- 2022/02/12 掲載
アングル:物価連動債、インフレで人気急上昇 専門人材獲得競争も
世界全体で4兆4000億ドル規模の物価連動債は、新型コロナウイルスのパンデミックを経てサプライチェーン(供給網)が混乱し、政府支出が膨張する中で起きたインフレを背景に、一躍市場の花形に躍り出た。BNPパリバでソブリン/国際機関/政府機関(SSA)債資本市場責任者を務めるベン・ドゥ・フォルトン氏は「物価連動債にはとてつもない需要があり、グリーンボンド(環境債)と同じように熱気を帯びている」と話す。
米財務省が初めてインフレ連動国債(TIPS)を発行したのは1997年で、当時の物価上昇率は2%強。ところが足元の米物価上昇率は7%に達し、欧州も似たような伸びとなっている。
物価の変動にリターンが左右される投資商品自体は数世紀前からさまざまな形で取引されていたが、現在のような物価連動債を初めて発行したのは1980年代の英国だ。その後オーストラリア、カナダ、メキシコ、米国や幾つかの新興国が追随した。
つまり物価連動債は決して目新しい商品ではない。とはいえ、ロンドンやニューヨークにいる債券トレーダーのほとんどが働き始めたのは、先進国で最後に物価高騰が起きた1970年代よりもずっと後になる。恐らく彼らが初めて売買を経験したのは、物価上昇率の記録的な低さが続いた時代だろう。
そしてこれまで物価連動債を扱ってきたトレーダーにしても、この市場の主役が年金基金や保険会社という長期保有を目的とする投資家だった関係で、日常的にまとまった量を取引していた公算は乏しい。
こうした状況下で、フランスが1月に売り出した30億ユーロ(34億3000万ドル)の物価連動債は応募額が235億ユーロを超え、約200の投資家が購入に動いた。フランス国債庁のルソー長官によると、これは過去の物価連動債の平均の2倍だという。
先週イタリアが販売した物価連動債の応募倍率は約4倍。フランスは、物価連動型のグリーンボンド発行も検討している。
<潮目の変化>
JPモルガン(ロンドン)の金利取引グローバル責任者チャールズ・ブリストー氏は、こうした変化について、物価変動が大きくなったために2008年以降で初めて金利動向が注目されるようになり、取引量が本格的に増えたとの見方を示した。
物価連動債の市場規模は10年前の2兆4000億ドルから2倍近くに拡大。だが供給は細いままのところにインフレ懸念が加わったことで、取引はより荒っぽくなると見込まれる。
債券電子取引プラットフォームのトレードウェブのデータによると、ユーロ圏の期間5年以下の物価連動国債は、1月に1日当たり平均売買高が前年同月比で90%も増加した。また米証券業金融市場協会(SIFMA)がまとめた昨年のTIPSの1日当たり平均売買高は220億ドルに迫り、過去最高だった。
シティバンクの金利担当マネジングディレクター、スー・リュー氏は「この仕事をしてからおよそ12年間、ずっと物価にかなり弱気な姿勢だったが、今初めて世界的な物価情勢について相当強気な予想が可能になった」と述べ、毎日の取引はこれまでよりはるかに振れが大きくなり、活況を呈していると付け加えた。
米国債全体の発行残高に占めるTIPSの比率は8%に達するかどうかで、フランスとイタリアで物価連動債の比率は約10%、英国でもなお24%にとどまる。
しかし潮目の変化を物語るように、物価連動型の上場投資商品(ETP)に昨年流入した資金は過去最高の470億ドル超で、15─20年の総流入額に匹敵する、と米資産運用大手ブラックロックは説明している。
<求められる専門知識>
コンサルティング会社バリ・アナリティクスの試算に基づくと、世界中で上位15の銀行トレーディング部門が物価連動型商品で稼いだ収入は23億ドルと、過去10年で最も多く、19年の2倍以上だった。
増収をけん引したのはインフレスワップ取引かもしれない。トレーダーの話では、ヘッジファンドが物価の方向性や1つのデータを予想したポジションを構築している半面、保険会社や年金基金はスワップ取引を利用してインフレが運用資産に及ぼす影響をヘッジする動きを強めている。
トレードウェブで米機関投資家の金利取引責任者を務めるコーム・マータフ氏は、同社が昨年プラットフォームに加えたインフレスワップについて、ヘッジファンドの需要が増大したのがはっきり確認されたと口にした。
物価連動債取引の活発化で、一部の金融機関は担当部門の強化を迫られている。あるトレーダーは、自身が勤務するロンドン拠点の銀行が中堅行から「積極的」に採用を続けていると明かす。
ビジネス向けソーシャルネットワーキングサービス(SNS)のリンクトインを見ると、複数のヘッジファンドと銀行がインフレの専門家を思いきって増員している様子がうかがえる。ある調査では、少なくとも5人の物価連動債トレーダーが昨年、条件の良い先に転職したことが分かった。
ノーザン・トラストのチーフエコノミスト、カール・タンネンバウム氏は、主要中銀がこの30年前後で初めてインフレ抑制に乗り出そうとしているのに伴って、投資業界では正しい専門知識を持つ人材が不可欠になっていると指摘。「仕事人生のほとんどの期間を長期債利回りが低下する時代が占めてきた」ところに、「それほど極端でないとしても逆転が始まりそうになったら、どう対応したら良いだろうか」と問い掛けた。
(Dhara Ranasinghe記者、Saikat Chatterjee記者、Davide Barbuscia記者)
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