• 2006/04/14 掲載

企業価値を向上させるM&A戦略

異文化時代の戦略的アライアンス

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日本のM&Aマーケットにおける2004年の象徴的なトピックは、ソフトバンクによる福岡ダイエーホークス、日本テレコムの買収、リップルウッドが経営する新生銀行(元日本長期信用銀行)の東京証券取引所への株式再上場、ダイムラークライスラーの三菱自動車への財務支援の打ち切りなどで、日本を舞台にした外資によるM&Aが新聞の紙面を飾った。日本企業同士の大型M&Aも活発で、UFJホールディングズをめぐる三菱東京フィナンシャル・グループと三井住友フィナンシャル・グループの統合交渉(バトル)は、アテネ・オリンピックなみのホットな話題を提供した。

買収防衛から
戦略的アライアンスの時代へ



  立教大学大学院ビジネスデザイン研究科
ファイナンス・コーポレートファイナンス担当教授
前田文彬
Maeda Fumiaki

フランス HEC(Hautes Etudes Commerciales)経営大学院修士(MBA)。
前三菱経済研究所研究部長
主要著書 『金融工学の救世主』(日本評論社、2000)
『MBAのコーポレート・ファイナンス』(中央経済社、2003)
『量子ファイナンス工学入門』(日科技連出版社、2005)
など著書・論文多数。


 日本企業による海外企業のM&Aに目を転じれば、ソニーの米国映画会社MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)の買収、トヨタの中国広東省での乗用車合弁会社設立(広州汽車と折半出資)、ソフトバンクのケーブル・アンド・ワイヤレス(C&M)の日本法人買収など、これも枚挙にいとまがない。こうしたM&A(ここでM&Aは経営権の移転にかかわらず、JVも含めた広義のM&Aを意味する)取引の急増は、外資による日本企業の買収が野放しになるのではないか、という懸念を高めることになった。日本のクロスボーダーM&A取引に関する法的あるいは会計的なインフラ整備が欧米諸国に比べて遅れていることもあって、「外資による敵対的買収を制限すべし」という世論が高まり、買収防衛をテーマにした本や雑誌が売れている。

 日本ではバブル期から現在に至るまで、いわゆるグリーン・メイラー(有名企業乗っ取り屋)などによる敵対的買収のもたらす弊害が指摘されている。03年末のユシロ化学に対するTOB(株式公開買い付け)では、米国投資ファンドのスティール・パートナーズは、株主の同意を得られず株式を取得することができなかった。農耕型社会の日本では狩猟型買収へのアレルギーが強く、買収は企業経営を歪曲し、従業員と株主の長期的利益を損なうという社会通念がある。UFJをめぐる統合バトルでは、三菱東京フィナンシャル・グループや住友信託銀行の独占交渉権(ExclusiveNegotiation Clause)の問題がスポットライトを浴び、司法の判断を仰ぐという異例の展開になった。だが、報道を見る限りでは、買収本来の経済的な価値判断よりも買収防衛策としてのポイズン・ピルの議論に重きが置かれているようだ。

 本来、競合企業であれ投資ファンドであれ、買収提案が企業価値と一般株主の利益を向上させるなら、敵対的買収を友好的買収へ転じつつ買収が成立するはずである。米国の例を引くまでもなく、買収提案により企業が現実に脅威を受けた場合発動されるポイズン・ピルは、脅威に対して合理的でなければならず、既存の経営陣を温存するための非合理的なツールであってはならない。企業がM&Aにより新しいビジネスモデルを構築しようとする場合、買収プレミアムを上回る企業価値を創造できるか、株主利益の最大 化を図れるかがポイントであり、ポイズン・ピルに工夫を凝らすだけの議論はとても一般株主の同意を得ることはできない。
 とはいえ、既存経営者が敵対的買収に対して無防備のままでいれば、欧米型のM&Aにより企業価値や経営戦略に脅威がもたらされることは明らかだ。したがって、個別案件の取引保護(Deal Protection)やデューディリジェンス(Due Diligence)などに関し、法的及び実務的側面を充実する必要性があることは論を待たない。だが、議論の中心はあくまで企業と株主の経済合理的判断にあるべきで、敵対的なM&Aに対する防衛策を講じると同時に、M&A本来の目的である戦略的アライアンス構築の側面を忘れてはならないのである。

 日本での敵対的買収に対する防衛策として、種類株の発行、金庫株(自社株買い)、株式交換や株式 移転、ライツ・プランなどに関するインフラ整備が急速に進んでいる。だが、財務省が公表している対外及び対内投資実績を見ると、企業のM&A活動は日本での買収防衛インフラの整備に先行しているようである。図にも示してあるが、98年の日本企業の対外直接投資金額は5兆2780億円(1637件)で、外国企業による対内直接投資金額の1兆3404億円(1542件)を大幅に上回っていた。その後の景気低迷で企業の対外投資は一服したが、03年の日本企業による対外直接投資金額は4兆795億円(2411件)と、外資による対内直接投資金額の2兆1161億円(1431件)をはるかに凌駕している。日本企業はM&Aのインフラが未整備な国内市場を尻目に、より自由かつ欧米法に準拠した判例が豊富な海外市場でM&Aを活発化させているのである。


戦略的アライアンスとしてのM&A

 なぜ、企業はM&Aを通して事業を拡大しようとするのであろうか。それは、事業を拡大した企業のみが競争に打ち勝つことができ、その結果として企業価値の増加と株主利益の最大化という果実を手に入れることができるからである。他方、事業拡大に失敗した企業はマーケットシェアを失い、市場から退場を迫られる。企業の事業拡大といえば、財務レバレッジを利かせた売上増強中心の単純な成長指向で物足りた時代もあった。だが、ビジネスモデルが多様化し、複雑な経営思考が必要とされる現代社会では、単純な拡大思考はあまりにリスクが大きい。しかも、技術革新の速い昨今においては、自前主義の開発体制では遅れを取ってしまう。企業には、国際的視野を持った経営、顧客ニーズにマッチした研究開発、製品化力と強力な営業力、そしてITや財務戦略といった現代的かつグローバルな経営戦略が求められる。こうした経営戦略を実行するには、古色蒼然たる経営手法や国内市場オンリーのゴーゴー戦略ではなく、事業の多様性追求と国際的なビジネスモデルの構築を狙ったクロスボーダーM&Aが最も適している。
 コントラクターとロランジュ(2004)〈※注1〉は 、企業がクロスボーダーM&Aを狙う動機と して以下のものを挙げている。

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