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- 2012/01/20 掲載
ITとコンプライアンスの切っても切れない関係:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(38)
ITが照らし出す「市場」のもう一つの顔
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情報処理機構としての市場がもつ別の顔とは
ITは導入さえすれば自動的に経済成長を実現する夢のような万能技術ではない。連載の第21回で言及したように、生産性論争を通じた研究の過程で明らかになったことは、ITを導入してもうまくいく場合といかない場合があり、ITの進歩と普及が経済効果を引き出すためには、さまざまな「仕組みの見直し」が不可欠だということだ。しかも、この見直しは企業などの組織ばかりでなく、その舞台装置である「市場」にも及ぶ。これまでの連載では、IT導入に伴う「仕組みの見直し」を企業内の技術的分業(企業組織)と市場を通じた企業間の社会的分業(産業組織)の二層構造で考えてきた。市場という舞台を眺めながらも、企業という演者に焦点を当て、その衣装と動きがITという新しいスポットライトの導入でどう変わるかを観察していたわけだ(図表1)。1993年にノーベル経済学賞を受賞したダグラス・ノース(1990)にならうと、ルールについての関心を背後において、プレーヤーの動きに注目していたことになる。
連載の第24回、25回、27回でみたように、IT革新によってさまざまな領域の「情報費用」が低下すれば、企業の内部では、分業と比較優位の構造に不均衡が生じ、職務を統合するのか分担するのか、業務領域の再検討という組織構造の「仕組みの見直し」が促される。同様に、企業の境界では、市場の取引費用と組織化の費用の相対関係に不均衡が生まれ、インソースかアウトソースかが問われるような部門再編と企業間関係の見直しが突きつけられる(連載の第28回、29回)。
実は、IT革新による情報費用の低下は、これらとは別に、舞台装置としての市場そのものに「別の不均衡」をもたらす。市場メカニズムを利用するための取引費用は、技術革新がダイレクトに影響する情報費用とは異なるタイプの費用からも成り立っているからだ。連載の第29回では、アウトソーシングに必要な検索、調査、交渉、契約、監視、紛争解決、情報開示などの取引費用について解説した。その際は、暗黙のうちに取引費用を総じて「情報」という概念で捉えていたが、詳細にみると、別の側面が浮かび上がる。
たとえば、検索や調査、交渉、監視といった行為は、確かに情報と密接に関係するが、契約や紛争解決、情報開示という場面では「制度」が問題になる。この点は、取引費用経済学の元祖といえるロナルド・コースが「情報処理機構としての市場」だけでなく「制度としての市場」を強調していることからも頷ける(図表2)。
【次ページ】株式市場は制度で守られた舞台装置
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