- 2023/06/09 掲載
アングル:マスク氏ら米有力企業トップ、訪中で「沈黙は金」の理由
彼らの行動にはある一つの共通した特徴があった。それは中国滞在中のスケジュールの大半が政府要人や現地従業員、提携先企業との面会に割かれ、公式の場でメッセージを発する機会はほとんど設けられなかったという点だ。新型コロナウイルスのパンデミック前は頻繁に開催されていたメディア向けイベントなども影を潜めた。
ツイッターで一切の遠慮なしに発言することで有名なマスク氏でさえ、先週の訪中期間はずっと柄にもなく沈黙を守っていた。
マスク氏は2020年、テスラの上海工場で最初に生産された車の納入記念式典でダンスを披露し、その様子は報道陣に公開された。しかし今回の上海工場訪問に当たり、メディアは取材機会を与えられなかった。
ゴールドマンのソロモン氏の訪中も以前より「お忍び」的な姿勢が鮮明になった。19年の場合、ソロモン氏は複数のメディアのインタビューに応じたほか、幾つかのフォーラムにも参加。一方で今年3月の訪中では、規制当局者や政府系ファンド関係者と会談し、大学での会合に出席したことぐらいしか分かっていない。
商工会議所や貿易団体の幹部によると、米中両国の外交貿易関係が数十年来で最も冷え込んでいる中で、こうした欧米企業トップは慎重に振舞おうとした結果、訪中時に対外発信をできるだけ避ける行動に出たもようだ。
習近平国家主席が国家安全保障を重視する姿勢をますます強め、特に最近ではコンサルティングなどの分野の締め付けにまで乗り出していることで、多くの外国企業は法令に抵触するラインをはっきりと判断できなくなっている面もあるという。
カナダ中国ビジネス評議会のマネジングディレクター、ノア・フレーザー氏は、中国を訪れている企業幹部らはもはや新たな事業機会を追い求めるのではなく、既存の関係維持に専念しており、記者会見や大々的な夕食会、もしくは講演会などは設定しない傾向となるだろう、と述べた。
フレーザー氏は、これらの幹部はできるだけ目立たない方針を堅持しているように見受けられ、プライベートで昼食をともにすることなどで現地の情勢を知ろうとするつもりだとの見方も示した。
ある米国の貿易団体の責任者は、米企業トップは訪中に先立って、中国政府の反スパイ法強化がどう影響するか助言を求めてきていると明かす。さらにトップたちは、中国政府高官への対応方法や、訪中が公になった場合にどうするかなども知りたがっているという。
この責任者の話では、企業トップにとってメディアの取材を受け、米中関係について意見を聞かれるのも得策ではない。
中国外務省は声明で、米企業トップの訪問が多数に上っているのは中国経済に対する「信頼の証」だと強調。彼らが目立たないようにしている原因は、中国を抑止しようとする米政府の「間違った政策」にあるとしている。
反スパイ法強化を巡る懸念については、国内法を通じて国家安全保障を守るのは中国の権利だと付け加えた。
<コミットメント>
バイデン米大統領は先月、冷却化している対中関係は「非常に近いうちに」雪解けするとの見通しを示したが、今年に入って米国側が中国に対してデータ保護を巡る不安を表明したり、新たな半導体輸出規制に乗り出したりするなど緊張が高まっている事実は否定できない。
それでも新型コロナウイルスを徹底的に封じ込める「ゼロコロナ」政策のために3年も中国に足を踏み入れられなかった外国企業のトップは、何としても現地の最新情勢を把握したいようだ。
実際マスク氏やソロモン氏以外にも、アップルのティム・クックCEO、インテルのパトリック・ゲルシンガーCEO、ゼネラル・モーターズ(GM)のメアリー・バーラCEO、ブラックストーンのスティーブン・シュワルツマンCEO、JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOといった面々がここ数カ月で中国を訪問している。
今年開催された中国開発フォーラムに主席した外国企業トップは、2019年より20人少ないものの67人に上っている。
政治リスクコンサルティング会社チャイナ・ストラテジーズ・グループのクリストファー・ジョンソン社長は「中国で事業をするなら、十分なコミットメントを示さなければならないという考え方がある」と話す。同時に企業側は米政府から警戒されるのを避けながら、そうした行動を起こす必要があり、これは至難の業だという。
ごくわずかに漏れてくるトップらの発言内容は、世界経済トップ2の米中のデカップリング(切り離し)を模索しているわけではないというバイデン氏の方針に符号している。
中国外務省が伝えたところでは、マスク氏は米中経済のデカップリングに反対を表明した。JPモルガンのダイモン氏も先週のJPモルガン・グローバル・チャイナ・サミットで、東西関係はデカップリングよりも「デリスキング(リスク低減化)」が好ましいと述べた、と出席者の1人が明らかにした。
アジア・ソサエティ・ポリシー・インスティテュートの国際安全保障外交担当バイスプレジデント、ダニエル・ラッセル氏は、デリスキングとデカップリングの差は微妙だが大事だと主張。焦点は中国依存リスクの管理であって、世界を競合する2つの半球に切り分けることではないとことを明確にしているという点で、デリスキングはデカップリングと一線を画していると説明した。
(Brenda Goh記者、Joe Cash記者)
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