• 2009/03/06 掲載

【連載】戦略フレームワークを理解する「ビジネス生態系戦略(Ecosystem Strategies)」(2/2)

立教大学経営学部教授 国際経営論 林倬史氏 + 林研究室

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ビジネス生態系の主なプレイヤー

 ビジネス生態系も生物学上の生態系と同じように、多種多様な企業によって構成されているが、その参加者は主に以下の4つの役割のいずれかに分類できる。

キーストーン
生態系におけるハブ機能を果たす。生態系全体の健全性を促進するよう努め、その結果として自社の持続的なパフォーマンスも高める。キーストーン企業は、生態系の参加者が利用できるプラットフォームやサービスを構築して、生態系内の企業間の協業を促進するところにある。また、生態系での価値創出を促す一方、そこで生まれた価値を他のメンバーと共有する。

ドミネーター(モノの独占者)
ドミネーターは垂直的あるいは水平的に生態系の大部分を統合してコントロールし、価値創出活動の大半を単独で行う。また、生態系内で生まれた価値の大半を自社のみで独占する。

ハブの領主(Landlords)(価値の独占者)
価値創出はネットワークの他のメンバーに依存しているにもかかわらず、価値の大半を自社のみで独占して価値を横奪する。

ニッチ・プレイヤー
個々には小規模な存在ではあるが、生態系の構成員数の割合からみると圧倒的に多い。それぞれが特殊な能力を持ち、ハブ企業に依存しながら生態系の他のメンバーと連携し価値創出を促す。キーストーンの提供するプラットフォームを利用しながら、絶えず自己革新を続け、生態系のイノベーション能力を維持する。

これら4種のプレイヤーの特質をまとめると、図表2のようになる。



※クリックで拡大
図表2 ビジネス生態系の4種のプレイヤー


ビジネス生態系の戦略

 以上、生態系における4つのプレイヤーを紹介したが、優れた企業は長期戦略としてはハブの領主はもちろん、ドミネーターをも回避し、キーストーンかニッチ・プレイヤーの戦略を選択するべきである。なぜなら、ハブの領主はもちろん、ドミネーターも全てのリソースや機能・利益を保有しようとすることから短期的には成功しているように見えることもあるが、持続的な成長は見込めないからである。それにはいくつか理由がある。

 まず、ドミネーターはリソースや機能を自社で保有し生態系をコントロールすることから、生態系内の多様性を減少させイノベーションの創出を妨げてしまう。また、生態系全体が閉鎖的になることから、変化の激しい予測困難な現代の事業環境に適応できない。さらに、価値を独占しようとするため、参加者達は不満を抱き他のハブ企業に移動するため生態系の存続自体が危うくなる。こうした事態を回避し、企業が持続的に成長するためには、キーストーンとニッチ・プレイヤーの関係のように、自身の能力を補完するように相互に影響し合い、イノベーションを創出することが求められる。



※クリックで拡大
図表3 ビジネスネットワークのイメージ図


 現代のように、不確実性が高く複雑な事業環境において、生態系におけるハブ企業は価値創出を促す柔軟性を備えた持続的な成長基盤を築き、他のメンバーを管理活用していくことが持続的競争優位を確保する鍵となる。一方、ニッチ・プレイヤーは、自身の特殊能力を更に進化・開発し、複数のハブ企業と取引を結ぶことが重要である。それは、単なる受注生産をする下請けとして終始せず、自己組織化の道を開くことにつながるからである。ビジネス生態系において、成功する企業は自社の役割と得意分野をよく理解し、生態系全体の健全性を高める努力ができる企業である。その努力の結果として、自社のパフォーマンスも向上し持続的な成長が実現する。

ビジネス生態系戦略の留意点

 ここで留意しなければならない点は、ビジネス生態系において自社が、キーストーン戦略をとるのか、ニッチ戦略をとるのか、それとも支配者の戦略を取るのかは、自社が置かれているビジネス生態系の特質に規定される点である。

 特に、日本企業の場合には、ビジネス生態系の基本的差異に注意を払う必要がある。M.イアンシティ & R.レヴィエンがビジネス生態系のキーストーン戦略として引き合いに出している事例をみると、マイクロソフト、ウォールマート、イーベイ、エンロン、TSMCにせよ、これらハブ企業がビジネス生態系のプラットフォームとして提供している中身もOS、情報共有ツール(Retail Link)等々の、オープンアーキテクチャー型のプラットフォームである。こうしたソフトウェア技術とモジュール型組み立てがベースの拡張系のオープン・アーキテクチャー型プラットフォームの場合には、ビジネス生態系にプラットフォームを共有財産として提供する企業はキーストーン戦略を取りうるし、自社独自の専門分野で差別化を図る企業はニッチ戦略が適合的となる。

 他方、ハードウェア技術と擦り合わせ技術がベースの固定的なクローズド・アーキテクチャー型のプラットフォームを提供する自動車メーカーや最終製品や基幹部品を垂直的に統合化している電機メーカーの場合は、どうだろうか。擦り合わせ型のクローズド・アーキテクチャーを基本とする自動車セット・メーカーの場合は、他社への情報流出を極度に警戒するために、いわゆる支配者戦略を取っているドミネーター型のプレイヤーに近い。こうした固定的なクローズド・アーキテクチャー型のプラットフォームをベースとするビジネス生態系の場合は、ニッチ・プレイヤーの登場数が限定的となるために、その分、ハブ企業のイノベーション能力に相当の負荷がかかることになる。したがって、経済環境の変化に対する適応能力はその分硬直的性格を帯びざるを得なくなる。

ビジネス生態系の戦略の意味

 2008年秋以降のグローバル恐慌下において、赤字額が数千億円以上の企業群は、内外を問わず、こうしたハブの領主的企業やドミネーター型企業ではないであろうか。それに対して、自らは基幹部品や機器の生産を担わずにアウトソーシングし、またゲーム・ソフトの開発を担っているニッチ・プレイヤーに対して参加しやすいプラットフォームを提供している任天堂はどうだろうか。



 あるいは、Apple社のiPhoneやGoogle社のT-Moble G1はどうだろうか。これら米系2社はそれぞれのプラットフォーム(iPhone OS、Android)をベースに、アプリケーション開発者向けにアプリケーション配信基盤として世界中にオープンなマーケット・プレイスを設けている。その結果、例えば、iPhone3Gの登場以降、6ヶ月で世界中から開発されたアプリケーション数が15,000本に達した。プラットフォームの優劣はアプリケーションの量と質に左右され、そしてアプリケーションの量と質は、ニッチ・プレイヤー(アプリケーション開発者)が参加しやすい環境設定によって左右される。こうした視点から見ると、PS3(ソニー)よりもWii(任天堂)、日本の携帯電話よりもiPhone(Apple社)やT-Mobile G1(Google社)のほうが、世界中のニッチ・プレイヤーに対してオープン・アーキテクチャー型のプラットフォームを提供している。



※クリックで拡大
図表4 次世代携帯電話とプラットフォーム 


 結論的には、環境の劇的変化にも耐えうる持続的競争優位性を有するためには、多様な創造的ニッチ・プレイヤーが次々に参加してくる魅力的プラットフォームを提供しうるキーストーン型企業としての戦略をとるか、あるいは独自の専門能力を有するニッチ・プレイヤー型企業としての戦略をとるかが問われることになる。その際、個別企業としての競争優位性は、どのようなビジネス生態系にポジショニングしているか、そしてそのビジネス生態系との関係性によっても大きく左右されることになる。

参考文献:
Marco Iansiti and Roy Levien(2004), The Keystone Advantage, Harvard Business School Press, Boston.杉本幸太郎訳『キーストーン戦略』翔泳社、2007年
Marco Iansiti and Roy Levien(2004), Strategy as Ecology, HBR, March,「キーストーン戦略:ビジネス生態系の掟」Diamond Harvard Business Review, May, 2004年
佐々木陽「iPhone VS. Adroid ソフトウェア開発の実際」『日経エレクトロニクス』2009年2月9日号
溝上幸伸『任天堂Wiiのすごい発想』ぱる出版、2008年

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