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- 2021/07/14 掲載
米中の思惑交錯する「国境炭素税」の議論も……結局、日本経済が一番打撃を受けるワケ
脱炭素化へ、とうとう中国が動き出した
日本は先進諸外国と比較して脱炭素への取り組みが遅れていたが、2020年10月、菅義偉首相が「2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする」方針を表明したことで、ようやく政府の動きが本格化した。2021年5月には「改正地球温暖化対策推進法」が全会一致で成立し、脱炭素が日本の国策として正式に認定された。法改正によって諸外国との格差が縮小すると思われたのもつかの間、各国はさらに先を行く動きを見せている。特に動きが速いのが中国である。中国は世界最大の工業国であり、基本的に脱炭素には不利な状況にある。このため脱炭素を強力に推し進める欧州とは距離を置き、しばらくは様子見の姿勢を続けてきた。
ところが中国は昨年、2060年までに排出量を実質ゼロにする方針を表明し、従来方針からの大転換を図った。脱炭素が進むと不利になる中国が、あえて方針を転換したのは、脱炭素の流れが不可避であり、このまま抵抗を続けると国際的な覇権争いで不利になるという判断が働いたからである。
中国は太陽光パネルや風量発電システムなどにおいて、近年、高い技術を蓄積しており、当該分野の競争力に自信を持ち始めていることも大きく影響しているだろう。
中国が脱炭素シフトに本気であることは、金融面の準備を着々と進めていることからも伺い知ることができる。中国当局は2021年5月、排出権取引市場の準備が最終段階となっており、取引開始後は中国が世界最大の市場規模になるとの見通しを明らかにしている。
これまで中国政府は、北京市、上海市、天津市、重慶市、湖北省、広東省、深セン市の7つの省もしくは市において排出権取引の実証実験を進めてきた。実用化の目処が立ったことから、上海市に全国規模の取引所を開設する。取引される排出量は年間40億トンになる見込みで、この取引量が実現した場合、現在、世界最大の取引量となっている欧州の2倍の規模になる。
取引所が国内にないと資金が海外に流出しやすい
排出権取引というのは、目標以上に排出量を削減した事業者がその排出枠を他社に売却し、購入した事業者はその分だけ排出量削減を免除される仕組みである。排出権取引で先行しているのは欧州で、2005年から市場での排出権取引がスタートしている。排出権取引は温室効果ガスに対して値段を付けるという行為であり、市場価格が成立していれば、企業や国家の排出量に取引価格を乗じることで、理論上の二酸化炭素コストを計算できるようになる。
欧州の排出権価格はしばらく1トンあたり10ドル以下で推移していたが、2018年以降、価格が急上昇しており、現在は60ドルを伺う状況となっている。
取引市場を整備する最大のメリットは、脱炭素に必要な支出を可視化できることである。仮に2050年までに排出量をゼロにしたいのであれば、政府が厳格な削減目標を企業に課すことで、必要な削減量を確保できる。
割当て以上に削減出来た企業は、削減できなかった企業に対して排出権を売ることができ、排出権を買った企業は、実現できなかった分をお金で解決できる。取引市場が存在していることで、一連の手続きがスムーズになり、かつ各社のコストや利益が明確に分かる。
副次的な効果として、取引市場を整備すると国内の脱炭素の動きを加速させる効果も期待できる。ある企業が目標を達成できず排出権を購入する場合、取引所で排出枠を買うことになる。
自国内に大きな取引所があれば、排出枠の売り買いがより便利になり、市場に参加する国内企業も増える。結果として、取引の利用者が増えるとともに、目標を達成できなかった企業のお金をうまく国内に還流させることが可能となる。また取引所が国内にあれば、金融ビジネスとしての収益も確保できるため、経済効果がさらに大きくなる。
今のところ日本は脱炭素に懐疑的な企業が多く、経済団体の一部も消極的であることから、国内の取引所は整備されていない。
一方、世界は脱炭素に向けて急激に動き出しており、脱炭素に貢献する製品でなければ購入しないという企業も増えている。実際、アップルはカーボンニュートラルではない部品や部材の調達は行わない方針を示しており、アップルに部品を納入する日本メーカーにとっては死活問題となっている。
今後、脱炭素が本格化した場合、企業によっては排出枠を購入し、金銭的解決を迫られる可能性もあるが、この時、排出権取引市場が海外に存在していた場合、多くのマネーが海外に流出してしまう。中国は取引所の整備を通じて事態を回避すると同時に、アジアにおける排出権取引のリーダーになることで、金融ビジネスでの覇権拡大も目指していると考えられる。
【次ページ】何が論点になる?「排出権取引」「国境炭素税」
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