- 2022/03/23 掲載
アングル:円安と円高、プラスはどちらか 市場気迷いの背景にある変化
[東京 23日 ロイター] - 日本の経済や株価にプラスなのは円安か円高か、金融市場でも議論が白熱している。原油など資源価格が高止まりする中で「悪い円安」論が台頭。経済をトータルで見るなら円安の方がメリットが大きいとの見方も依然多い。日本株の反応は一定せず、マーケットは気迷い状態だが、その背景には日本をめぐる環境の変化もある。
<円安はプラスだが、メリット縮小>
為替変動が日本経済に与える影響をマクロ経済モデルでみると、日銀や内閣府のモデルでは、実質GDP(国内総生産)の増加に寄与するのは円安だ。日銀の1月展望リポートでは10%の円安でGDPが1%程度押し上げられる計算が示されている。
マクロ経済モデルは前提の置き方で結果も変わることから「円安のデメリットを強調したくない当局の結論ありきの計算ではないか」(国内証券の債券ストラテジスト)との疑いも聞かれるが、民間でも円安はメリットの方が大きいとの試算が出ている。
大和総研が1月に発表したリポートでは、対ドルで10円の円安は企業の経常利益を2%押し上げる。現地生産化の進展で輸出数量はそれほど伸びないが、為替換算で企業収益は増加し、設備投資や企業間取引の拡大による波及効果が表れる。経常収支の赤字が増加してもモデル上の結論は同じだという。
ただ、円安メリットは以前より小さくなっていると大和総研のエコノミスト、小林若葉氏は指摘する。「中小企業・非製造業で輸入依存度が高くなっているほか、消費財も輸入品ウエートが大きくなり、家計の購買力は円安時に低下しやすい。外国人観光客の増加も現在では期待しにくい」と話す。
足元のドル高/円安に対する日本株の反応は一定していないのは、こうした円安メリットの低下が一因とみられている。今年に入って3月初旬までは緩やかなドル高/円安が進む中、日本株は下落していた。だが、3月初旬以降は円安・株高の組み合わせになっており、相関は不安定だ。
<受け身の円安、冷める日本株投資>
円安・株高になりにくいもう1つ理由は、足元の円安がドル買いの半面で起きる受動的な円売りであるためだ。
シティグループ証券が、国内外のフローデータを一定の統計処理によって指数化し、200日分を累積したチャートを見ると、ドルの需要が高まっていることがうかがえる。2021年後半以降、ポートフォリオ・ヘッジによる米ドル買いは20年の円買いやスイスフラン買いを超えてきているとみられる。
(出所:シティグループ証券)
この点について、シティグループ証券のチーフFXストラテジスト、高島修氏は、ヘッジ目的のドル買いか増えていると分析する。「最近の米株下落の主要因は米金利の上昇だ。米金利上昇時に高くなりやすいドルを買っておけば、米株下落のリスクをヘッジできる」という。
ECB(欧州中央銀行)のタカ派シフトで、ユーロは売りにくくなった。一方、日本は経常収支が赤字化し、欧米中銀との政策スタンスの違いもあり、円売り材料が豊富。ドル買いの「受け皿」として円が売り対象になっているとみられている。
2012─13年頃の「アベノミクス相場」初期は、日本経済への期待感が強まる中、円安による日本株投資収益の目減りを防ぐため、円売りと日本株買いを組み合わせる「ダブルデッカー取引」を行う海外投資家が多かった。しかし、日本株投資の「熱」は低下。当時、外国人投資家は18兆円以上、日本株を買い越したが、今年は3月第2週までに2兆円超を売り越しており、能動的な円安・株高は起きにくくなっている。
<円は安全通貨か>
円安は日本にメリットだとしても、通貨安は国力低下と受け止められるおそれもある。対外証券投資は年初からの累計で売り越しであり、キャピタルフライト(海外への資金逃避)はまだ起きていないが、経常収支は赤字化し、対外純資産の世界首位も危なくなってきた。
「ウクライナ危機でリスクオフの円買いがほとんど出なかったのは衝撃だった。円は安全通貨とは認識されなくなっているのかもしれない」と、ある外資系運用会社のポートフォリオマネージャーは話す。
日本はアベノミクスの初期に生じた円安を十分活かせず、国際競争力は低下を続けてしまった。ウクライナ危機が「新冷戦」の始まりと警戒される中、国際経済でどのような位置を確保できるのか。官民合わせた戦略的な取り組みがなされなければ、円安のデメリットは強まり、世界の株価に連動するだけの日本株の動きも変わらないとの警戒感はマーケットでも強い。
こうした中、ニッセイ基礎研究所のチーフエコノミスト、矢嶋康次氏は「プラスマイナスの議論に終始することなく、今の円安をどう活かすかが重要だ」と話す。「国内の工場を増やせばサプライチェーン制約のリスクを低減することができる。一次産品の輸出を進めれば世界の食糧危機の対策にもなる。再生エネルギーへの転換を大胆に図れば日本を見る目も変わるかもしれない」と提案している。
(伊賀大記 編集:石田仁志)
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