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マーケティングの浸透、あるいは顧客満足(CS)や顧客ニーズといった用語の普及などによって、顧客に目を向け顧客を中心に考えることを目指す「顧客志向」は、ビジネスの大前提になりつつある。では、顧客志向を実現するには、どうすればよいのか?マーケティングの第一人者 早稲田大の恩藏教授は、3つのキーワードを挙げた。
顧客志向の実践に対する疑問は、海外でも生じているようである。NCRの会長兼CEOであるジェレ・ステッドは、「どのような会議であろうと、開始から15分経過しても顧客や競合企業についての話題が出ないときは、疑問を持つべきだ」と述べている。またフィリップ・コトラーは、「社員が顧客のことを考えていないとしたら、何も考えていないのと同じだ」と指摘している(Kotler 2003)。
利益や売り上げには多くの企業が必要以上の気を配るが、顧客に十分気を配る企業は少ない。だから、ピーター・ドラッカーの「唯一のプロフィット・センターは顧客である」という警鐘は、よく理解できる。「顧客志向の重要性」「顧客ニーズが起点」などの言葉が企業案内の随所にちりばめられていたとしても、実のところ、真の顧客志向とはほど遠いことが多いのだ。
もちろん、「わが社では、大大的な顧客満足度調査を実施している」と反論する企業もあるだろう。だが、顧客満足度調査とは、過去のマーケティング活動に基づいた過去の実績に対する評価である。その重要性を否定するわけではないが、後ろ向きの指標であって新しいマーケティング活動のための指標とはなりにくい。
そこで、真の顧客志向を実現する上で鍵となる取り組みや仕組みについて論じてみようと思う。具体的には、「経営陣による顧客との時間共有」「リーンな購買プロセスの実現」「学習されるニーズへの注目」の三つがある。
(キーワード1)経営陣による顧客との時間共有
数年前、日立製作所の生みの親である小平浪平に関する記念館を訪れたことがある。そこには創業当時の貴重な資料が収集されており、近くには「創業小屋」と称する当時の作業場もある。多くの資料の中で最も私が関心を持ったのが、小平浪平の手帳だ。変色し、消えかけ読みにくくなっているが、経営者の一人として彼が何にどれだけの時間を費やしていたかについて語りかけているからだ。驚くことに、小平の毎日は出張の連続である。手帳の多くのスペースが、出張予定で埋め尽くされている。そこからは、遠方まで足を運び自ら顧客に会うことで、顧客の情報を収集していた小平の姿が浮かび上がる。
小平の日記を見ながら、私はもう一人の経営者の行動と重ねて合わせていた。それは、GEのジャック・ウエルチだ。ウエルチが顧客志向を重視し、実際にも顧客との時間共有を大切にしていたことは、多くの書物で紹介されている(Slywotzky and Morrison 1997)。彼のスケジュールは、顧客との時間共有を最優先して組まれていたのだ(図1)。
これに対して、GEのライバル企業の経営者による時間の使い方は対照的だ。大半の企業経営者の1日は、内部の会議に始まり、内部の会議で終わる。一般的に、その割合は約70%に上るといわれている。さらに、社外に向けて費やされる残り30%の時間は、ジャーナリストや供給業者、慈善事業、各種委員会などに配分されるので、彼らのスケジュールの中に“顧客”の出番はほとんどない。
顧客ニーズを理解したり顧客の優先事項を把握したりすることは、自社のオフィス内に閉じこもったままで実現できるものではない。このことは、現場のスタッフやマネジャーだけに限ったことではなく、経営幹部においても当てはまる。ビジネスの大きな成長や革新に結びつく重要な情報は、顧客のオフィス、顧客の工場、顧客のオペレーション・システムなど、“顧客”の周辺に存在しており、そうした情報のなかには顧客のトップからでないと聞き出すことが難しいものも少なくない。そのため、顧客企業のトップにアプローチしやすいよう、自社の経営幹部の時間配分における社内外比率は逆転させる必要があるだろう。
もちろん、顧客と共有する時間の質的側面にも注意を向ける必要がある。お互いが無理なく成長できた時代には、ゴルフをしたり食事をしたりするなかで語り合い、人間関係を強化するだけで十分だったかもしれない。しかし今日、心ある顧客はそうした楽しさよりも、提供される情報ソリューションの内容そのものの価値を求めている。生き残りをかけ、成長と発展を求める顧客が必要としているものは、過去のそれとは大きく変化しているのだ。「目を背けたくなるような顧客の行動」「耳をふさぎたくなるような顧客の声」を真剣に受け止め、自社のビジネス・デザインを再構築したり、新たなソリューションの提供を進めたりしなければならないはずだ。
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