• 2011/03/04 掲載

【円堂都司昭氏インタビュー】Google、ニコニコ動画、電子書籍、Twitter……メディア環境によって言葉の流通も変化する(2/2)

『ゼロ年代の論点 ウェブ・郊外・カルチャー』著者 円堂都司昭氏インタビュー

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「批評コンテンツの生態系」を読み解く

――近年で批評をテーマにした新書というと、佐々木敦さんの『ニッポンの思想』が思い浮かびます。あの本は佐々木さんの選んだ現代思想のスタープレイヤーについて、自分なりに書いていくという手法が採用されていました。『ゼロ年代の論点』は、それとは正反対の手法で書かれたとも言えます。

 円堂氏■この本の中では、濱野智史さんの『アーキテクチャの生態系』をもじって「批評コンテンツの生態系」という言い方をしています。一つの作品、人物を注視するよりも俯瞰的に見るというのが僕のクセなんです。例えば音楽について書くときでも、小説など違ったジャンルのコンテンツと組み合わせて語ることをよくしてきました。いくつかの作品を並べて、その相関関係を語る。批評自体にもそういった部分がありますよね。先行する文献や、同時代的な資料を引用しながら、自分なりの読解に結びつけていく。他のものに触れながら書く、という。今回は、いかにも批評的な手法で、批評をテーマにして書いたわけです。

 ゼロ年代には、「論壇プロレス」という言葉が批評の世界で飛び交いました。誰と誰が対立していて、誰が誰を褒めている・媚びているといった書き手同士の関係性について多く語られていた。だからこそ、もっと「この人とこの人の議論には、こういった共通点がある・背中合わせになっている」といった作品ベースで、冷静に論点を抽出したかった。褒める・けなす、好き・嫌い、とは違った水準で「批評コンテンツの生態系」を描きたいという意識がありました。

 そういえば、『ゼロ年代の論点』でもとりあげた佐々木俊尚さんは、最近、『キュレーションの時代』(ちくま新書)という新書を出されました。佐々木さんによればキュレーションとは「情報を収集し、選別し、意味づけを与えて、それをみんなと共有すること」だそうですが、僕が自分の本でやりたかったのも一種のキュレーションだといえますね。

――そのように俯瞰的に見ながらも、独自の解釈が語られるのが本著の魅力だと思います。作中では「拡大倍率」という印象的なフレーズが使われていますが、どういうことなのでしょうか?

 円堂氏■例えば雑誌などで、とりあげている話題を整理する際に使われるマッピングという手法は、80年代のカタログ文化隆盛期から流行ったものです。図解入りで解説すると非常に分かりやすいんだけど、あの頃のマップと現代のマップでは性質が違います。

 過去のマップは、雑誌の見開き2ページなら2ページのスペースに諸要素の分布が描かれていて、それで図が固定されていた。でも、今、「マップ」といった時のイメージはそうではない。本の中でも触れましたが、Googleマップやストリートビューなどは、ユーザー自身が自分で拡大倍率やアングルを変更できます。この本で言えば、「ウェブ・郊外・カルチャー」という範囲を中心として切り取ったわけです。また目次からは、このような人や本を取り上げる拡大倍率でこの本は書かれている、ということも分かるでしょう。当然、拡大倍率やアングルを変えれば、違う人や本が登場するはずだし、目次のその脇には書かれていない別の固有名詞が潜んでいる。それを思い浮かべられる人は思い浮かべながら読んでほしいですね。

――なるほど。あとがきでも、「あの人やあの本が出てこない」という意見は歓迎で、読者それぞれの連想によって「批評をめぐる自分の考えを更新する機会となれば幸いである」と書かれています。始めからそうした作りは意識していたのでしょうか?

 円堂氏■『ゼロ年代の論点』というタイトル通り、大体ゼロ年代に出た本をピックアップして、各章に配置しました。また、章ごとの総論的な部分では、むしろゼロ年代以前の70年代、80年代の批評的なトピックを意識して入れ込みました。それは僕の年齢ということもあります。例えばこの本でも触れている西田亮介さんは1983年生まれ。1963年生まれの僕からしたら、親と子くらいの年齢差がある。自分が彼らくらいの年齢で触れてきた言説を、ゼロ年代に関連させながら取り上げることで話題をつなげたいとは思っていました。

 想定読者は若い人はもちろんですが、それとは別に僕と同世代、あるいはもう少し上の世代も意識しました。批評をよく知っている人だけでなく、読み始めたばかりの人に対するガイドブックとしても使えるように、できるだけ分かりやすく書くことにも注意しましたね。そのあたりは専門性を噛み砕いてまとめるという、業界誌での記者経験が生きたかもしれません。できるだけ世代間の橋渡しがされるようにしたかったんです。

 本の中でわりと否定的に扱った論者の一人に浅田彰がいるんですが、彼は90年代以後すっかりとりすましてしまって、ニューアカ・ブームなどなかったかのように振る舞っている。なので、浅田彰が一種のポップ・スターだった80年代のテーマと近年の批評状況をつなげてみるとか、そういったことは意識しましたね。

――ゼロ年代の批評の特徴の一つに、市場への意識が挙げられると思います。いかに批評が商品として成立するか、という問いはもはや避けて通れないものにもなっています。

 円堂氏■著者がただ文章を書いたり真面目に講演したりするだけでなく、それ以上の「パフォーマンス」を市場から要請されたのもゼロ年代批評の特徴ですが、良かれ悪しかれその流れは避けられないと思います。メディア環境が激変してしまったのだから、大文字の「批評」が、かつてのようなありがたいものとして残っていけるはずがないんです。ただ、批評のあり方を変えてあげることは可能だと思うんですよ。もっと言ってしまえば、これまで批評と呼ばれていなかったようなもの、レビューの集積のようなものですら、扱いかたによって批評的な機能は持たせられるだろうと考えています。

 またゼロ年代は、メディア環境の変化に晒された批評とメディアに関するジャーナリズムが接近した時期でもあったと思います。佐々木俊尚さん、梅田望夫さん、津田大介さんも今回の本の中で取り上げましたが、彼らはいわゆる批評家ではないですよね。本のタイトルを『ゼロ年代の批評』ではなく、『ゼロ年代の論点』としたのもそういった理由があるからなんです。

――そんな「ゼロ年代の論点」を見渡した円堂さんとしては、10年代の批評には何を期待されますか?

 円堂氏■繰り返しにはなりますが、大文字の文学や批評こそが尊い、という状態にはもう戻れないと思います。断片化していく言葉のあり方を引き受けながらやるしかないのだろうと考えています。西田亮介さんが中心になって進めている『.review』という批評のプロジェクトでは、「知のハブ」という言い方をしていますよね。僕の本では「批評コンテンツの生態系」という言葉を使いました。様々なジャンルの表現や価値観が多様化したことで、それぞれを語る言葉が断片化してしまった。そのこと自体はどうしようもありません。であれば、断片化したものをどうソーシャルに繋げていくか。いわゆる島宇宙化を前提としながら、どう関係性を構築するかという点が重要になってくるんじゃないか。

 つながりという話から具体的なイメージを話すと、この本は書店フェアでのキーとして機能するんじゃないかと思うんです。モノとモノとをつないでくれるメディア、というものは今後増えてくるでしょうし、その役割をこの本が果たせたらいいなと思います。データ的な意味でも、コスト・パフォーマンスのいい本だと思いますよ(笑)。逐一出てくるコンテンツに発表年を入れたので、校正はかなり大変でしたけど……。次に本を書くときには、こんなに参考文献をたくさん入れたものは絶対やらないぞ、と決めました(笑)。

――では最後に、これからこの本を手に取られる読者にメッセージをお願いします。

 円堂氏■作り手からの望みとしては、この本をきっかけにこの本に出てこない本にも出会ってください、と思っています。もちろんここでとりあげた本も読んでほしいんですが、それ以外の本にも手を伸ばして、他の領域にもつながる発想を読者それぞれの思考の拡大倍率にもとづいて作っていって欲しいですね。

取材・構成:武田俊

●円堂都司昭(えんどう・としあき)
1963年千葉県生まれ。文芸・音楽評論家。著書に『YMOコンプレックス』(平凡社)、『「謎」の解像度』(光文社)、『ゼロ年代の論点』(ソフトバンク新書)がある。後者で2009年に日本推理作家協会賞と本格ミステリ大賞を受賞。共著に『ニアミステリのすすめ』(原書房)、『バンド臨終図巻』(河出書房新社)など。
ブログ:ENDING ENDLESS 雑記帖

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