこう振り返る。「憤りを通り越して、もう諦めの段階に来ている」と、本社の執務室で語った。

<マツダがくしゃみをすれば>

日本自動車工業会の統計によると、日本車メーカー12社の国内生産台数は年間823万台(2024年)。そのうち137万台を米国へ輸出した。25%の追加関税がこのまま続けば、北九州や北関東、東北など自動車産業が集積する地方の経済も大きな打撃を受ける恐れがある。

マツダは25年3月期の米国販売が約42万台と全体の3割を占めた。うち5割は日本から、3割はメキシコから輸出し、関税の影響が相対的に大きい。帝国データバンクによると、本社がある広島県内には約2000社のサプライヤーが集積する。マツダとの取引額は年間1兆2000億円に上り、仮に生産台数が1割減となれば、単純計算では1200億円が剥落することになる。地元では「マツダがくしゃみをすれば、みんなが風邪をひく」とも言われる。

帝国データバンク広島支店情報部長の土川英樹氏は「サプライチェーンは一度壊れると再建が難しい。自動車は国の基幹産業だ。国や行政がしっかりサポートする仕組みが不可欠だ」と話す。

<マツダ従業員の本音>

マツダ本社に近いJR山陽本線の向洋駅前に店を構えるバー「佐々木酒店」の店主、佐々木耕司さん(54)は、街の異変をすでに感じている。4年前に父親の跡を継いだ佐々木さんは、4月ごろから明らかにマツダの従業員の来店頻度が減っていると話す。常連客から「あまり来られなくてごめんね。残業ができなくて飲み代が(なくて)」と言われることもあるという。

7月上旬の夕方、1人で飲みに来た清水敏幸さん(45)は、関税交渉のニュースを見ると「自分の生活にどういう影響があるのか心配になる」と語った。清水さんはマツダの間接部門で働く入社27年のベテラン。本社では残業時間の短縮や出張の抑制が求められている。関税率や課税期間などが見通せない現状に、「(追加関税は)何もメリットがない。世の中をかき回しているだけのような気がする。米国の人たちも同じように困っていると思う」とため息をついた。

広島商工会議所が実施した6月の景気調査によると、景況感を示すDIは5月から7.7%低下し、マイナス6.8だった。特に自動車関連の落ち込みが顕著で、5月は前年同月比マイナス25.0へ、6月は同マイナス55.6へ悪化した。関税前の駆け込み需要が一巡したこともあり、マツダの米国販売は5月が前年同月比18.6%減、6月が同6.5%減だった。

マツダの同僚2人と佐々木酒店を訪れた一木爽さん(32)は「新人教育とか経験とか、そのあたりがちょっと難しくなっている」と話した。これまでは教育のために後輩を同行させていた出張も、この数か月は1人で行くことが増えたという。

一木さんのほか、マツダやサプライヤーの関係者から多く聞かれたのは、政府間交渉の早期決着を求める声だ。「税率や期間をころころ変えるのではなく、早めに決めてくれればこちらの動き方がはっきりする。(交渉に)振り回されている印象がある」と一木さんは語った。

一方で、危機を乗り切る覚悟もある。入社5年目の花本愛莉さん(26)は、マツダ車の安全性が北米のユーザーに浸透している手応えを感じていると言う。「米国のディーラーで、積極的にお客さんにマツダの装備ってこんなふうに安全性能が高いんですよっていう宣伝活動を地道に続けている」とし、「もしかしたらそのブランド価値でこれからも生きていけるかもしれない」と希望を見出していた。

マツダ広報はロイターの取材に、経営基盤強化へ固定費1000億円を削減する目標に取り組んでいるとした上で、残業時間や出張人数も見直しの選択肢の1つと回答。「過剰でないか、価値を生み出すかの視点で適正なコスト意識を全社員が持ち行動する機会としている」とコメントした。また、部門横断の対応チームを?ち上げており、取引先や販売店、顧客を含めた利害関係者への「影響を最?限に抑えることを原則に対応している」とした。

<長期的なビジョン>

関係者の不安や憤りとは裏腹に、間もなく投開票日を迎える参院選の広島選挙区では、関税交渉は大きな争点にはなっていない。主な候補者は、物価高対策や消費税、ガソリン税の減税など「わかりやすい課題」への訴えに注力している。

自民党候補の選挙運動を担当する下岸征史氏は「有権者から日米交渉に関する不安の声は聞く」とする一方、「候補者の演説では物価高対策や賃上げなどを主に訴えている」と認める。

匿名を条件に取材に応じた自民所属の自治体議員は「うまくいっていない関税交渉を訴えても得票につながらない」と漏らす。

広島市内から車で1時間ほど、安芸高田市にある南条装備工業の八千代工場は、忙しく働く従業員で活気に満ちていた。曲線を描くドアトリムにミシンで縫い目を入れて装飾性を高める技術や、樹脂製の部品を表皮と一体成型する技術が強みだ。

山口社長は、米国の関税に特別な対策は取っていないと話す。コロナ禍で20年に売り上げが大きく減って赤字に転落したが、翌年には同水準の生産量ながら黒字に転換した経験があるためだ。緊急的にコスト削減を打ち出して社員を消極的にさせるより、恒常的に進めている合理化がいずれ追いついてくるとみている。

「常に長期的なビジョンを持たないといけない中で、この2025年に(投資を)やっておかなければ取り返しのつかないこともやはりある」と、山口社長は話す。そしてこう、前を向いた。「2030年にこういう風になりたいという姿を描いている。そこに向けて進むしかない」

(鬼原民幸、Tom Bateman、加藤一生 取材協力:白木真紀 編集:久保信博)

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