開閉ボタン
ユーザーメニュー
ユーザーメニューコンテンツ
ログイン

  • 会員限定
  • 2012/01/20

ITとコンプライアンスの切っても切れない関係:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(38) (2/3)

ITが照らし出す「市場」のもう一つの顔

市場は自由放任で無秩序なものではない

 競争的な市場といえば「自由放任」と思いがちだ。確かに、市場では身分や門地にかかわらず、さまざまなヒト、モノ、サービスが「自由」に行き交い、多くの思いがけない出会いに溢れている。虚実の混交による意外性と驚きが、時には不安定な動きにつながることもあるが、多様性と革新性がもたらす市場の活気は魅力的だ。

 だが、忘れてならないのは、市場とは実は極めて秩序だった制度的存在でもあるということだ。古くから、市(いち)を成り立たせるには、開かれる日にちや時間などの決まり事、あるいは、権力者のお墨付きを得て安全確保を図ったり争いごとを解決したりするための仕組を整備することが必須であった。公正な取引は、ある一定のきまり事(=ルール)に則ってはじめて可能になるのだ。ルールをうまく整備し、厳格に運用しないと、無秩序な混乱に陥ってしまうのは、サッカーなどのスポーツ競技と同じだ。

 初期の論文(Coase[1937])で取引費用につながる概念を提唱したコースは、後の論文(Coase[1960])で「法と経済」という新たな研究領域を切り拓き、1991年にノーベル経済学賞を受賞した(図表3)。彼は、市場が機能するためにはさまざまな取り決めや法の執行力が必要となることを、国王の許可のもとで安全の確保や争いごとを裁く裁判所さえも管理した中世イングランドの市や、高度に管理された現代の株式市場、商品取引所などを引き合いに「市場とは、交換を促進するために存在する制度である」と述べている(注1)。

photo
図表3 市場とは、交換を促進するための制度である

 新しい制度経済学(New Institutional Economics)を提唱するNorth(1990)は、コースの二つの論文について、そのもっとも重要なメッセージは、「取引に費用がかかるとき制度が問題になるということである」と指摘した上で、取引費用は「交換されるものの有用な属性を測定する費用」と「権利を保護し契約を監視・執行する費用」からなり、これらの費用は「社会的、政治的、および経済的な制度の源泉である」と述べている(注2)。つまり「情報に費用がかかるということが取引費用の鍵」であり「正の取引費用のもとでは、制度が問題になる(注3)」のだ(図表4)。

photo
図表4 正の取引費用のもとでは、制度が問題になる

株式市場は制度で守られた舞台装置

 市場経済の象徴といえる証券取引所はその典型だろう。株式市場ではさまざまな企業情報が株価に集約されて日々活発な取引が行われている。もちろん、市場参加者の取引に関する意思決定は自己責任に基づいて自由に行われる。だが、取引への参加や売買の進め方については仔細な取決めがあり、ルールを破った場合の厳しい罰則規定も設けられている。

 何といっても市場取引で重要な役割を果たす「情報」に偽りがあってはいけない。歪んだ情報によって不当な利益を得たり損失を被ったりしては、市場の機能が麻痺してしまうからだ。株式市場では、デマや誤った情報が流布しないよう情報の取り扱いに細心の注意が払われている。企業情報の開示方法などが具体的に規定されているほか、誤報や不正な情報の流布で市場が混乱に陥らないよう「風説の流布」が法律で禁止されている。

 株価を形成する上でとりわけ重要なのが企業情報に関する会計制度だ。株式市場に上場している企業は、不特定多数の人々から少しずつお金を集め、結果的に巨額の資金を調達できるため、正確な会社情報を開示することが義務付けられている。

 ネット時代になると、その範囲は一段と広がり影響も大きくなる。各期の決算発表が一斉に行われ、マスコミ各社がこぞって取り上げるのは、足元の業績や今後の見通しについて、ルールに基づき詳しい情報がタイムリーに開示されるからだ。

 企業の財務・会計情報は、資金の動きが数字で示されるため、活動の様子を知る上で客観性が高い。いわば企業の成績表や診断書(カルテ)といえるような性格のもので、これが信頼に値しないと市場での取引が混乱してしまう。また、広く投資家に開示されていない情報をこっそり入手し、一足先に売買して利益を得るようなインサイダー取引がまかり通れば、他の参加者は市場を信用しなくなるだろう。

 残念なことに、オリンパスの粉飾決算事件や監督官庁幹部の不正取引事件など、現実の市場では時として問題が起きてしまうが、こうした不正事件が頻繁に起きるようであれば、誰もが疑心暗鬼になって資金が動かなくなり、経済活動は収縮してしまう。連載の第5回6回にアカロフのレモン・マーケットで解説した「逆選択」による市場の消滅だ。

【次ページ】取引費用は市場の二層性を照らし出す

注1 Coase (1988), 1990参照。
注2 North (1990)参照。
注3 North (1987)参照。

競争力強化 ジャンルのセミナー

競争力強化 ジャンルのトピックス

競争力強化 ジャンルのIT導入支援情報

ビジネス+IT 会員登録で、会員限定コンテンツやメルマガを購読可能、スペシャルセミナーにもご招待!