• 2025/05/23 掲載

インサイト:揺らぐ日本の自動車産業、競争環境の変化に関税追い打ち

ロイター

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Maki Shiraki Daniel Leussink

[高崎市(群馬県) 23日 ロイター] - 日米貿易摩擦が激化し、多くの自動車メーカーとサプライヤーが米国などへ工場を移した1980年代。群馬県高崎市の共和産業は日本に残る決断をした。精密切削加工を専門とする同社は、量産品から高付加価値の開発試作へと事業転換を図ったことが、今日の成長につながった。

それから約40年。「米国を再び偉大に」と叫ぶトランプ米大統領の政策で、共和産業は再び貿易戦争の渦中に巻き込まれている。電気自動車(EV)時代の到来でエンジン部品の将来は危うくなると早くから感じ取り、かねてから開発に取り組んできた医療機器向け部品を昨年ようやく米国へ輸出し始めた矢先だった。

日本の自動車や半導体が標的となった80年代とは違い、今回は各国を対象にあらゆる製品に幅広く関税の網がかかる。「どうしよう、これは大変なことになった」。3代目として家業を継いだ鈴木宏子社長は、トランプ大統領が次々繰り出す関税措置を前に頭が真っ白になった。

石破茂首相が「国難」と呼ぶ米国の関税政策は、共和産業のような地方経済を支える中小企業を直撃する。同社が拠点を構える北関東は自動車産業が集積しており、ロイターが取材したサプライヤーはいずれも先が見えない不安を口にした。そこから浮かび上がるのは、日本の基幹産業としての足元が揺らぐ自動車業界の姿だ。

80年代は日本の自動車産業が右肩上がりの成長途上にあったが、現在は米テスラや中国の比亜迪(BYD)など新興EVメーカーとの激しい競争にさらされている。中国での販売減少、ホンダと日産自動車の統合協議破談など業界の混迷が深まる中、関税が追い討ちをかけている。

日本政府は23日から赤沢亮正経済再生相をワシントンに派遣し、米側と3回目の閣僚交渉に臨む。これまでの事務レベルの協議を含め、日本が最も重視する自動車と同部品への関税撤廃については両国の溝が埋まっていない。

「自動車輸出は日本にとってあまりにも重要だ。25%の関税がそのまま維持されることはないだろう」と元米通商代表部(USTR)交渉官で、ユーラシアグループのデービッド・ボーリング氏はみる。一方、米英との間で決まった10%を下回ることもないだろうと予想する。

<相互関税で事業多角化にも打撃>

帝国データバンクによると、自動車メーカー10社のサプライチェーン(供給網)を構成する企業は約6万8000社。売上規模でみると、10億円未満の企業が全体の76.5%を占め、100億円未満まで広げると95.9%に上る。

年商20億円、従業員120人の共和産業はほぼ全ての国内自動車メーカーと取引があり、これまで微細な切削技術を駆使して日本車のエンジン技術を支える一翼を担ってきた。鈴木社長の祖父が1946年に商社として創業し、父親が54年に部品加工業へ進出。80年代に主力を量産部品から次世代車向け部品の開発試作に移し、レース車向け部品も手がけている。

開発試作は付加価値がより高く、2008年のリーマン・ショックで自動車メーカー各社が減産する中でも影響を受けにくかった。技術を生かして半導体製造装置や航空機・宇宙の分野にも進出するなど、鈴木社長の代に取引先を多様化した。

開発試作を手がける特性上、共和産業は自動車産業の変化に敏感だった。鈴木社長は2000年代初頭に本格的なEV時代の到来を嗅ぎ取り、エンジン用の部品製造はそのうち縮小すると考えた。「日本の自動車メーカーはエンジンだから特色を出せた。EVになったら、おそらく(メーカーの数が)減ると思った」と当時を振り返る。

自身が病にかかり、手術の際の執刀医からアドバイスを受け、医療機器分野へ進出することも決めた。まずは米国で成功して信頼性と知名度を高めた後、東南アジアや中東へ販路を拡大する算段だった。

ところが米国へ製品を出荷し始めた24年、トランプ氏が米大統領選で勝利。今年1月の就任以降、全世界を対象に自動車と同部品、鉄鋼・アルミには25%の分野別関税、各国に最低10%の相互関税をかけた。7月上旬以降、相互関税は国ごとに異なる税率が上乗せされ、日本の場合は最大24%まで引き上げられる可能性がある。

「円安なので価格的にはメリットがあるが、(医療機器にも)関税がかかれば米国で作ったほうが良いとなる」と鈴木社長は話す。「シンガポールや香港、タイ、中東。そういったところへの輸出にシフトするということも考えている」と語った。同社はすでに香港、シンガポールの医療代理店と話を進めている。

4月3日から始まった自動車関税で、トヨタ自動車は4─5月分だけで1800億円の営業減益要因になると試算した。ホンダと日産は25年度通年でそれぞれ6500億円、最大4500億円とみている。

共和産業は開発試作品を米国には輸出せず、国内で自動車メーカーに納めているため、5月3日に導入された自動車部品への関税による直接的な影響は受けない。しかし、自動車メーカーから「コストダウンの要請が来るのではないか」と鈴木社長は警戒する。

自動車メーカーの業績が悪化してレースへの参戦を見直せば、レース用部品にも影響が及びかねない。すでに課されているアルミや鉄鋼といった素形材は輸入に頼っており、間接的にエネルギーなどの価格高騰も懸念している。

「30%コスト削減するのに3年かかる。それをこれまでずっとやってきた。いきなり25%削減しろと言われてもできない」と鈴木社長は言う。「相当色々なことをしないと生き残れないと思う」。

<日本での生産縮小懸念>

トヨタ、日産、米フォード・モーターが4月に日系サプライヤーの北米法人へ送った書簡によれば、3社とも関税への対応で協力を求めた。

日産は、サプライチェーンを維持するため最長4週間は部品の関税コスト上昇分を一時的に分担するが、あとで支援分の返還を求める可能性があると伝えている。トヨタは、サプライヤーが直面している財政的な負担に理解を示し、対応策を特定して共有するよう求め、「誠意をもって」協力するとした。

日産はロイターの取材に対し、可能な場合は現地調達の検討を含めて関税の影響を緩和し、コストを抑制するためサプライヤーと協力していると回答。トヨタは「政府間議論の状況や他社、実需の動向を注視しながら、中長期的な視点に立って、必要なタイミングで、迅速かつ適切に対応する」、「仕入先、販売店、従業員の方々の雇用を守る」とした。フォードは、サプライヤーと協力して関税の影響を評価し、必要に応じて調達方法などを再構成する可能性があるとした。

SUBARU(スバル)発祥の地である群馬県太田市で車体骨格部品やサスペンションなどを手がける東亜工業の飯塚慎一社長は、追加関税のコストを消費者、販売店、自動車メーカー、サプライヤーの間で「ある程度は振り分けることになる気がしている」と予想している。

同社の主要取引先であるスバルの販売台数はトヨタの1割ほどだが、対米輸出比率はトヨタの約23%に対し、スバルは5割弱と高い。関税の影響額も「25億ドル程度(約3700億円)」(スバルの大崎篤社長)と相対的に大きい。

スバルのサプライヤーを多く顧客に持つ栃木県の地方銀行、足利銀行(宇都宮市)は自動車部品メーカー約200社と取引がある。同行の担当者は「関税によるコスト増加分は車両の販売価格に上乗せせざるを得ないのでは」とみており、「スバル車が売れなくなることがサプライヤーにとって脅威だ」と話す。

スバルの米国販売会社は今月19日、複数のモデルの値上げを発表した。「関税」には言及せず、「現在の市場環境」への対応とした。

自動車メーカーにとって関税回避策の1つは米国生産を強化することだが、国内生産の縮小を招く恐れがある。スバルの江森朋晃専務は14日の決算会見で「米国生産の拡張は当然考えている」と説明しつつ、「米国生産を増やしたいが、一方で今のサプライチェーンをどう維持していくか、日本でのものづくりも両立させなければならない」と胸中を明かした。

あるSUBARUのサプライヤーの幹部は「日本での生産減は困る」と語る。米国にも工場を持つ別のサプライヤーの関係者は、仮にスバルが米国生産を増やし、サプライヤーにも現地で部品の増産を求められても「人手はすぐ集まらないし、人件費も高騰している。現地の生産能力を増やそうにもすぐには増やせない」と話す。

<地方産業の空洞化も>

自動車関連産業の従事者は約550万人で、日本の就労人口の1割に当たる。製造の拠点は中部や九州、東北、中国などに集積し、地方経済を支えている。共和産業や東亜工業がある北関東もその1つだ。

日本企業のサプライチェーンは下請けにしわ寄せがいきやすい、と日銀の審議委員を務めた慶応義塾大学の白井さゆり教授は指摘する。関税の影響が長期化すれば「地方にある中小の自動車産業に打撃を与えて空洞化を加速させかねない」とも話しており、 物価上昇を上回る賃上げが定着し、長く続いたデフレからの脱却を実現しつつある日本経済にとって痛手だ。

共和産業の鈴木社長は、関税でコスト削減を迫られても人員・給与は削減せず、投資も中止しないと話す。同社は「技術者集団。人が主体」と強調する。

鈴木社長は10代の頃、在日米軍人向けラジオ放送FEN(現AFN)を夢中で聴いた。ロックが大好きで、エアロスミスが群馬県前橋市で開いた日本の初公演にも駆けつけた。米国の自由な文化にあこがれてコロラド州デンバーの大学へ進学し、卒業後はカリフォルニア州ロサンゼルスの会計事務所で働いた。

「トランプ大統領の関税政策は世界を変えるという意図があるのかもしれないが、世界経済へのインパクトからみると非常に難題だ」と鈴木社長は言う。「日米は長い歴史の友好関係がある。お互いのために解決策を考えてほしい」。

(白木真紀、Daniel Leussink 取材協力:Nora Eckert  編集:久保信博、David Dolan)

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