- 2026/09/15 06:10 掲載
【AI×食】私たちが知る味は“0.000001%”…AI考案「人類未踏の料理」はウマいのか?(3/3)
もはや「10年で秘伝の味」到達は古いのか
かつて日本の厨房には、美しくも過酷な作法があった。師匠はレシピを隠し、弟子は背中越しに味を盗む。10年かけて、ようやく鍋を任される。その徒弟制度が、人材不足という現実の前で音を立てて軋んでいる。若者は10年待ってくれないし、待たせるだけの合理性も失われた。
IBMが2010年代に開発した「シェフ・ワトソン」は、9000を超えるプロのレシピと評価データ、成分データを学習し、「テーマ」「調理法」「気分」の3語を入れるだけで100通りの提案を返してきた。門外不出だったはずの知が、検索窓の向こうに並ぶようになったのだ。
そして今、生成AIの登場によって、その流れはさらに加速していると言える。
秘伝が公開されたとき、料理人の価値はどこに残るのか。
答えは、レシピを「知っていること」から、レシピを「選び、崩し、その日の客に合わせて仕上げること」へと移った。楽譜が印刷されるようになっても、演奏家が失業しなかったのと同じ理屈である。
隠すことで守られていた権威は消えた。代わりに、創造性という、はるかに公平で残酷な土俵が現れたのだ。
AI時代に「ご飯1杯」で見える個人差
そしてAIは、皿の外側でも静かに革命を進めている。「Precision Nutrition(精密栄養)」である。AIを活用した健康管理アプリを提供する米January AIなどは、個人の生体データをもとに、その食品がその人の血糖値をどう動かすかを予測する技術を開発してきた。同じ一杯の白米が、Aさんには穏やかな曲線を、Bさんには急峻な山を描かせる。栄養学の常識だった「標準的な人間」など、どこにも存在しなかったわけだ。
食品は、カロリーの供給源から、健康と長寿を設計するツールへと役割を変えつつある。大量生産・画一供給という20世紀の成功モデルは、ここで静かに賞味期限を迎える。
もっとも、これを「数値に管理される食事」と呼ぶのは早計だろう。血糖値を気にせず食べられる一皿を知ることは、むしろ自由の拡張でもある。
「おばあちゃんの味」は再現できるのか
だが、AIには決定的に欠けているものがある。
冬の富山で寒ブリを口にしたとき、雪解け水と海底谷の記憶までを一緒に味わってしまう、あの厄介な脳の働きだ。美味しさとは化学の総和ではなく、記憶と文脈と、その日隣にいた人の顔まで含めた総合体験である。AIは風味化合物の一致率を計算できるが、「亡き祖母の味に似ている」とは、まだ言えない。
データの海を泳ぐ知性と、意味の海を泳ぐ知性。この2つが手を組んだとき、料理は栄養摂取を超え、芸術の側へ一歩踏み出す。
99.999999%の未踏の味覚。その扉を開けるのはAIだが、敷居をまたいで「これは、うまい」と言うのは、これからも人間の役目である。
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