- 2026/09/12 07:10 掲載
「それ、私の仕事ですか?」AI時代は仕事がなくなるのではなく「境界」が崩れる(2/2)
「作れる人」より「何を作るべきか分かる人」へ
では、AIがタスクを引き受けるほど、人間の価値は下がるのだろうか。ここでも、単純な代替論では捉えにくい変化が起きている。たとえば、報告書のたたき台を作る。表計算データを分析する。プログラムのコードを書く。会議内容を整理する。
これらは以前なら、「成果物を作れること」自体に大きな価値があった。ところがAIによって作成コストが下がると、希少性は完成品の生成そのものから、その前後へ移る。
こうした判断は、成果物を「作る」というタスクの外側にある。2026年8月にILOなどが公表したAI時代のスキルに関する報告書も、AI導入によって職場で求められる技能が変化し、高次の認知能力や社会・情動的スキル、デジタル技能の重要性が高まっていると指摘している。さらに、狭い技能セットだけではなく、AIリテラシー、適応力、レジリエンス、人間自身が判断し行動する主体性を重視すべきだとしている。
前述したWEFの企業調査でも、2025年時点で最も重視される中核スキルは「分析的思考」で、回答企業の約7割が重要と位置付けた。AI・ビッグデータは最も成長が速い技能とされる一方、創造的思考、柔軟性、好奇心、生涯学習なども重要性が高まるとみられている。
この流れを仕事の現場へ置き換えたときに、人間の価値はどこへ移るのだろうか。筆者は大きく4つあると考える。第1は、与えられた問題を解く前に「本当に解くべき問題」を見つける力だ。第2は、その会社や顧客にしかない文脈を理解する力。第3は、営業、技術、業務、法務など複数の専門領域をつなぐ力。そして第4は、AIに作業を渡して終わりにせず、結果が出るところまで責任を持つ力である。
もちろん、コードを書く能力や営業交渉の経験、会計や法務などの専門知識そのものが不要になるわけではない。むしろ、AIの出力がもっともらしくなるほど、それが正しいかを判断する専門性は重要になる。
アンソロピックの社内調査でも、AIへ委任しやすいのは、結果を検証しやすい仕事、自己完結した仕事、反復的な仕事などだった。一方、高度な設計や組織固有の文脈、「何が良いか」という判断を伴う仕事は、人間側に残す傾向が確認されたという。
しかも興味深いことに、同社のエンジニアや研究者はClaudeを仕事の約6割で利用していると自己申告する一方、「完全に任せられる仕事」は0~20%だと答えた人が過半数だった。
つまり、AIを大量に使うことと、人間が判断しないことは同義ではない。むしろAIに多くの作業をさせるほど、何を任せ、何を確認し、どこで人間が判断するかという「業務の設計」が重要になる。
専門家の価値が「自分だけがその作業を実行できること」だけに依存する時代は、終わりに近づいている。
「何職ですか?」から「何を解決できますか?」へ
ここまで考えると、冒頭の会話がなぜ止まったのか?が別の角度から見えてくるだろう。営業、企画、エンジニアの3人には、それぞれ必要な専門性がある。ただそれぞれの仕事が「職種」という箱の中に閉じ、顧客の問題を解決するために必要な一連の行為が、箱と箱の間で分断されていることだ。顧客から「生成AIで問い合わせ対応を変えたい」と言われたとき、本当に必要なのは、最初から完璧な要件書を書くこととは限らないのかもしれない。
この一連の仕事を、「ここまで営業」「ここから企画」「ここから開発」と細かく切り離すほど、受け渡しのたびに文脈が失われる。
逆に、AIによって個々の作業コストが下がれば、1人の人間や小さなチームが、以前より広い範囲を連続して担当できるようになる。
何度も言うが、これは「全員を万能人材にしよう」という話ではない。専門性の軸は持ちながら、問題解決に必要なら隣の領域にも踏み込む。分からない部分はAIや他の専門家の力を借りる。その上で、職種の都合ではなく、顧客や事業の成果を起点に自分の役割を組み替える。AI時代に増えるのは、こうした働き方ではないか。
もちろん、AIによって職種の境界が完全になくなると決まったわけではない。大企業には権限分掌や内部統制が必要で、専門家によるチェックが不可欠な領域も多い。医療、金融、法務、セキュリティーなど、高度な専門判断や責任の所在が求められる領域では、むしろこれまで以上に役割を明確にする必要もある。
したがって、本連載でいう「職種が消える」とは、明日から会社の肩書がなくなるという意味ではない。「職種だけで仕事を定義すること」の限界が目立ち始めている。そういうほうが妥当だろう。それでも、個人のキャリアを考える上で問いは変わる。「私は営業です」「私はエンジニアです」と肩書で自分を説明するだけでは、自分の価値を十分に示せなくなる可能性がある。
代わって重要になるのは、「私はどんな問題を解決できるのか」「(AIも使いながら)どこまで結果に責任を持てるのか」という説明だ。
そして企業側にも同じ問いが突き付けられる。仕事の速度が上がったのに、部門間の調整だけが以前と同じならどうなるのか。AIが数時間で試作品を作れる一方、会議、承認、引き継ぎに何週間もかけていたら、企業全体の速度は上がらない。AI時代に問題になるのは、AIを導入したかどうかだけではない。AIによって変わった「仕事の速度」と「仕事の粒度」に、組織の分け方を合わせられるかどうかである。
こうした職種の境界をまたぎ、顧客の課題理解から技術的な実装までをつなぐ役割として注目されているのが、FDE(Forward Deployed Engineer)である。次回以降、こうした分断された業務を一気通貫で解決するFDEの仕事についてみていこう。
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