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  • 2020/12/24 掲載

日本に「脱炭素」はムリ? CO2排出量が英国の1.6倍という深刻事情

日本の脱炭素に立ちはだかる高い壁(前編)

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環境問題に本腰を入れてこなかった日本が、菅政権の誕生をきっかけに本格的な脱炭素政策に舵を切ろうとしている。米国も脱炭素に向けて動き出そうとしている現状を考えると、これは正しい決断と言って良いだろう。だが、ここ数年の間に環境技術に関するイノベーションは想像を超えるペースで進展しており、日本は当該分野で完全に出遅れてしまった。それだけなく日本は脱炭素に関して極めて大きなボトルネックを抱えており、これを解消しなければ諸外国との差は致命的なものとなりかねない。脱炭素への対策を怠ってきたツケは大きい。

執筆:経済評論家 加谷珪一

執筆:経済評論家 加谷珪一

加谷珪一(かや・けいいち) 経済評論家 1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。 野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『新富裕層の研究-日本経済を変える新たな仕組み』(祥伝社新書)、『教養として身につけておきたい 戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。

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日本は脱炭素に関して極めて大きなボトルネックを抱えており、これを解消しなければ諸外国との差は致命的なものとなりかねない……今後、日本はどうしていくべきか
(Photo/Getty Images)
 

菅政権の環境政策とは

 菅義偉首相は就任直後の所信表明演説において、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする方針を表明した。安倍政権は、事実上、脱炭素政策を放棄していたので、まさに180度の方向転換と言って良いだろう。菅内閣は安倍内閣を継承するというキャッチフレーズで誕生したが、実際に出てきた政策を見る限りは、継承どころか正反対と言っても過言ではない。

 菅氏は脱炭素を長期ビジョンとして掲げただけでなく、実務の政治家らしく、具体的な施策を次々と打ち出している。

 12月8日に閣議決定された追加経済対策には、環境技術の開発支援を目的とした2兆円の基金創設、省エネ住宅向けのポイント制度など、脱炭素関連の支出が盛り込まれた。税制面でも側面支援が行われる。与党が12月10日に決定した2021年度税制改正大綱では、脱炭素事業に関連した設備投資を行う企業の法人税を減税する案が提示された。設備投資関連の税制を変更すると企業行動が大きく変わるので、これは大きな効果を発揮するだろう。

 あくまで報道ベースだが、政府は2030年代半ばまでのガソリン車販売廃止を検討しているとされる。東京都はさらに先行しており、小池百合子知事は2030年までにガソリン車の販売停止を打ち出した。罰則規定は設けないということだが、首都東京が脱炭素を明確に主張した効果は大きい。

 これまで脱炭素に関する議論は、欧州を中心とした限定的なものであった。米国は世界最大の石油産出国であり、中国など新興国は環境問題よりも開発を優先したいと考えていたが、こうした流れを一気に変えたのが環境分野の革新的なテクノロジーである。

 ここ10年、環境関連技術がすさまじい勢いで進歩し、脱炭素は夢物語ではなくなった。再生可能エネに関する技術は太陽光パネルや風力発電装置などハードウェアにとどまるものではない。広範囲な分散電力システムを構築するためには高度なITプラットフォームが必要となるが、近年の情報技術の革命的な進歩が一気に脱炭素を現実的なテーマに変えたと見て良いだろう。

 これまで、大量のCO2(二酸化炭素)を排出し、新興国の利益を代表してきた中国も、とうとう2060年までの温暖化ガス排出量ゼロを表明した。中国はアリババなど、米国のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コムの4社)に匹敵する企業を擁するIT超大国となっている。中国はこれによって相対的に優位な立場となり、従来方針を変更するに至った。

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大量のCO2を排出し、新興国の利益を代表してきた中国も、2060年までの温暖化ガス排出量ゼロを表明したが……日本の対応は?
(Photo/Getty Images)
 

CO2排出量は英国の1.6倍?

 米国はトランプ政権が脱炭素に極めて消極的だったが、GAFAに加えて電気自動車(EV)大手のテスラが大躍進するなど、企業レベルではもっとも先行している国の1つである。バイデン政権の誕生で、政府レベルでも完全に脱炭素に舵を切ることになり、これで世界の主要国すべての方向性が揃ったことになる。

 こうした国際情勢を考えれば、菅政権が本格的な脱炭素を決断したのは当然の結果かもしれない。だが、多くの日本企業は、安倍政権の消極方針に沿う形で、環境関連の技術開発に積極投資を行なっておらず、諸外国との差は開くばかりとなっている。政府も石炭火力発電所の稼働を続けるなど、世界の流れとは正反対の政策を続けてきた。今回の方向転換は正しいとはいえ、ここから日本が諸外国に追いつくのは至難の技と言って良いだろう。

 では具体的に状況を分析してみよう。

 日本は現時点(2018年)において、年間約11億4000万トンの二酸化炭素(CO2)を排出している。1人あたりの量に換算すると約9.0トンということになる(UNFCCC、IMF、IEAなどから筆者算出)。

 日本人の多くは、自国のことをエネルギーを無駄使いしない省エネ国家と考えており、欧州各国に対しては「自分たちはCO2を大量排出しているにもかかわらず、日本にだけ厳しい要求を突きつける」といったイメージを持っている。だが現実はまったく異なる。

 同じく2018年時点における1人あたりのCO2排出量は、英国が5.7トン、フランスが5.2トン、イタリアは5.8トンと日本よりも圧倒的に少ない。主要国において日本と同レベルかそれ以上にCO2を排出しているのは、欧州における工業生産の多くを担い、日本の2倍の輸出を行っているドイツと、石油をバラ撒くような生活をしている米国だけである。

 すでに現時点において、日本はエネルギーを無駄遣いする国に分類されており、そもそもの立ち位置として厳しい状況にある。英国やフランス、イタリアは製造業の比率が下がっているとはいえ、それでも欧州の中では製造業が強い国として知られている。フランスは国策として原発を推進しているが、英国やイタリアとの比較において著しくCO2排出量が低いわけではなく、日本の製造業比率が高いことや、原発が稼働していないことが決定的な要因であるとは言えない。


 日本は、英国やフランスと比較して1人あたり1.6倍から1.7倍ものCO2を排出しているというのは驚きの数字だが、私たちはこの厳しい現実を前提に議論をスタートする必要がある。

【次ページ】日本で一番CO2を排出しているのは“誰か”?

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