- 2025/09/30 掲載
焦点:ミラン理事の中立金利低下論、FRBの新コンセンサス化は困難
[ワシントン 29日 ロイター] - トランプ米大統領が米連邦準備理事会(FRB)に送り込んだミラン理事は、トランプ氏の経済政策によって「中立金利」の水準が急速に低下するという確信に基づき大幅な利下げを主張している。しかし中立金利の水準は政策当局者にとって最良の状況下でも推計が困難とされる。識者の間でも異論は多く、連邦公開市場委員会(FOMC)で新たなコンセンサスを形成するかは、不透明だ。
米経済は今まさに転換点を迎えており、FRBが金利を「中立」よりもはるかに高い水準に維持すれば雇用市場が腰折れするリスクがあり、金利の「中立」水準はゼロ近辺まで低下しつつあるというのがミラン氏の見解だ。
0.25%利下げを決めた17日のFOMC。ミラン氏は0.5%の利下げを求めて反対票を投じた。約1週間後、同氏は「非常にはっきりしているのは(中略)人々が切迫感を抱いていないということだ。(他のFOMCメンバーは)依然として関税によるインフレを非常に恐れている」とFOXビジネスに語った。
先週の講演では、政策当局者は関税による一部輸入品の比較的小幅な価格変動を懸念するのではなく、トランプ政権の国境政策や財政政策に伴う中立金利の低下に注目すべきだと主張した。
ミラン氏の見解は他のアナリストや中銀関係者が抱いている現行政策や中立金利に関する考えからかけ離れている。一般的に推計される中立金利の水準はミラン氏の試算よりも1%ポイントほど高い。
さらに、経済の変化や人口動態といった長期的要因の影響で中立金利が上昇したり低下するのかについても議論がある。FRBの現行政策が消費や投資をどの程度抑制しているのか、意見は一致していない。
比較的最近に次期FRB議長候補に浮上したブラード前セントルイス地区連銀総裁は先週CNBCで「もし現行の金融政策がミラン氏の考えるように的外れなら、なぜインフレはもっと急激かつ明確に低下していないのか」と疑問を呈した。トランプ氏の「大胆な利下げしても、インフレが上昇したときにすぐに利上げすればよい」という主張のリスクを指摘。こうした対応を取れば「金融政策が右往左往する。市場に不安が広がってインフレリスクを織り込み始める。それを取り除くのは非常に難しい。これは注意深く進めなければならない勝負だ」と危惧を示した。
当のミラン氏には、自身の見解とFRB内のコンセンサスに大きな隔たりがあることに気後れする様子はない。自身の主張を展開しつつFOMCで反対票を投じ続ければ、こうしたコンセンサスを受け入れなくてすむので歓迎すると語っている。
しかしミラン氏が議論を動かすのは難しいかもしれない。JPモルガンのエコノミスト、マイケル・フェローリ氏は「ミラン氏の主張の一部は疑わしく、他の部分は不完全で、説得力のあるものはほとんどない」と評した。
ミラン氏はトランプ氏の関税を巡る懸念を退けるだけでなく、トランプ氏が進める移民取り締まりが住宅需要を冷やし、家賃インフレが急速に鈍化すると主張してきた。しかしミラン氏が根拠とした研究を手掛けたマサチューセッツ工科大の経済学者アルバート・サイツ氏は影響が誇張され過ぎているとロイターに語った。ミラン氏は自らの見解が「楽観的」だったかもしれないと認めたが、移民政策の家賃への影響が十分に理解されていないという見解を変えていない。
<中立金利は低下しているのか>
中立金利は抽象的で捉えにくいが、金融政策の基礎を成す。ミラン氏は中立金利が低下していると主張。他の推計は過去のデータに縛られすぎており、FRBは水準の低下を見落としていると論じている。
中立金利がゼロ近辺にあるとすれば、FRBのインフレ目標2%で調整して導かれる適正な政策金利は2.00―2.50%で、現在の4.00―4.25%の政策金利レンジと約2%ポイントの乖離(かいり)がある。ミラン氏は関税によるインフレ上昇リスクはほとんどなく、物価はFRBが目標とする2%に戻ると予測。FRBは0.5%ポイント刻みで迅速に利下げして金利を中立水準に合わせるべきだと考えている。
しかし他の政策当局者はミラン氏の政策をリスクの高い「フルベット(持ち金を全て賭ける)」だと見なしている。
特にパウエル議長は政策スタンスを検討する上で想定中立金利を重視することには消極的で、経済の実体に基づき判断するのが最善だという立場だ。これはモデルや予測よりも実際のデータを重視する姿勢の表れと言える。
インフレ率は依然としてFRBの目標を約1%ポイント上回っており、失業率は4.3%と完全雇用に近い。こうした数値がミラン氏以外の政策当局者が0.25%ポイントを超える幅の利下げに慎重な姿勢を取る理由になっている。トランプ氏が新たな追加関税を繰り出し続けていることも、政策環境が依然として予測不可能であることを示している。
<実質マイナス金利も可能>
ミラン氏が先週の講演で関税収入によって中立金利が低下すると論じる際に引用した論文の執筆者であるユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのルカシュ・レイチェル準教授の研究によると、脱グローバル化や人工知能(AI)に伴う資本需要といった新たな潮流は、先進国で中立金利を着実に押し上げる可能性がある。また、複数の潜在的リスクが同時に顕在化した場合には「急激な反転」が起こる可能性もあると結論づけている。
ミラン氏の試算によると、トランプ氏の政策がどのように展開するかによって適正な政策金利は最高で2.76%にとどまるか、あるいは1.69%まで下がり可能性がある。2.76%は、市場参加者がFRBの利下げ終了水準として見込む3.12%に近いが、1.69%はインフレ目標2%を加味すると実質マイナス金利で、景気後退対策の政策に近い水準だ。
ミラン氏は自身のアプローチの一部に問題があることを認め、講演で「不可能なほどの精度を示そうとしているわけではない」と述べた。しかし同時に今すぐ大幅な利下げするよう求め、トランプ氏による急速な貿易やその他政策の大改革に対して慎重姿勢をとる他のメンバーとは正反対の立場を取った。
「もし私の見立てが正しければ、金融政策が現在のスタンスから抜け出すことは本当に重要だ。このスタンスに長くとどまればとどまるほど、経済へのリスクは大きくなるからだ」と主張した。
最新ニュースのおすすめコンテンツ
PR
PR
PR