- 2026/09/15 06:10 掲載
【AI×食】私たちが知る味は“0.000001%”…AI考案「人類未踏の料理」はウマいのか?(2/3)
データサイエンスが生んだ「食材の銀河」とは
その入口を可視化した試みと言えるのが、データサイエンティストの風間正弘氏が手がけた「Food Galaxy(食材の銀河)」だ。中核にあるのは「Flavor Network」というデモである。食材を点として配置し、含まれる風味化合物の共通性によって線で結ぶ。すると画面上に、食材でできた星図が浮かび上がる。
レモンをクリックすれば、オレンジへ、シトラスへと光の線が伸びていく。ここまでは、料理人なら経験で知っている話だ。だが線の先には、およそ台所で隣り合ったことのない食材が、しれっと待ち構えていたりする。
理屈は明快である。同じ香り成分を共有する食材同士は、口の中で喧嘩しにくい。西洋料理はこの「共有型」の相性を好み、東アジアの料理はむしろ成分を共有しない食材を組み合わせる傾向がある――という研究報告もある。相性の良し悪しですらローカルなのだ。
星座は、見る文化圏によって描かれ方が違う。それでも星の位置そのものは、万人に共通している。
AI考案「フレンチ風すき焼き」が実現したワケ
Food Galaxyの真骨頂は、文化の壁を計算で飛び越えてしまうところにある。「すき焼き+フレンチ風」。この足し算から生まれたのが「フレンチ風すき焼き」だ。みりんはカルヴァドスに、植物油はオリーブオイルに置換される。りんごの蒸留酒とすき焼き。文字にしてみれば、宴席の余興で出るような、その場かぎりの思いつきにしか見えない。
ところが、これをミシュランのシェフが実際に手を動かして皿にすると、成立してしまった。
ここが重要なところだ。AIが出したのは「置換案」までだ。カルヴァドスをいつ、どの温度で、どれだけ飛ばすか。甘みの角をどう丸めるか。その最後の数センチを詰めたのは、人間の舌と手だった。
AIは扉の場所を教えてくれる。しかし、ノブを回すのは依然として人間の仕事なのである。
なぜ世界中のレシピは「10個」で止まるのか
風間氏の発見のなかで、筆者が最も唸ったのはこの一点だ。世界中のレシピを解析すると、使われる食材の数はおおむね10個前後に収束するという。フランスでも、タイでも、メキシコでも、だいたい10個。この普遍性は、食文化の必然だろうか。
氏はここで、静かに疑問符を打つ。「この制約は、人間が考えるからこそ生まれるのではないか」と。
人間の作業記憶が同時に扱える情報量には限界がある。10個を超えたあたりから、味の相互作用は指数関数的に複雑化し、料理人の頭の中で像を結ばなくなる。つまり10という数字は、味の法則ではなく、人間の脳のスペック表だったのかもしれない。
ならばAIは、50個、100個の食材が織りなす味を設計できるのか。答えはまだ誰も知らない。ただ、香辛料を数十種ブレンドするインドのマサラや、多数の素材が溶け合う出汁の文化を思えば、「多すぎる」が必ずしも「まずい」を意味しないことは、経験が教えてくれている。
ドバイに蘇った「フレンチAIシェフ」の正体
一方、AIは過去にも手を伸ばし始めた。2018年に世を去ったフランス料理界の巨匠、ポール・ボキューズ。ドバイのレストラン「Krasota」では、ディープフェイク技術で再現された彼が、薄暗い円形のダイニングで語りかけてくる。20台以上のプロジェクターが壁も天井も塗り替え、皿の背後に世界が立ち上がる。
「1975年、エリゼ宮でV.G.E.に捧げたトリュフのスープ」。あの伝説の一皿が、画像生成AIの解釈を経て再構成され、本人(の映像)の解説付きで供される。
食事というより、故人を偲ぶ食卓、あるいは在りし日の巨匠を呼び戻す儀式に近い。
倫理的な議論があることは承知している。故人の肖像と声を、本人の同意なきまま商品にしてよいのか。この問いに軽々しい答えはない。だが同時に、料理という「消えてしまう芸術」を、作者ごと保存しようという執念には、ぞっとするような迫力がある。
食は、記録されない芸術の代表格だった。その前提が、今まさに崩れかけている。 【次ページ】味の好みを「本人より理解」するAI?
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