• 2023/03/27 掲載

アングル:電池にかすり傷で全損も、エコには程遠いEV保険事情

ロイター

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Nick Carey Paul Lienert Sarah McFarlane

[ロンドン/デトロイト 20日 ロイター] - 電気自動車(EV)の多くは、事故によりバッテリーに軽微な損傷があっただけでも修理や評価が不可能になる。保険会社としては、たいした距離も走っていない車両を全損扱いとせざるをえない。すると、保険料は高くなり、EV移行のメリットも薄れてしまう。

そして今、一部の国ではこうしたバッテリーパックが廃棄物として山をなしている。これまで報道されていなかったが、想定されていた「循環型経済」にとって手痛い落し穴だ。

「EV購入の動機は持続可能性だ」と語るのは、自動車リスク情報を扱う調査会社サッチャム・リサーチの調査ディレクター、マシュー・エブリー氏。「だが、ちょっとした衝突事故でもバッテリーを廃棄せざるをえないとすれば、EVはあまりサステナブルとは言えない」

バッテリーパックのコストは数万ドルに達することがあり、EV価格に占める比率は50%にも至る。交換するのは不経済である場合も多い。

フォードやゼネラル・モーターズ(GM)など一部の自動車メーカーは、バッテリーパックを修理しやすいものにしていると話しているが、テスラは、テキサス工場で製造する「モデルY」について逆の戦術を選んだ。構造材化された新たなバッテリーパックは、専門家に言わせれば「修理可能性ゼロ」だ。

テスラにコメントを求めたが、回答は得られなかった。

ロイターが米国・欧州でのEV事故車販売額を調査したところ、累積走行距離数の少ないテスラの比率が高かったが、日産、現代、ステランティス、BMW、ルノーその他の車種も見られた。

現役で走っている自動車のうち、EVが占める比率はごく小さく、業界全体としてのデータ把握は難しい。だが、走行距離の少ない「ゼロ・エミッション」車が軽微な損傷で廃車になってしまう傾向は強まりつつある。バッテリーパックを「構造材」にする、つまり車両ボディーの一部とするというテスラの判断は、製造コストの削減につながる一方で、そうしたコストを消費者や保険会社に転嫁するリスクがある。

テスラは、保険会社によるテスラ製車両の償却措置について特に問題があるとはしていない。だがイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は1月、第三者賠償責任保険会社が設定する保険料が「不当に高すぎる場合が見られる」と述べている。

テスラなどの自動車メーカーがもっと修理しやすいバッテリーパックを製造し、バッテリーセルに関するデータに第三者がアクセスできるようにしない限り、EV販売台数が増えるにつれて、ただでさえ高い保険料は上昇を続け、衝突事故後に廃車となる高年式車は増えていく――これが保険会社や自動車産業の専門家の見方だ。

「事例は増えつつあり、バッテリーの扱いが重要なポイントになる」と語るのは、アリアンツ・センター・フォー・テクノロジーでマネージングディレクターを務めるクリストフ・ラウターワッサー氏。同氏の指摘によれば、EV用バッテリーの製造においては化石燃料車の製造よりもはるかに多くの二酸化炭素が排出され、何千マイルも走行しなければ、そうした追加の排出量は相殺できないという。

「たいして走りもしないうちに廃車にしてしまえば、二酸化炭素排出量におけるEVの利点はほぼすべて失われてしまう」とラウターワッサー氏は言う。

大半の自動車メーカーはバッテリーパックを修理可能としているものの、バッテリーに関するデータへのアクセスを提供する意志のあるメーカーはほとんどないようだ。EU圏では、すでに保険会社やリース会社、自動車修理工場が、自動車メーカーを相手に、利益率の高いコネクテッドカー(ネットに接続される車)に関するデータへのアクセスをめぐる争いを展開している。

同氏は、争点の1つがEV用バッテリーのデータへのアクセスだと述べる。アリアンツでは、バッテリーパックに傷があっても内部のセルは無事である可能性が高い事例を確認しているが、診断データがないため、そうした車両も全損扱いにするしかないという。

フォードとGMは、新たなバッテリーパックでは修理可能性を高めたとうたっている。だが複数の専門家によれば、テスラのテキサス州オースティン工場で製造される「モデルY」に搭載される大型バッテリー「4680」は、車体構造の一部を形成するパックに接着されており、取り外しや交換が容易ではないという。

マスクCEOは1月、テスラは修理コストと保険料の抑制をめざして車両の設計・ソフトウエアを変更していると述べた。

またテスラは、米国内12州で、テスラのオーナー向けに独自の保険商品を低料率で提供している。

なお保険会社と自動車産業の専門家によれば、EVは最新の安全機能を搭載しているため、これまでのところ従来タイプの車に比べて事故の確率が低くなっているという。

<「スクラップ直行」>

ミシガン州を本拠とするムンロ・アンド・アソシエイツは、自動車解体事業者としてメーカーに改善のアドバイスを提供している。同社を率いるサンディ・ムンロ氏は、「モデルY」のバッテリーパックは「修理可能性ゼロ」だと言う。

「テスラの構造的バッテリーパックは、何かあったらスクラップ直行だ」

EV用バッテリーの問題が明らかにしているのは、自動車メーカーが喧伝する環境に優しい「循環型経済」に潜む落し穴だ。

英国の解体事業者最大手サイネティックのマイケル・ヒル事業部長は、同社ドンカスター工場では、火災リスクを避けるための点検を行う「アイソレーション・ベイ」に収容されるEVの台数が過去12カ月間で急増しており、3日で12台程度のペースだったのが、1日最高20台にまで上昇していると話す。

「実に大きな変化が起きており、しかも車種はあらゆるメーカーに渡っている」とヒル氏は言う。

英国には今のところEV用バッテリーのリサイクル施設がない。サイネティックとしては、廃車となった車から外したバッテリーをコンテナに保管している。ヒル氏の推測では、サイネティックがドンカスター工場で保管している数百個のEV用バッテリーパック、そしてハイブリッド車用バッテリーパック数千個に内蔵されたセルのうち、少なくとも95%は無傷で、再利用が望ましいという。

現状でも、ほとんどのEVの保険料は他の車よりも高くなっている。

オンライン保険比較サイト「ポリシージーニアス」によれば、2023年、米国におけるEVの月払い保険料は平均206ドルで、化石燃料車に比べて27%高くなっている。

また金融情報サイト「バンクレート」は、「ちょっとした事故でもバッテリーパックに損傷が生じれば(略)、この重要部品の交換コストが1万5000ドル(約200万円)を超える可能性がある」ことを米国の保険会社は把握している、と述べている。

テスラの「モデル3」のバッテリー交換コストは最大2万ドル。同車種の小売価格は約4万3000ドルだが、資産価値が下がるペースは早い。

フランスの保険会社アクサで英国製市販車部門担当マネジャーを務めるアンディ・キーン氏は、交換コストが高いため、「バッテリー交換は合理的でないという状況もあるかもしれない」と話す。

EVの修理、バッテリー交換に特化した修理工場も増えつつある。アリゾナ州フェニックスのグリュバー・モーターは、テスラの旧モデルのバッテリー交換に注力している。

だがオーナーのピーター・グリューバー氏によれば、保険会社としてはテスラのバッテリー関連データにアクセスできない以上、慎重なアプローチをとることになる、と言う。

「保険会社はリスクを取ろうとしない。そのクルマに何かが起きれば後日訴訟になってしまうし、そこまで計算に入れていないからだ」とグリューバー氏は言う。

<EV保険の「弱点」>

英国政府は、EV保険の「弱点」に関する、サッチャム・リサーチ、サイネティック、保険会社のLV=を中心とする研究に資金を提供している。

EUが先日採択したバッテリーに関する規則は、バッテリーの修理について具体的に触れてはいないが、欧州委員会の関係者によれば、「メンテナンス、修理、再利用を促進するよう」規格制定を促すよう求める内容になっているという。

保険会社は、問題解決の方法は分かっていると主張する。バッテリーを手軽に修理できるようもっと小さなセクション(モジュール)に分割し、診断データを外部に公開してバッテリーセルの健全さを判断できるようにする、というものだ。

米国の個々の保険会社はコメントを控えるとしている。

だが、全米相互保険事業者協会でディレクターを務めるトニー・コット氏は、「車両が生成するデータに消費者がアクセスできるようにすれば、(略)修理プロセス全体が容易になり、運転者の安全と保険契約者の満足度はさらに高まるだろう」と語る。

3月中旬、テスラを相手取ってカリフォルニア連邦地方裁判所で起こされた集団訴訟では、重要な診断データにアクセスできないことが問題視されている。

保険会社は、この点での動きがなければ消費者が犠牲になると主張している。

アリアンツの自動車保険請求全体のうち、EV用バッテリーの損傷はほんの数パーセントを占めるにすぎないが、ラウターワッサー氏によれば、請求の8%はドイツ国内におけるものだという。ドイツの保険会社は自動車保険の請求に関するデータを集約しており、毎年、保険料率の調整を行っている。

「特定のモデルでコスト上昇が見られるなら、レーティングが上昇する分、保険料の水準も上がる」とラウターワッサー氏は言う。

(翻訳:エァクレーレン)

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