- 2021/06/03 掲載
焦点:TIPSはインフレヘッジになるか、物価上昇を過大に反映も
米国では、ブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)が示す数年後のインフレ率が2.4―2.6%に達したため、TIPSの需要が急増した。BEIは通常の国債利回りからTIPSの利回りを差し引いた数値で、債券市場が予想するインフレ率を反映している。
バンク・オブ・アメリカによると、5月19日までの1週間のTIPSへの流入額は20億ドルと、24週間ぶりの高水準となった。
英国とユーロ圏でも、BEIがそれぞれ2019年末と18年末以来の高水準に達した。
これはTIPSがインフレに警鐘を鳴らしているのかもしれないが、だれもがそれをうのみにしているわけではない。
モルガン・スタンレーの米金利ストラテジー責任者、ガニート・ディングラ氏は、現在の相場は景気回復への楽観の表れというより、ヒステリーに近いと言う。
米国の期間5年のBEIは最近、10年ぶりの高水準である2.76%前後を付けた後、現在は2.63%前後で推移している。ディングラ氏はこの点について、BEIは過去15―20年間にレンジ内で推移してきたとし、260ベーシスポイント(bp)前後になるとインフレのリスクプレミアムとしてピークを打っていたと指摘。「従って、260―265bpを上回る動きはヒステリー・ゾーンに入ってきた兆候だ」と述べた。
コロナ禍での景気刺激策が一因となり、各国でインフレ率が上昇している。米国の4月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比4.2%上昇し、08年9月以来で最大の伸びとなった。英国の4月のインフレ率は1.5%と、3月の2倍になり、ユーロ圏の5月のインフレ率は欧州中央銀行(ECB)の物価目標である2%弱を上回った。
しかし各国中央銀行は、物価の急上昇は一過性の要因によるものだとして、冷静な姿勢を保っている。
オックスフォード・エコノミクスのアナリスト、ジョン・カナバン氏は、TIPSは供給が少ないことで利回りが圧縮されている一方、通常の国債利回りは景気拡大とインフレ状況に反応して上昇し、両者の差であるBEIが過大になっていると説明する。
カナバン氏によると、米国の国債発行残高に占めるTIPSの割合は7.3%と、11年9月以来で最低となっている。
ただ、インフレは一過性であるという中銀の説明に納得していない投資家も多い。
アムンディの運用担当者コジモ・マラチューロ氏は「経済のグローバル化は既にピークに達している。つまり生産コストがもう、それほど低くはなっていかないため、インフレ率に影響するだろう」と言う。
資産運用会社キャンドリアムの債券運用共同責任者、シルバン・ドゥ・バス氏も「景気が回復しているという全体像は否定のしようがない」と述べた。
<英国の特殊事情>
英国ではTIPSを巡る需給のゆがみが特に顕著だ。年金基金の構造的な需要により、期間10年のTIPSの利回りはマイナス2.7%と、ドイツのマイナス1.5%を大幅に下回る水準まで下落してきた。
英国のTIPSが小売物価指数(RPI)にリンクしている影響もある。RPIの上昇率は通常、イングランド銀行(英中央銀行)が物価目標の基準とするCPIを1%ポイント程度上回る。英国は2030年にRPIを見直してCPIに近づける計画で、アナリストによると、この結果、TIPSの利回りは自動的に最大50bpも修正される可能性がある。これが英国のTIPSへの警戒につながっていると指摘する声もある。
ユーロ圏では期間10年のBEIが今年40bp上昇して1.4%となったが、実際のインフレ率は今後数年間、ECB目標の2%弱付近で持続的に推移することはないと考えられている。
<満期保有>
インフレ率の予想は難しいことで知られ、中銀でさえしばしば間違える。従ってTIPSがインフレ率をある程度過大評価するのは無理もないとアムンディのマラチューロ氏は言う。
とはいえ、期間の長いTIPSは過去何年間も、物価の軌道をほぼ反映してきた。PIMCOの運用担当者ロレンツォ・パガーニ氏は、TIPSは「優れたインフレヘッジ」だと考えている。金や不動産と違い、明確にその目的で設計されたものだからだ。
一方、モルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメントの運用担当者ジム・キャロン氏は、TIPSは「インフレヘッジにほかならない」としながらも、それは満期まで保有した場合に限られると言う。
キャロン氏自身は、TIPSを満期保有するのではなく限定的に狙って保有しており、インフレヘッジ手段としては「10年物米国債をアンダーウェートにするか、高利回りの恩恵を受ける景気循環型の資産を購入」する方が好みだ。
(Dhara Ranasinghe記者 Abhinav Ramnarayan記者)
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