- 2021/12/13 掲載
焦点:FRBの歴史的「実験」、過熱からの軟着陸に高いハードル
10日に発表された11月消費者物価指数(CPI)は、前年同月比で39年ぶりの高い伸びを示した。物価上昇圧力が幅広い分野に広がる兆しが生じており、14、15日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で参加メンバーはインフレ率見通しを大幅に引き上げる可能性が高まった。
これは、政策シフトにつながるかもしれない。債券購入プログラムの終了を予定より早めるとともに、利上げの前倒しを示唆する可能性も広く予想されている。
FRBの尺度で見れば、失業率にも赤信号が点灯している。11月は4.2%。1940年代終盤以来、失業率がこの数字に達した、あるいは上回った期間は約20%に過ぎない。2010年代末ごろを含めた4つの期間だけであり、FRBはいずれの期間にも利上げを行っている。
FRBは昨年、高インフレの恐怖におびえた1980年代に比べて経済は根本的に変化したと結論付け、雇用の最大化と、さらに低い失業率を目指す戦略を打ち出した。この判断が今、現実世界の中で試されようとしている。
コロンビア大経済学教授のグレン・ハバード氏は「FRBは後手に回っている。私はしばらく前からそう考えていた」と言う。ハバード氏は、ジョージ・W・ブッシュ元大統領の下で経済諮問委員会(CEA)委員長を務めた。
FRBの新たなアプローチは、労働参加率など一連の労働市場指標をコロナ禍前の水準に戻すことを期待するものだ。しかし、ハバード氏は人口動態の変化により、金融政策への反応が鈍ったことなどの構造的変化を相殺するのがFRBの狙いだとすれば「(そのために)景気を過熱させるのは危ない賭けだ」と指摘した。
FRB幹部らは今も、インフレがおおむね自律的に収まることを期待している。ただ、来年の利上げ開始時期を前倒しし、利上げペースを加速することができるよう準備は行っている。
一方、パウエルFRB議長ら幹部は、高インフレにより生活水準がむしばまれた1980年代に現在を重ねる論調に反論している。だが、最近の物価上昇は、当時と似た政治的ジレンマを生じさせた。
表面的には、賃金は上昇している。雇用主はコロナ禍で削減した人員の穴埋めに苦労する一方、失業者は健康その他の理由で労働市場への復帰に消極的で、職に就いている人々は、より給与が高い仕事に転職しやすいからだ。
ところが、インフレ率で調整したデータによると、賃金は過去11カ月間のうち9カ月は低下していることが分かる。「実質賃金」はコロナ禍前の基調からほとんど変化していないのだ。
この状況は、ホワイトハウスを直撃した。物価上昇を一因としてバイデン大統領の支持率は低下し、民主党は来年の連邦議会中間選挙で苦戦しそうな事態に直面している。
バイデン氏は10日の声明で、この問題を前面に押し出し、ガソリンと自動車の主要価格は既に低下し始めていると指摘。政権が実行もしくは提案した措置により、インフレは和らぐだろうと訴えた。
<軟着陸の例少なく>
11月の高いCPIは市場の予想通りとはいえ、14、15日のFOMCで「資産購入のテーパリング(縮小)が速まることは確実になった」とハイ・フリークエンシー・エコノミクスの主席米エコノミスト、ルビーラ・ファルーキ氏は言う。「さらに重要なのは、パウエル議長による今後の金融引き締めに関するメッセージだ」──と。
パウエル氏のメッセージの最重要部分は、今回が過去とは違う理由をどう説明するかだろう。
新型コロナのパンデミックは、1つの根拠になる。米経済に与えたショックのスピードと規模は過去に例がない。経済再開の速さも世界金融危機時とは比べものにならず、独自の問題を引き起こしている。
インフレがその1つだ。世界のサプライチェーンがひっ迫し、未曽有の米消費需要に追い付いていない。その需要増もまた、大量の失業者が出る一方で、政府の大規模景気支援策によって個人所得が増えるという、史上類を見ない特殊な状況による現象だ。
もっとも、FRBの対応も過去に類を見ない。11月の失業率は、FRB幹部らが長期的に持続可能と考える4%に近づき、FRB幹部らが実質的な下限と見なす3.5%にじりじりと接近している。
FOMCが四半期ごとに経済見通しを公表し始めた2012年以来、年末に失業率予想の中央値が3.5%を下回ったのは1回だけで、3.45%だった。
1948年1月以来の887カ月間で、3.5%を下回ったのは41カ月だけで、1950年代初めと60年代末の雇用ブームが最後だ。
FRBは今回、過去に実現しなかった理想的なシナリオに賭けている。つまり、インフレ率が望ましくない高水準から下がり、労働市場は回復を続けるという「ソフトランディング(軟着陸)」だ。
だが、過去に失業率がここまで下がった時期を見ると、そうしたハッピーエンドを迎えた例はほとんどない。
(Howard Schneider記者)
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