- 2023/02/22 掲載
焦点:緩和修正と金融安定、氷見野副総裁候補に問われる手腕
[東京 22日 ロイター] - 日銀副総裁に就任する見通しの氷見野良三氏は、バーゼル銀行監督委員会などで要職を務めた国際的な経験が注目される一方、金融庁長官として国内の金融システムに目を光らせてきた顔を持つ。内外金利の上昇で国内銀行の有価証券運用は難局に差し掛かっており、超緩和的な金融政策の転換期に影響が不可避の民間金融機関との対話力にも期待が集まっている。
直近の米金利は低下から上昇に転じ、外債の評価損が高止まりしている。一方、昨年12月の日銀金融政策決定会合で長期金利の変動幅を拡大したことで、国内銀行が保有する円債の評価損が急拡大している。
大手行3グループの日本国債の評価損は昨年9月末時点の1973億円から同12月末に3456億円と1.7倍に拡大。SMBC日興証券の集計によれば、上場地銀の円債の評価損は昨年9月末時点の6279億円から12月末には1兆4137億円と倍以上に膨らんだ。
金融庁長官として国内金融システムの全てをチェックしてきた氷見野氏にとって、足元での評価損拡大が日本の金融システムに与える打撃の程度、金融政策への波及の度合いは、喫緊の課題と映っている可能性がある。
昨年3月、所属するニッセイ基礎研究所のホームページに掲載したリポートで、米国などの主要行をメンバーとするバンク・ポリシー・インスティテュートのシンポジウムを取り上げた。リポートは、シンポジウムのテーマの1つになった米国の金融政策が銀行預金に与える影響についての分析を翻訳して掲載。米連邦準備理事会(FRB)が政策金利のフェデラル・ファンドレートを引き上げても、当初は預金金利がそれほど上がらない可能性があるとの予測を提示した。
氷見野氏はリポートの中で日本の銀行ビジネスについて言及していないが、本人をよく知る関係者によると、米国が利上げを進める中で米銀が預貸利ざやの拡大で収益を得る一方、日本の金融機関が有価証券運用でダメージを受けている現状を懸念していたという。
現在の日銀は長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)によって、長期金利を0.50%に抑え込む政策を導入しているが、利回り曲線(イールドカーブ)が10年付近でゆがんだり、7─10年ゾーンの国債の日銀保有比率が急増しているなどの「副作用」もクローズアップされている。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの廉了・主席研究員は「YCCが限界に来ているのは明らか」と指摘する。
ただ、YCCを直ちに撤廃したり、大幅な手直しを短期間に実施すると、長期金利がさらに上昇し、国内銀行の評価損を一段と拡大する事態に直面しかねない。長く低金利環境に慣れてきた日本の金融界は、大きなショックを受けるリスクがある。
日銀の雨宮正佳副総裁は20日、衆院予算委員会の第3分科会で、金融緩和からの出口戦略で難しいのは、金融調節上の技術的な対応より、賃金と物価の好循環が本当に始まったかどうかの判断と市場との対話だとの認識を示した。
東西の古典に精通する氷見野氏は、複雑な金融規制を明快に説明する高い論理力を持つことで知られており、日銀の政策が市場にどのような影響を与え、今後どの方向に動くのかを分かりやすく発信する際にその能力が生かされると多くの市場関係者はみている。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの廉氏も、民間金融機関との意思疎通が最大のミッションになるとの見方を示している。
氷見野氏は、国際的に活動する金融機関の自己資本比率を定めたバーゼル規制について「リスクテイクと、リスクに備えたバッファーを比較したときに、一定水準以上になければならないという不等式は1本だけだ」とし、複雑なのはリスクやバッファーの計測手法だと説明したことがある。
金融庁で金融国際審議官を務めていた時期には、英語での情報発信強化を目指した森信親長官(当時)をサポートした。16年4月の森氏の講演では、従来の銀行監督からの脱却を目指す金融庁の方針を密教の世界観を示した「曼荼羅」のような図で表現。真ん中の円に金融市場と経済を描き、「リスクテイク」「自己資本」「収益」の円を三方に配し、相互の連関が重要だとした。
デフレマインドがしみついた日本でも、原材料高などを背景に物価の上昇が続き、大手企業の間では賃上げの機運が高まっている。日銀の田村直樹審議委員は22日、群馬県前橋市で講演し、想定以上に物価が上振れる可能性を否定できず、引き続き注視が必要との認識を明らかにした。多くの変数が併存する難題に対し、学生時代から数学が得意な氷見野氏がどのような「解」を導き出し、国内外に発信していくのか。その手腕が問われる場面は意外と早く訪れるかもしれない。
(和田崇彦 編集:田巻一彦、久保信博)
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