- 2026/09/12 07:10 掲載
「それ、私の仕事ですか?」AI時代は仕事がなくなるのではなく「境界」が崩れる
連載:FDEが変える、AI時代の仕事と組織
エンジニア「要件が決まれば作れます。必要な機能を整理してください」
営業「でも、お客さま自身が何をAIに任せられるのか分かっていません」
エンジニア「それなら先に企画でユースケースを決めてもらわないと」
企画「技術的に何ができるか分からないので、まず開発側に聞きたいんですが……」
営業「では、誰がお客さまと話しながら決めるんですか?」
「それは私の仕事ではない」が通用しなくなる
この会話に見覚えのある人はいないだろうか?この会話では、実は誰かが無責任なわけではない。それぞれが、自分の職種に期待されてきた仕事を正しくやろうとしている。それでも話は前に進まない。営業は顧客を理解しているが、実装できない。エンジニアは実装できるが、顧客が本当に解決したい問題を十分には知らない。企画は両者をつなごうとするが、技術と現場の双方を完全には把握できない。
こうした光景は、生成AI以前からあった。ただしAIの登場によって、従来は多少の非効率として許容できた「職種の境界」が、一気に大きな問題になり始めている。
会社という組織は、仕事を分けることで成長してきた。営業は顧客と向き合い、企画は商品やサービスを考え、エンジニアはシステムを作り、人事は人を採用する。専門性の高い仕事を役割ごとに分け、それぞれに熟練した人を置く。規模が大きくなるほど分業が必要になるのは、ある意味で当然だった。
分業には強い合理性がある。たとえばソフトウェア開発で、営業担当者がデータベース設計まで担当する必要はない。エンジニアが契約条件の交渉をすべて担うのも効率的ではない。それぞれが専門領域を持つことで、企業は複雑な仕事を大量に処理できるようになった。
しかし、この仕組みには前提がある。仕事を「営業」「企画」「開発」といった役割に、きれいに分けられることだ。
顧客の要求がある程度明確で、企画が要件を固め、それを開発へ渡せば成果物を作れる。完成後は営業やカスタマーサクセスが再び顧客に届ける。こうした分業が機能するなら、各担当者は自分の箱の中で能力を高めればよかった。
生成AIは、この前提を揺るがすことになりそうだ。理由の1つは、従来は専門家にしかできなかった作業の一部を、別職種の人でもAIを使って実行できるようになったことだ。
営業担当者が簡単な分析やプロトタイプを作り、企画担当者がコードを書き、エンジニアが提案資料のたたき台を作る。もちろんエンジニアがAIを使って市場調査を行い、その場で顧客向けの画面案まで提示するといったこともすでに行われつつある。
Claudeの開発を手がける米アンソロピックが自社のエンジニアと研究者を対象に実施した調査では、AIを使うことで本来の専門領域を越えて仕事をする「フルスタック化」が進んでいると報告している。バックエンド担当者がUIを作ったり、研究者が可視化ツールを作ったりするなど、従来なら他の専門家に依頼していた作業へ手を伸ばす例が確認されたという。
もっとも、これはAIを開発する企業の従業員を対象にした調査であり、そのままほかの企業に当てはめることはできない。それでも、専門職の境界が技術によって動き始める様子を示す先行例と言える。
さて、ここで言いたのは「全員が何でもできるようになる」という話ではない。むしろ逆だ。専門性は必要なまま、その専門性の周囲にあった細かな作業の壁が低くなる。すると、「ここまでが私の仕事です」と境界線を引くこと自体が難しくなってくることである。
AIが壊すのは「仕事」ではなく、仕事の分け方
FDEについては連載の第2回以降で触れていくが、その前提としてAIと雇用を巡る議論では、しばしば「この職業はなくなるのか」という問いが立てられる。プログラマーは消えるのか。ライターは不要になるのか。コンサルタントはAIに代替されるのか。しかし、この問いは実は粗すぎるのではないだろうか。1つの職業は、実際には多数の「タスク」の集合体だからだ。たとえば営業職なら、顧客候補を探す、企業情報を調べる、アポイントを取る、顧客から話を聞く、課題を整理する、提案書を作る、価格を調整する、社内の関係者を説得する、契約を進める、といった仕事が混在する。そのすべてが、同じ速度でAIに代替されるわけではない。
国際労働機関(ILO)が2025年に公表した生成AIと雇用に関する研究は、約3万のタスクを基に職業ごとの生成AIへの「露出度」を分析している。世界の労働者のおよそ4人に1人が、何らかの生成AIの影響を受け得る職業に就いていると推計する一方、ほとんどの職業には依然として人間の関与を必要とするタスクが残るため、最も起こりやすいのは職業の消滅ではなく「仕事の変容」だとしている。
つまり、「営業職がAIに置き換わる」と考えると、議論は人間対AIになりやすい。しかし、「営業という仕事の中で、企業調査、議事録作成、提案書作成の一部がAIへ移る」と考えれば、その結果として人間の営業に何が残るのか、という議論ができる。
世界経済フォーラム(WEF)の「Future of Jobs Report 2025」でも、仕事を人間とテクノロジーが担うタスクの割合で捉えている。
調査対象企業は、調査が行われた2025年時点では仕事の47%を主に人間が、22%を主にテクノロジーが、30%を両者の組み合わせで担っていると回答した。2030年には、この3つがおおむね均等に近づくと予想している。
さらに2026年6月の「Anthropic Economic Index」では、Claude利用者約9,700人を対象に、現在と1年後にAIが自分の仕事のどの程度を単独で担えると思うかを調べている。一般人向けの調査ではない点には注意が必要だが、回答者の6割近くが「1年後にはAIが担えるタスクの割合が現在より高くなる」と答え、3分の1超が「仕事の大部分、またはほぼすべてのタスク」をAIが担えるようになると予想したという。
つまり、AIによって最初に変わるのは「職業名」ではない。職業を構成するタスクの配分なのである。
昨日まで営業担当者が2時間かけて作っていた企業調査をAIが10分で作るようになれば、その2時間は別の仕事へ移る。
エンジニアが自分では不得意だったUIの試作品まで作れるようになれば、デザイナーとの役割分担も変わる。
マネジャーが会議内容の整理や資料作成をAIに任せれば、「管理職の仕事」の中身も変わる。
こうしてタスクの配分が少しずつ変わった結果として、後から「営業とは何をする人か」「エンジニアとは何をする人か」という職種の定義そのものが変わっていくのではないだろうか。 【次ページ】「作れる人」より「何を作るべきか分かる人」へ
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