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  • 2006/04/27 掲載

競争力を再構築した米国企業の知財戦略 / 知財・知識活用 (2/3)

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80年代以降の総合知財戦略の流れ

 80年代に入り、多くの米国企業が、それまでにないグローバルな競争にさらされることになったことは、すでに指摘した。個別企業が直面する国際的な競争は、アメリカ経済全体の問題としても認識され、レーガン政権の重要な課題となった。アメリカ企業がグローバルな競争力を再構築し、アメリカ経済が回復するために、何が必要か。それを探す過程で、知財戦略が根本から問い直されることになったのである。

 その後の米国企業の知財戦略の発展の歩みは、2つの点で特に顕著であった。第1に、それまでの国内ライバル企業との特許係争を防ぐという「予防」的なアプローチに加えて、知財をグローバル競争に勝つための源泉ととらえ、積極的に活用しようという、総合戦略を立て始めた。第2に知財戦略の対象を、それまでのアメリカ国内中心から、海外へと拡大する。研究開発拠点のグローバル展開を進めるだけでなく、知財の保護と活用も国際的に展開しようというものである。

海外の研究拠点を米国本社の知財担当部門の管理下におく一方、EUや日本、そして90年代からは中国やインドを含む主要な新興工業国で、知財保護やライセンシングに積極的に乗り出した。その過程で、国際的な知財ルールの整備にも、官民をあげて取り組んでいる。80年代後半、米国が官民あげて知財保護をGATTウルグアイ・ラウンド交渉での優先テーマに掲げ、WTOルールに知財保護を組み込んでいったのも、グローバルな知財戦略の一環だったのである。


知財・知識活用

知財戦略の具体的な中身

 「前向きで積極的な知財の総合戦略」は、いくつかの柱から成っている。1つは特許に限らず、商標、著作権、ノウハウ、企業機密(トレードシークレット)まで、自社の持つ知的財産を「企業資産(コーポレート・アセット)」としてたな卸しすることから始まる。その際に重要なのは、「技術開発の動向」といった技術者の観点だけでなく、競合他社の動きや顧客の声、そして将来展望を踏まえた経営者の観点から、自社の知財ポートフォリオの現在および将来の市場価値を評価することである。

成熟化、陳腐化してきた技術は何か。代替技術の開発に影響される技術は何か。研究開発資金を稼ぐことのできる技術は何か。将来の成長が期待される技術は何か。自社の優位性を守る上で死守すべき技術は何か。さらには、世界各地の顧客や競合他社から、自社が市場におけるリーダーとして認められるための技術は何か。このような総合的な観点から、自社の強みと弱みが明らかになる。

 その分析を踏まえて作られる研究開発戦略案は、営業部門や財務部門からあがってきた中長期の戦略方針案とすり合わせられて「本社の中長期方針」として正式に決定される。それを個々の「開発研究部門方針」におろして展開することで、研究開発の方向を市場のニーズと重ね合わせ、事業性の高い発明・発案が可能となる。つまり、前向きで総合的な「知財戦略」とは、知財部門がその業務を行うために立てる部門のプランではなく、総合的な経営戦略の中に一貫して埋め込まれ、トップマネジメントによって推進されるものである。

 その際、このような総合戦略を「絵に描いた餅」に終わらせず、有効に展開することができるかどうかが鍵となる。戦略の実効的な展開によって初めて、自社の競争優位に結びついて収益を上げることができる。その結果、新たな研究開発投資をさらに進めることができ、研究開発を担当する社員のモチベーションを上げ、そこから、次のステップの発明・発案を引き出して競争力をさらにつけていく、という好ましい循環が現実のものとなるからである。

 このような総合的な戦略を有効に展開するためには、ライフサイクルでの知財の管理が必要となる。   このプロセスは、発明や発案を行った際に先行事例を調べることから始まる。この段階では、通常、発明内容を他人に理解されるような形にまでまとめられていないため、本人が直接、容易に調査できることが重要である。次に、発明・発案を企業として評価し、実際に開示するにあたり、他人が容易に理解できるような提示が必要となる。そのためのスキルやサポートを準備することで、プロセスをスピーディに進めることが可能となる。

 その後、社内の審査委員会などの場で、特許として出願すべきか、出版により公開すべきか、企業機密として保護すべきか、却下すべきかを決定することになる。その際、特許が成立するだけの技術的な新規性があるかどうかの判断に加えて、自社の総合的な知財戦略に沿った経営上の判断を行うことが必要となる。自社が展開する製品戦略に沿って有用な技術か、他社にライセンスできる可能性があるか、代替技術の開発など、技術の流れはどちらに進んでいるか、特許として成立すると予想される範囲はどこまでか、さらには特許侵害が起こった場合、これを容易に実証することができるかどうか、などを含むものである。

 ほとんどの米国企業では、特許が成立した後、全社的に一括してパテント・ポートフォリオを管理している。そこでは、まず特許取得後2~3年目に、今後も登録料を払って特許を維持すべきか、他社にライセンスすべきか、特許を放棄すべきかを判断する。その後の技術の方向によっては、放棄も現実的な戦略なのである。他方で、十分に技術的先行者としての地位を市場で確立できた場合や、自社の製品戦略とのずれが出てきたものでも他社には魅力的な技術は、他社へのライセンスを決定する。そして、ライセンス契約の管理やライセンス料の徴収を行うことになる。徴収したライセンス料は、多くの企業で、特許を生み出した部門の開発費の一部として使われている。

 また、報奨制度の原資の一部にもなる。こうして新たな研究開発を進める基盤となり、次の発明や発案につながる。このようなライフサイクルでの知財管理を行って初めて、自社で商品化もされず、他社にもライセンスされないような死蔵特許を少なくし、自社にとって本当に必要な知財のポートフォリオを、競争力の源泉として維持することができるのである。

 なお余談だが、ほとんどの米国企業において、発明・発案に関する報奨制度は、研究開発を担当する人材のモチベーションを上げるための処遇の一部として構築されている。そのため、わが国で起こった青色発光ダイオードをめぐる係争のような、利益をどの程度、発明を行った社員に直接分配すべきか、という問題は起こらない。そもそも発明者は、特許出願の段階で、発明に関するいっさいの権利を所属する企業に譲渡するという確認書にサインする。

その上で、企業ごとに整備された報奨制度に従って、初めての特許出願時、特許の成立時、定められた件数に達したとき、自社製品の売り上げや他社へのライセンスなどで特に著しい貢献があったと認められたときなどに、100ドル程度から数万ドルまでの範囲で、発明者個人、あるいは開発チーム全体に報奨金が与えられる。平均的な金額は、数千ドル程度である。研究開発を担当する社員の士気を上げ、生産性を高めるには、多様な処遇を行うことが必要だと考えられているからである。


知財・知識活用


 このようなマネジメント・プロセスを実際に展開するには、さまざまな創意工夫が必要となる。ここでは、その中から2つを紹介する。1つが、データベースの整備である。多くの米国企業では、80年代以降のIT技術の急進展とともに、知財ポートフォリオのデータベース化と、情報の共有化を進めた。開発社員は、発明・発案をした段階で、すでに同様あるいは関連の発明が特許申請されているかどうかを確認することができるだけでなく、他部門の研究者や知財担当弁護士と、システム上で議論し、アドバイスをもらい、多面的な検討を重ねることができるようになった。また、過去にどのような議論やアドバイスが行われたのかも、調べることができる。さらにオンラインで直接、社内審査にかけ、特許取得に必要な出願書類を準備するこができる。また、特許取得後のポートフォリオ・マネジメントでも、トラッキング・システムとして活用される。

 もう1つが、マネジメント組織の整備である。たとえば多くの米国企業では、特許を取るかどうかの社内審査の最終権限を、開発部門の責任者ではなく、知財担当部門の責任者に与えている。技術を技術として評価するのではなく、あくまでも企業の総合的な知財戦略の観点から評価するためである。また、知財をライフサイクルで管理する体制は、戦略を一貫して均質に展開する必要から、経営トップ直属の法務部門や本社スタッフ機構の一部として組織されることが多い。

ライセンス収入も一括して受け取り、一部をライセンス料の取立てや係争への備えに回した後、事前に定められたルールに従って、研究開発部門に還流する。このようにして全社的な研究開発プロセスの中に、制度的に組み込んでいるのである。デュポン、3M、ルーセント・テクノロジーズ、トイザらスをはじめ少なからぬ米国企業では、マネジメント・プロセスの確立に加えてライセンスによる収益責任を明確にするため、独立した事業グループ、あるいは100%子会社として知財チームを組織している。

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