- 2021/11/11 掲載
焦点:米欧中銀の柔軟な物価目標、債券市場混乱の原因に
FRBは昨年、従来よりも物価の上振れを容認する「柔軟な平均物価目標(FAIT)」を採用。最大雇用と物価安定の二重責務を担うFRBの金融政策アプローチにおいて、大きな転換となった。
ECBは今年、「2%を下回るが、2%に近い」という長年の物価目標を廃止し、2%の中期物価目標を設定した。
両中銀はともに現在の物価上昇を「一過性」と見なしている。しかし新たな物価目標枠組みは、最初の試練を迎えようとしている。
ラボバンクのシニア金利ストラテジスト、リン・グレアムテーラー氏は「後講釈なら何とでも言えるのは承知だが、両行は不運なタイミングで見直しを行ってしまった」と指摘。「以前の目標なら、われわれは中銀の政策反応関数が分かっていた。今では不透明感が増した」と語る。
柔軟な物価目標政策の採用により、どこまでのインフレ過熱なら許容されるか、中銀が後手に回る恐れはないかを判断するのは難しくなった。
先月、ユーロ圏のインフレ率は4%を、米消費者物価指数は6%を、それぞれ上回った。供給のボトルネックとコモディティ価格の高騰が主な原因だ。
これらは中銀がコントロールできる要因ではないが、中銀は往々にして、消費者の予想インフレが大幅な賃上げにつながるのを阻止するために早めに行動を起こす。
ニュージーランドやノルウェーの中銀が利上げを開始し、英国とカナダの中銀が利上げの準備を始めたのはこのためだ。かたやFRBは月額1200億ドルの債券買い入れを縮小する計画だが、利上げ意欲は示していない。
ECBに至っては、利上げは数年後になるかもしれない。
しかし市場は予想外の金融引き締めを警戒している。
カナダ・ライフ・アセット・マネジメントの幹部、デービッド・アーノード氏は、柔軟な物価目標の導入により、不透明要素が増えたとみる。同氏は「中銀は、インフレ率の2%超えを許容すれば過去の低インフレが相殺され、平均で2%目標を達成できると言う」と指摘。「しかしインフレ率の上振れをいつまで看過するのか。許容水準はどこなのか。中銀は選択肢を広く残しておきたいため、こうした基準をわざと定義していない。そのせいで不透明感が生まれ、債券投資家にとって政策反応関数を読むのがずっと難しくなっている」と述べた。
<債券のボラティリティ上昇>
中銀が政策メッセージを市場に伝える道具の1つに国債がある。しかし投資家がそのメッセージを理解できなければ、混乱が起こるかもしれない。
実際先月には、中銀がインフレ阻止のために行動を起こすとの観測が広がって債券利回りが跳ね上がった後、中銀幹部らが火消しに走って利回りが急反落した。
イタリアの10年国債利回りは1週間で18ベーシスポイント(bp)上昇した後、次の1週間で25bp低下。いつもは落ち着いているドイツの10年国債利回りでさえ先週は19bp低下と、2012年以来で最も大幅な下げとなった。これは2年半ぶりの高水準を付けた翌週のことだ。
ECBが利上げ観測を積極的に打ち消さなかったと受け止められたことが、この混乱を招いた。ECB幹部らはその後、市場の鎮静化に努めたが、来年の利上げを見込むポジションは消えていない。
ECBが実際に来年利上げを行えば、ガイダンスを無視したことになるか、もしくはインフレがあらゆる予想を上回ったことを意味すると、BofAのアナリストチームは記している。
債券市場のボラティリティ(変動率)は今年、じりじりと上昇して1年8カ月ぶりの高水準になった。外為・株式市場が落ち着いているのとは対称的だ。
フィデリティ・インターナショナルのマクロ担当グローバル責任者、サルマン・アーメド氏は、FRBはインフレ率が高止まりした時に動く選択肢を残すため、FAITのパラメータをわざと定義していないとみる。「この結果、成長とインフレが綱引きし、債券市場は右往左往している」という。
今後の見通しはインフレの軌道次第だ。
購買担当者調査によると、ワクチン接種と渡航規制の緩和により、既に消費財よりもサービスへの需要が高まっている。したがって、最終的にはサプライチェーンの緊張が緩和されるだろう。
しかしジャナス・ヘンダーソン幹部のポール・オコナー氏は、サービスブームは賃金上昇圧力を引き起こす可能性が高いと指摘する。政策担当者にとって、賃金の上昇は物価上昇よりも無視し難いだろう。
オコナー氏は「労働市場インフレに対する政策対応をどう織り込むべきか、債券市場は判断しあぐね、一段と乱高下するかもしれない」と予想。同氏は最近の債券ボラティリティーの急上昇について、「中銀プット(中銀が市場の動揺を収めること)が消えつつあるとの認識」を反映したものだと語った。
(Dhara Ranasinghe記者、Sujata Rao記者)
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