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  • 2020/04/16 掲載

「面白いことをやらないなら生きている意味がない」PFN西川徹が深層学習に賭けた理由

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日本有数の技術者集団、プリファードネットワークス(PFN)。人工知能(AI)領域の「深層学習」をキーテクノロジーに、トヨタやファナックとも協業して社会課題の解決に挑んでいる。だが、PFNは前身である「Preferred Infrastructure(PFI)」の創業当初から深層学習に軸を置いていたわけではない。検索エンジン/レコメンデーションエンジン開発から、葛藤を経てこの技術にかけたのだ。その意思決定の決め手は、「面白いことをやらないなら生きている意味がない」という強い思いだった。『Learn or Die 死ぬ気で学べ プリファードネットワークスの挑戦』(KADOKAWA刊)を上梓した同社代表・西川徹氏が当時を振り返る。

Preferred Networks 代表取締役社長 西川徹

Preferred Networks 代表取締役社長 西川徹

1982年11月19日、東京都生まれ。2005年、IPA未踏ソフトウェア創造事業にて1テーマ採択。2006年、第30回ACM/ICPC世界大会19位。同年、Preferred Infrastructureを創業。2007年、東京大学大学院 情報理工学系研究科 修士課程 修了。2013年、情報処理学会ソフトウェアジャパンアワード受賞。2014年3月、Preferred Networksを設立、代表取締役社長に就任、現職。声優で歌手の水樹奈々さんの大ファン。

2020年3月、『Learn or Die 死ぬ気で学べ ~プリファードネットワークスの挑戦~』を、副社長の岡野原大輔との共著で上梓。タイトルのLearn or Dieはプリファード・ネットワークス(PFN)の行動規範「PFN Values」の1つ。「PFNが挑戦する分野は変化の大きな分野であり、その中で最先端であり続けるためには、学ぶことが唯一の方法。未来を切り拓くために学び続けなくてはならない」という思いが込められている。

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右がPreferred Networks 代表取締役社長 最高経営責任者 西川 徹氏、左は代表取締役副社長 岡野原 大輔氏

コンピュータの性能を上げた先の質的変化の象徴=深層学習

 なぜ、深層学習に賭けてみようと思ったのか。

 それにはコンピュータが好きな経営者である私のロジカルな理由と、直感的な理由がある。

 1つの事例ではあったが、深層学習が従来の物体認識の精度を一気に超えてしまったのは心に響いた。特に、計算機の物量で実現したところにグッときた。要はプロセッサーのパワーで精度を出してしまったところに、私の「スーパーコンピュータ心」が、とてもくすぐられたのである。もしこの分野がはやったら、自分自身のスーパーコンピュータを自分の会社で作れるじゃないか……だったら作るべきだと考えた。

 そもそも、会社を作りたいと考えたときに、マイクロプロセッサーに興味を持っていたメンバーに対して私が示した説得理由の1つが「会社を作って、1000億円集めれば、半導体も自由自在に作れるよ」というものだった。いつかオリジナルのプロセッサーを作って、自社のスパコンを持ちたいと思っていた。

 私は学生時代に「GRAPE‐DR」という並列演算プロセッサーの開発に関わっていたことがあった。私が所属していた研究室の平木敬先生と、今は神戸大学にいる牧野淳一郎先生が開発していたプロセッサーで、20億円かけて10ペタフロップスを出そうとしていた野心的プロジェクトだった。

 ちなみに当時計画されていたスパコンの「京」は1000億円かけて10ペタフロップスだった。つまり、50分の1の予算規模で同等の性能を出そうというプロジェクトだ。私は毎回ミーティングに参加していて、なんて楽しそうなんだと思っていた。これが後に、我々が独自開発する深層学習用プロセッサー「MN‐Core」につながるのだが、その話は書籍にて著す。

 コンピュータをやっている人間ならば「いつか自分たちのプロセッサーを作ってみたい」という気持ちはずっと持っているものだ。GRAPEのプロジェクトを見ていた私の心の中にあったのは「20億円あれば半導体が作れるんだ」という気持ちだった。

 同時に、大学での研究では20億円の予算があっても、それでは動かせないといった実情も目の当たりにしていた。要は、半導体を作る中で、ちょっと試作が遅れたり基板再設計が必要になったりして予算がなくなってしまうと、大学では補てん手段がない。だから最終的には計画をスケールダウンしてスペックを落とさざるを得なくなる。基板を収納する箱を買うお金すらなく、基板むき出しのままで運用せざるを得なくなったりする。

 そういう過程を見ていて「将来は自分でお金を貯めて半導体を作りたい」、こう思っていた当時のことを、私は思い出していた。会社を作ったときから、コンピューティングパワーを上げていった先、量的な変化の先に質的な変化があると常に考えていた。これは平木先生からずっと教わっていたことでもあり、私は宗教のようにそれを信じていた。コンピュータの性能を上げることは正義だ。上げていった先に、質的な変化が訪れる。

 深層学習は、まさにその質的な変化ではないだろうか。それまでの機械学習の手法は、マニュアルで設定して、チューニングしないといけない部分がたくさんあった。それに対して深層学習は、とにかくマシンパワーを突っ込めばすごいことができるというわけだ。質的な変化を起こすために、最も近い位置にあるのが深層学習であるように思えた。

 成功するかどうかはわからない。けれど、成功させなくてはならない。

 これはとにかく、ハイパフォーマンス・コンピューティングを研究している人たち、プロセッサーを研究している人たち、我々皆にとって、最も面白い分野になる。

 こう考えると、不思議な確信が勝手に出てきた。絶対うまくいく。そう思った。

社内分断、そしてPFN誕生

 だが1つ、大きな課題があった。それまでやっているビジネスをどうしよう、ということだ。両立は難しそうだった。

 当時は、IoTとAIの組み合わせは誰もやっていなかった。今でこそ「機械のデータをAIで処理しましょう」と皆が言っているが、当時は「はっ?」と聞き返されるような組み合わせだった。どうして機械学習にそんなデータを入れなくちゃいけないのか、何が得られるのか、と言われていた。そもそも「AI」という言葉が流行する前だったこともあり、顧客からも全く理解されなかった。

 だから、本当に賭けだった。もちろん、そのリスクを取りたくないという人もいたので、社内は2つに分かれた。1つは、これまでの事業を育てていきたい人。顧客もちゃんとついているし、育てていきたいと考えるのは当然だ。もう1つは、もしかしたら2カ月後にはつぶれているかもしれないけれど、新しいチャレンジをしたい人たちだ。

 選択肢はいくつかあった。そこで「どの選択肢を取るのか、教えてください」と全社にメールを出した。すると新しいほうと、これまでのビジネスを続ける人たちとで、16対8で二つに分かれた。だから、会社も二つに分けることにした。そして生まれたのがプリファードネットワークス(PFN)である。こうしてPFNは2014年3月26日に、IoTにフォーカスしたリアルタイム機械学習技術の会社として設立された。

 なお、別れた彼らは2016年にレトリバという会社を作って、PFIが開発した機械学習の技術をコールセンター向けソリューションとした事業を順調に進めている。

 あえて資本関係は持たなかった。私も口を出すべきではないし、彼らと対等な関係でこれからやっていきたいと思ったからだ。会社を立ち上げるというのは、それなりの覚悟がいる。事業は彼らが独立できる条件で売却した。彼らとは今もフラットな関係で、ときどきランチを食べたりしながら情報交換を行っている。

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