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  • 【掛谷英紀氏インタビュー】 「学者のウソ」をなくしましょう

  • 2007/08/01

【掛谷英紀氏インタビュー】 「学者のウソ」をなくしましょう

『学者のウソ』(ソフトバンク新書)は、世にはびこる、学者やマスコミの無責任言論を痛烈に批判した、極上の「言論リテラシー」本だ。が、本書の射程はそこにとどまらず、折り目正しき「学問」再起動のための「大いなる助走」の趣さえ醸し出している。学問や言論に携わる者にとっての倫理とは何か? アカデミズムのアンタッチャブルとは? ウソをつけない学者、掛谷英紀氏に語っていただいた。

倫理が必要なのは技術者だけにあらず

【コラム】掛谷英紀氏インタビュー 「学者のウソ」をなくしましょう
掛谷 英紀 氏
――掛谷さんは、専攻は映像メディア工学という理系畑でありながら、これまでの著書で、自然科学のみならず社会科学、人文科学を含んだ「学問」の倫理を真正面から問うています。『学者のウソ』でもゆとり教育、少子化論争、フェミニズムといった文系のトピックに切り込んでいらっしゃる。専門とは離れたテーマに首を突っ込むようになったのは、どういう経緯からですか?

掛谷■
もともとは、技術者倫理を大学で教えるところから始まったんです。そのときに、医師をはじめとして、理系の専門家や技術者というのは、非常に厳しい倫理が問われるのに、世の中の人はもっとルーズになっているんじゃないかと思って。

 そういう状況で学生に厳しい技術者倫理を教えても、教えられる側からすれば、「もっといい加減なことやってるやつたくさんいるのに、なぜオレたちだけそんな厳しいこと守らないといけないの?」って思いますよね。聞いている学生が納得するような教育をするためには、学者である自分たちの身をキレイにするところから始めないといけない。そこから、技術者倫理と整合性を取るかたちで、社会科学やメディアの倫理を考えようと。


――たしかに理系の技術者に対しては、要求水準は高い。ただ、医師の仕事はすぐさま人命に直結する。技術者も作った製品に欠陥があれば、命にかかわるものが少なくない。そういったことが要求される倫理の厳しさにもつながっているのでは?

掛谷■
それは詭弁だと思うんです。理系は人の命を預かるとか、たくさん予算を取っているとか言われますが、それなら文系だって、政府の審議会で委員を務めるような人は、国の予算の何憶、何兆という額を左右する政策決定に噛んでいるわけですから。当然、そういう大きな政策のハンドルを切ることで、壊滅的なダメージを受ける人たちが出てくる可能性もあるわけで。


――なるほど。

掛谷■
だからその論理で理系は違うというのはおかしい。医師や技術者に責任が重たいのと同じ理由で、文系の専門家にも重い責任はある。ならば同じような厳しさで倫理を問われてしかるべきだと思うんです。このまま理系ばかりが厳しい倫理を求められるような状況が続くと、理系離れがさらに進んでしまうかもしれません。


――だからこそ「学問」を「予測力を持つ知識体系」と定義づけているんですね。

掛谷■
はい。


――文系の学問、とくに思想を扱うような学問では、「予測力」や「有用性」ということよりも、イデオロギー的な対立に拘泥しがちです。ところが文系インテリが喧々諤々しているような問題を、技術があっさりと解決してしまうこともありますよね。

掛谷■
たしかに文系のほうが「信念」にとらわれやすいと思います。たとえばセキュリティの問題で考えると、安全を求めて管理に舵を取るのか、自由を求めてリスクを取るほうに舵を取るのか、という議論の立て方をする。安全方向に振れるとどうしても管理が強化される。つまり、管理とリスクはトレードオフで、どちらを取るんだと。

 しかし、それをトレードオフにしないのが工学の知恵であり役割だと思うんです。監視カメラをたくさん増やすと、かなり効果があるとして、これはプライバシーの侵害になる。だから監視カメラはダメというのではなく、両者を調停する技術を考える。現在アイデアとしてあるのは、映像の復元情報を複数の場所に拡散させておく。つまり、たくさんの人に分けて持ってもらい、何か問題が生じたときだけ、復元可能なようにしておくわけです。


右翼と左翼を判別するプログラム!?

掛谷■いま、私は非常に変なプロジェクトをやっていまして、任意の文章が右翼系か左翼系かをコンピュータに判断させるというプログラムを作っているんです。


――そんなことができるんですか?

掛谷■
右翼と左翼の定義を厳密にするのは難しいですよね。どういうふうに判断させるかというと、保守系の新聞の社説と、革新系の新聞の社説を統計的に学習させてやる。そうすると、思想の色が出ている単語、熟語、言い回しなどから、学習していない新聞の社説がどっちなのかかわかる。いまでも、だいたい9割ぐらいあてられるんですよ。チェス専用のスーパーコンピュータに「DEEP BLUE」ってありましたよね。それに引っ掛けて、この判別プログラム名は「DEEP RED」と名付けているんですが、どうでしょう?


――「どうでしょう?」と言われても……(笑)。試みはすごく面白いと思います。その研究成果だけで本になりそうですよ。


タブーを放置してはいけない

――話を『学者のウソ』に戻すと、この本ではフェミニストをずいぶん批判的に取り上げていますね。

掛谷■
なにか個人的な恨みがあるんじゃないか、と言われそうなのですが、そんなことはないんです。今回は、タブー化しつつあるものを、批判の対象に取り上げました。学問界で一番タブーになっているのは、研究費配分とフェミニズムなんです。そこは本当にアンタッチャブルになりつつある。実際、周囲に「おかしいんじゃないですか」と聞いても、そこは手を出せないとみんなが言う。でも、アンタッチャブルなものこそ言わなきゃいけない。

 日本の悪いところって、みんなが「それは正しい」というと、流れに竿を差せなくなるんです。そこは研究費配分もフェミニズムも一緒で、「おかしい」と思っていても、口に出せずに、「心の底では応援しますよ」なんていう。


――様子が目に浮かびます。

掛谷■
これは技術者倫理の話ともつながっていて、技術者倫理としてさまざまなことを教えますよね。では教師がすべてを守っているかというと、そんなことはない。


――「そうはいっても」みたいな言い訳を自分にしてしまう?

掛谷■
そうなんです。だから倫理教育をちゃんとやろうと思ったら、自分ができる範囲を超えた規範を押し付けるやり方はまずい。

 じゃあできる範囲って何か。授業の雑談でよく言うんですけど、マジメに働いて1000万円の年収とズルをして1憶の年収だったら、どちらを取るかと学生に聞くんです。学生の意見は割れますが、私はマジメな生き方を選ぶ自信があります。が、マジメに働いて年収100万が限界というのと、多少のズルをして1000万ではどうか。私もズルで1000万円を取っちゃいます。だから技術者倫理の第一歩は、マジメに働く技術者として1000万円取れる力をもつことなんじゃないかと思うんです。

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