• 2011/08/26 掲載

BOPの意味とBOP論の登場 : 【連載】多国籍企業のBOP戦略は発展途上国の貧困問題を解消できるか?(2/3)

林 倬史研究室(国士舘大学経営学部)

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BOP論の登場

 BOP論を代表するC.K.PraharadやS.Hart(2008)の主張は、いままでの経営戦略論や開発経済論に対して大きな修正を迫る内容を提起している。そこでこれらの主張点の要旨を紹介していく。

1 プラハラードの主張点

 C.K.Praharadの重要な主張の一つは、いわゆる従来型の先進国上層市場をターゲットにした企業戦略は、先進国と発展途上国の一部富裕層向けのいわゆる付加価値の高い製品やサービスをいかに開発し、販売していくかに焦点が当てられていた。そのため、もっとも基本的ニーズを必要としている世界の貧困層の人たちや貧困の削減には貢献してこなかった。

 そして、なにより、1日2ドル以下で生活する世界の40億人の人たちから構成されるマーケットにこそ未来を展望する膨大な潜在市場が眠っていることを論じている点にある。

 C.K.Praharadは、大企業、特に多国籍企業こそがグローバルに保有する組織能力や経営資源を活用することによって世界の貧困削減を可能とすると主張する。そして彼は、BOPに対する多国籍企業をはじめ企業側に支配的な考え、すなわち「発展途上国の貧困層はあまりにも貧しすぎて市場としては魅力がない」という論理に対して、次のように指摘している。

 すなわち、貧困者には購買力がないといわれているが、実際には高い購買力を持っていること。発展途上国市場では低価格ゆえの低利潤といわれているが、BOPはインフォーマル経済においてより搾取的な環境の中で生活しており、フォーマル経済での消費者よりずっと高い金額を払って商品を購入している。

 そのため、企業がコスト構造を変革して彼らに適切な価格で商品を販売することは双方に利益があること。2点目は、貧しい人は生活必需品しか購入しないといわれているが、実際には従来の「ぜいたく品」と見なされる製品にもお金を費やしていること。例えば、ムンバイのスラム街ダラビでは、全世帯の85%がテレビを所有し、75%が圧力鍋とミキサー、56%がガスレンジ、21%が固定電話を所有している。

 彼らはまたブランド志向でもあり、貧しいが故に製品価値も重視する。また、彼らは情報リテラシーが低いと思われているが、実際彼らは高度な技術も難なく受け入れることが出来ること、以上の諸点である(プラハラード、32-44頁)。そして、このBOP市場への参入戦略の原則は、3つのA、すなわち、Affordability(手ごろな値段)、Access(販売店の近接性)、Availability(入手しやすさ)の3Aである(同、48-49頁)。

 多国籍企業はBOP市場の開発プロセスを通して、発展途上国の所得構造をピラミッド型からダイヤモンド型に変えることに貢献し、そして自社の経営システムの変革にも成功する。こうした観点については、クレイトン・クリステンセン(1997)による『イノベーションのジレンマ』的視点や、GEのJ.R.イメルト等によっても述べられている「中国、インド、等の新興国市場向け製品の開発を行い、その成功を先進国市場向けに展開するいわゆる逆移転効果としてのリバース・イノベーション効果」(J.R.イメルト:2009)にも共通する観点である。

2 S.Hart(2008)の主張

 彼は、プラハラードと基本的には同じ視点に立ちながらも、よりサステイナビリティを尊重する立場から、次のように論じている。その要点は「第二次大戦後の米国主導のブレトンウッズ体制、IMF-GATT体制と多国籍企業を媒介とした国際的開発は、いわゆる先進国型の価値基準を発展途上国に持ち込み、発展途上国において工業化、都市化を促進し、その結果、文化的多様性や自律的農村経済の破壊、そして所得格差の拡大と貧困層の創出をもたらしてきた。

 今日のいわゆるBOPは、この国際的開発システムの産物である」。彼が主張する「未来をつくる資本主義」とは、「第3世界における自然破壊、労働搾取、文化的主導権、地域の自治喪失をもたらしてきたグローバル資本主義ではなく、経済ピラミッドの底辺に大きなビジネスチャンス作ることによってこれまでのエリート層を一掃し、既存企業の地位を奪う、新しいダイナミックなグローバル資本主義」のことである。

そして、未来を作る資本主義のもとで成功する企業の戦略は、「持続可能性」「BOP」そして「破壊的イノベーション」をベースとした戦略となる。その際、これら新たな資本主義を促進していく企業は、BOPに参入することによって、その地域で重要な役割を果たしている地域組織やコミュニティに及ぼすプラスとマイナスの影響を持続的に評価していくことが求められる。いわゆるトリプル・ボトム・ライン(Triple Bottom Lines:社会的側面、経済的側面、環境的側面)の側面からビジネスのパフォーマンスをモニタリングする仕組みづくりが必要である。なぜならば、経済的側面で大きなプラスの成果があっても、社会的には地域コミュニティや自然環境を崩壊させている場合も否定し得ないからである。

 そしてBOPに参入する企業は、低所得層に関する知識や経験のない現地の国家政府や現地大企業のような伝統的パートナーと提携しても失敗するケースが多く、逆に、現地のいわゆる民衆の知恵を認識している現地NGO、現地起業家、地域団体やコミュニティといったいわゆる非伝統的パートナーと提携したほうが成功するケースが多い。こうした非伝統的パートナーと協力して現地に適応した製品やサービスを開発する際にも、BOPの貧困層を単に顧客や消費者としてだけではなく、彼らの知恵を取り込むためにも彼らをパートナー、生産者、同僚として参加させていく仕組みが不可欠である。

 したがって、S.HartとC.K.Praharadの主張点を集約すると、貧困層に眠る膨大な潜在的市場に対して、多国籍企業が自ら保有する経営資源を活用して、現地のいわゆる民衆の知恵を認識している現地NGO、現地起業家、地域団体やコミュニティといったいわゆる非伝統的パートナーと協力してアプローチすれば、そこに巨大な市場が出現すると同時に、貧困の削減を実現するということになる。

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