- 2025/10/10 掲載
インタビュー:経済安保時代、日本企業に海外M&Aの好機=英ブランズウィック 土屋氏
[東京 10日 ロイター] - 日本企業による海外企業のM&A(合併・買収)が加速している。英LSEGの集計によると、2025年1ー9月の買収金額は前年同期比2.2倍の約1017億ドルに達した。6月に日本製鉄が米鉄鋼大手USスチールを完全子会社化するなど、米国向けの投資が拡大する一方、トランプ米政権の経済安全保障政策がリスクとして影を落とす。
日本企業が成長を海外に求める上で、今後何に留意すべきか。英コンサルティング会社ブランズウィック・グループの土屋大輔パートナー(日本事業統括)に買収戦略の要諦について聞いた。
――日本製鉄によるUSスチール買収の教訓とは。
多様なステークホルダー(利害関係者)を考慮してM&Aを進める必要性が高まっており、本件はそれを示す象徴的な事例だ。株主や投資家だけでなく、政治家や労働組合、メディアといった様々なプレイヤーへの配慮がM&A成功の鍵を握る。日本企業は過去数十年にわたり海外で多大な貢献をしてきたが、「だから、黙っていても分かってもらえるだろう」という考えはもはや通用しない。丁寧に買収意図を説明し、賛同を得ていく姿勢が欠かせなくなっている。
(当社が過去に支援した)16年のソフトバンクグループによる半導体設計アーム・ホールディングスの買収は一つの参考になるだろう。ただでさえアームは「英国の宝」と言われた会社で、しかも当時は欧州連合(EU)からの離脱を決めた国民投票直後という政治的にセンシティブな時期でもあっただけに、「買収後もケンブリッジに本社を残し、従業員を増やす」というコミットメントを示した。
英国の国益にかなう「ウィンウィン」の話であることを、首相だけでなく、地元議員や政策当局者、メディアなど、あらゆる関係者に効果的に伝えた。現在はその時と比べても、相手国の国益を意識したストーリー構築が極めて重要になっている。
――各国で経済安保の機運が高まる中、日本企業の海外M&Aへの影響をどう見ているか。
日本企業にとって隠れたチャンスだと考えている。われわれが欧州のヘルスケア業界の関係者に実施した調査では、英国とスイス、ドイツに次いで日本企業からの投資が歓迎されている。中国や米国、インドを大きく上回る数字だ。経済安保だけでなく、地政学的なリスクが高まる中で、日本企業の安定性や透明性、信頼性が再評価されている。そもそも、マルチステークホルダー・エンゲージメントは、日本語に訳せば「三方良し」になる。これは、日本人が約300年間にわたって絶えず実践してきたことでもある。
――ブランズウィックの日本事業にとっても商機か。
日本企業からの相談は近年確実に増えている。海外M&Aにおいて、当社はあらゆるステークホルダーをリスト化し、情報発信の戦略立案から実行まで一貫して支援する。最近は「国際ルールメイキング」に関連する案件も急増している。グローバルに事業を展開する中で、単に当局の規制を受け入れるのではなく、ルールメーカー側に回りたいと考える企業が少なくない。
ただ、実現するためには、企業は黙っているのではなく、自らの主張を積極的に発信し、幅広く仲間を作っていくことが求められる。日本の経営者は物言う投資家ならぬ、「物言う企業」を目指すべきだろう。
(聞き手・小川悠介)
つちや・だいすけ 1997年東大法卒、外務省入省。在英日本大使館勤務などを経て、2012年にブランズウィック・グループのロンドン本社に入社。日本事業を統括する。
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